夢をモチーフにした習作3編

mojo

夢をモチーフにした習作3編

#1

 東京の、東側にある下町の一角。バラック建ての小屋が建ち並ぶ路地裏の奥に、ひっそりと営業している立ち飲み屋がある。カウンターだけの狭い店で、客は私と桑田佳祐だけ。桑田はイカ刺しと塩サバを肴に燗酒を飲んでいる。私も千円札二枚をカウンターに置き、桑田と同じものを注文する。立ち飲み屋だから、注文と同時に金を払うシステムなのだ。皿の絵柄が透けて見えそうな薄いイカ、きつね色に程よく焼きあがったサバ。割り箸で、イカ刺しをすくい、塩サバをつつき、杯が空く。しばらくして、私は、桑田に曲作りの極意を訊いてみる。桑田はどんな曲でも二~三日はうめき苦しむと言った。桑田のような才人でもそうなのか、と意外な気持ちになる。

 杯を空けるごとに酔いが回り、私は、前後不覚に陥ってしまう。立ち飲み屋の、カウンターの奥に、経営者と思しい老婆が暮らす部屋があり、そこで目が覚めた。 

 私は、汚い煎餅布団に横たわっている。とっさにジーンズの尻ポケットに手をやり、財布の有無を確認する。財布はあった。しかし、背負っていたデイパックが見当たらない。火鉢の横に、白い割烹着を着た老婆が、ちょこんと座っている。

「リュックサックがない」

「そこにあるよ」

 老婆が指さすところを見ると、古びた三面鏡の横に四角形の黒い鞄。はて、私はデイパックを背負っていたはずだが、今日は鞄にしたのだったのかな? そんなことより、桑田はどこへ消えたのだろう? とりあえず、財布は無事である。それだけでも、良かったじゃないか。リュックサックか鞄か、そんなことは、大した問題ではない。


 このあたりで、目が覚めた。

 まだ朝の六時前であった。


#2

サンゴ礁の海も、青い空も、ここにはない。しかし、ここはグアムである。私は、この地に数日間滞在し、明日、日本へ帰ることになっている。土産物を買うために、私は舗装されていない細い道を歩く。歩いた先に市が立っているようだ。

 なぜか、女が同行している。背が高く、ピンクのTシャツに白いジョギングパンツ姿の手足も長い。日本語が達者なこの女は、日本人とアメリカ人のハーフかもしれない。髪が短く、その顔は東洋っぽいのか西洋っぽいのかはっきりしない。

 市場に着いた。といっても、近代的なものではなく、日本のお祭りや縁日に並ぶ露店のような店が、細い道の両側に軒を連ねている。売っているものは、現地の人が食べるような総菜類で、豚の角煮やら青野菜を炒めたものやら。ますますグアムっぽくなくなるが、それは今になって思うことであり、説明がつかない。

 女はラフテーらしきを三つ買って、レジ袋のようなものに収めてもらっている。私はここでは日本に持ち帰る土産は買えない、と困った気分になる。

「ここじゃだめだ。免税店に連れて行ってくれよ」

「そんなことはどうでもいいじゃない。それより今夜、私の部屋に来ない?」

 女は私の手をとり、そんなことを言う。

 ん? ツアーガイドだとばかり思っていたが、この女は娼婦なのか? だとすれば、ことの前に、いくらなのか、はっきりさせておく必要があるぞ。

 私はにわかに警戒する気持ちになる。財布の中の金額を思い、足りないのではないかと焦り始める。

 この辺りで目が覚めた。

窓の外は暗い。時計を見ると、午前4時30分。この夢を忘れないため、枕元のノートにメモをとる。

 「グアム島」「背の高いハーフの女」「市場で買い物」と。

 夜になって、それらの単語を見ながら、この文を書いたわけだが、手繰り寄せれば貴重な何かが出てくる種類の夢かもしれない。


#3

 夕暮れ時に、私はその駅に降り立った。

 海に近いらしく、潮がつよくにおう。駅前の目抜き通りは、さびれていてシャッター商店街とはこのことか、と思う。閉まったシャッターには、落書きが目立つ。それでも開けている店はポツリポツリとあり、その中のひとつに自動車修理工場がある。

「やあ、おかえり」

 そう言った者がいて、見ると弟である。

「BXは、きっちり整備しておいたよ」

 くたびれた青いつなぎを着た弟がボンネットを撫でているのは、ベージュのシトロエンBXである。

 私は懐かしい気持ちにとらわれる。

「おお、これはおれが乗っていたクルマだな。でもなぜベージュなんだい? 白かっただろ?」

「この町は埃っぽくて、白い物もこんなふうになっちまうんだよ」

「そうか、それはそれでいいな。映画で観たパリのタクシーみたいでカッコいいじゃん」

 弟を助手席に乗せ、BXを運転し、海岸通りに出る。海の波は穏やかだが、町工場の廃液が流れ込んでいるようで鉛の色。

「きたねー海だな」

「ここは、そういう所なんだよ。昔は東急が開発してさ、それなりに賑わったんだが」

「おれが乗ってきた電車は東急じゃないのか?」

「違うよ。東急はもう何十年も前に撤退して、あの線、今は貨物の方が多いんだよ」

 そのようだ。海岸線を左に折れ、鉄道の踏切に差し掛かると、遮断器が下りてきて、貨物列車がゆっくり左から右へ走ってゆく。何十輌もあるのが当たり前の貨物列車だが、五輌しかない。

「短いな」

「景気が悪いからね」

 最後尾の車両には、なぜか、砂かけ婆のような老女がふたり、石炭の山の上にうずくまっている。

「あれはなんだい?」

「無賃乗車。みんな金がないんだよ」

「おまえは、どうやって暮らしているの?」

「修理工と小さな商いの魚屋だよ」

「魚屋か。あんな海で魚が獲れるのか?」

「獲れることは獲れるよ。質は良くないけど」

 踏切が空き、しばらく走ると、

「ここが家だよ。兄貴の部屋もあるから、クルマを車庫に入れて」

 大通り沿いにポツンと一軒だけある店舗併用住宅。外壁は、BXと似たような黄土色。見ると、車庫の隣に鱗のないヌメっとした、鮮度が良くない魚が並んだスペースがあり、なるほど、小さな商いとはこれのことか、と納得する。とともに、私はこの地で暮らす覚悟を決めた。


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