ドライアイ

 何が原因だったのかはよく覚えていない。昔の話だ。


 酷く悲しいことがあったのだと思う。


 涙を上手く止められない私に声をかけたのは彼だった。


「君の涙をくれないか。代わりにこれをあげよう」


 彼の手のひらには一粒の金平糖。


 幼い私は頷いた。煌めくその粒が欲しいと思ったからだ。


 彼が私の頬を撫でると、そこに伝う涙がコロリと固体になる。


 差し出された小さな星を口に含み、奥歯で噛み砕いた。


 じっとりとした甘さが妙に印象的だったのを覚えている。


「涙を止める薬だよ」

「わあ、本当に止まった!」

「それはよかった。君の涙は、必要な人にあげてくるよ」


 私の涙は透明な楕円形で、何の色もついていない。煌めきもしない。


 いったい誰が必要とするのだろう。


 きっとただ温くてしょっぱいだけなのに。


「この世界にはね、泣きたくても泣けない人がたくさんいるんだ」


 彼は涙を配る仕事をしているのかもしれない。


 幼い私はただ首をかしげるだけだった。




 今、彼に会いたいと思うのは、私が大人になったからだろうか。


 金平糖はもう卒業したのに。泣きたいほどに泣けない夜を過ごすのは。

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どこかで恋をしている 三ツ沢ひらく @orange-peco

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