第23話 小さく覚えた拒絶感

 木口は夢の中で何を言っていたのだろう、確か『守ってあげられなかった』や『解放する』だったか。……どういうことなんだ。やっぱり木口は生前の私を知っているようだが、私を警戒しているようにも見えた。何故警戒するのだろう。

 私は記憶を取り戻せば先に進めると思っていた、幸せな幸福というのになれる気がした、だけど違うのではないか。吉田君は言っていた、私自身が自分の記憶を取り戻すことを防いでいると、私は、生前の私を無意識に拒絶していると。……私は自分を取り戻すのが少し恐く感じ始めている。あれが当たり前の様にただの夢ならそれがいいと思えてきた。


「なにか先輩。あんま深く考えることはないっす。なにか先輩自身がやりたいことをやればいいんすよ」


 そんなことを言っても、いったいどうすればいいんだろう。……そう言えば吉田君は私の夢が過去の事やリアルタイムだとか言っていたっけ。それはどういうことなんだろうかと吉田君に視線をおくる。


「あぁ、一番目に見た夢が過去に起きている事で、二番目に見た夢がリアルタイムに起きていた事ってやつっすね」


 どうやら良いのか悪いのか、私の観ていた夢はただの夢ではなかったらしい。私が経験した事の無い過去の事だったけど、私の記憶に関係深い木口に関する過去の夢を見たということらしかった。

 そしてリアルタイムというのはどうやら『今の時間』ということらしい。つまり私が夢を見ていたあの時あの時間、木口自身が同じ時同じ時間に廃墟に行き、木製のボールペンを拾い、私と目が合って私に襲われたということらしいんだ。


「でも、なにか先輩はずっとルーフの上で眠ってたっすけどね。俺も初めての事だからわかんないっすけど、あれじゃないっすか映画の『オハイオ街の悪夢』的な」


 オハイオ街の悪夢とは何だろうか、映画は街の人間が話していたことを聞いて知っている。確か人間が創る映像の中の物語だった。でも、そんな名前の映画は聞いたことがない。相当古い物なのだろうか。


「オハイオ街の悪夢は、夢の中で襲ってくる殺人鬼が出てくるホラー映画っすね」


 ホラー映画というのが怖い映画というのは私も知っているが、とんでもない物語だと私は少し驚いた。夢の中で襲ってくるとか、逃げ場ないじゃないか。しかも吉田君が言うには、オハイオ街の悪夢に出てくる殺人鬼は不死身で死ぬことがなく、逆に夢の中で殺されたら現実世界でも死んでしまうという話だ。何て恐ろしいんだ、殺人鬼って。


「あ、でもなにか先輩の場合はその逆っすね。だって、なにか先輩は眠ってから夢の中で現実世界の木口に会ったわけっすから。でも夢の中で現実世界に干渉できるもんなんすね、俺も初めて知ったっす」


 吉田君にも分からないことはあるんだなと思ったのだけど、やっぱり私の睡眠と見る夢は生きている人間達のとは違うようだ。夢の中で現実世界に鑑賞できる、そんなこともあるんだな。

 今現在で浮かんだ疑問を彼と一緒に考えて納得すると、少し落ち着きながら夢の内容を再び思い出す。


 いつしか大切な物である『木製のボールペン』をどこかで落とした時は一瞬ビックリしたけど、次第に落ち着いてそれでいいんだと納得したということは、コレは私が無意識にそうさせているのか。それとも、何かの因縁か運命があってそうなっているのかもしれない。


「日も昇ったっすね。早速、街に降りて情報収集でもするっすか」


 いつもの私なら情報収集は記憶を思い出すために大事なことで、私も率先して行動しようとするが今はあまり気が乗らない。吉田君は私の方を見て手を差し出してくれているが、私は目をそらしてしまった。


「どうしたっすか? 気分が乗らないっすか? 」


 この霊は私の心でも読めるのだろうか。なぜ私が考えていることを察して、そんな優しい表情を浮かべるのだろう。

 私はなんだか分からなくなってきてしまったが、吉田君は相も変わらず少し頼もしく、私の目的を達成することに協力してくれる。だけど、今は目標が分からなくなってしまっているんだ。


「気分が乗らないのなら、今日は情報収集はやめっす! 気分転換に、人間の街を散策してみましょう! 」


 何もしないよりは、確かに気分がまぎれるかもしれない。私は吉田君の差し出す手を握って立ち、ルーフと同化して眼下の街を見まわした。


「じゃあ行くっすか! 今日は何の目標も持たず、気ままに行くっす! 」


 吉田君ももはや当たり前のようにルーフによじ登ると、振り落とされない様にルーフの体毛に手を絡ませた。ルーフは一つ遠吠えをすると、ビル付近にいた鳥たちは一斉に乱れ飛ぶ。アレは霊ではなく、生きている鳥だ。やはり動物は人間より霊に敏感らしい。


 私達を背中の上に乗せるルーフはビルの屋上を強く蹴り、勢いよく宙に跳び出した。ルーフも霊なのでおそらく浮けるし飛べるのだが、私が指示をしていなかったせいか真っ逆さまに落下していく。

 どうやらそれなりに高いビルだったらしく、落下時間が長い。私はルーフと同化しているので落ちる事は無いが、吉田君はただしがみついているだけなので少し心配になって後ろを確認した。


「ひいいいいいいいいい! 」


 吉田君は逆立ちでもしているようになっており、悲鳴を上げている。彼も霊なので浮けるし飛べるのだが、なまじルーフにつかまっているせいで私達と同じ速度で落下している。

 そう言えば、人間は高い所から落ちると死ぬものだった気がするんだ。街で見たことあるし。だけど、私達霊は高い所から落下したらどうなるのだろう。人間でいう死ぬ、私達で言う消滅してしまうのかな。


「うわああああああ、地面が! どうしよ! あ、俺浮くっす! 」

『ドグチャッ!! 』


 ……あれ、凄い変な音した。それに私の足が見える。ルーフは水風船が破裂したみたいになってる。どうやら私達は着地に失敗したようだ。そして新しいことが分かった。どうやら霊も落下すれば傷つくらしい。吉田君は一瞬浮くと言っていたので大丈夫だと思うが、と思って横を見ると、吉田君も身体が破けている。どうやら間に合わなかったらしい。


 私は自分の足を再生させると落ちていた私の足を拾いに行って、もったいないと思ったのでポリポリ食べた。ルーフも身体を再生させて私の顔を舐めに来たが、吉田君がなかなか起きてこない。もしや、消滅したのか。


「ううううう、忘れてた」


 どうやら生きていたようだ。いや、私達はそもそも死んでいるんだけど。でも忘れていたとはどういうことだろうか。私達に遅れながらも徐々に体を再生させる吉田君は苦笑いしながら口を開く。


「いやぁ、俺達は結界さえなければだけど、やろうと思えば地面もすり抜けられるんすよ。なにか先輩と行動してからずっと地面に足付けて行動してたっすから、すっかり忘れてたっす」


 吉田君が言うには、私達がいつも生きている世界の物である家や人間をすり抜けられるように、概念があってすり抜けようと思えばすり抜けられるとのこと。……先に教えて欲しかった。けっこうビックリしたじゃないか。


「ははw……。気を取り直して、街の散策でもするっすか! 」


 なんの気無しに地面を見てみるが、なんの跡も残っていない。霊体の落下だし、それが当たり前なのかもしれない。と思っていると、また吉田君が心でも読んだかのように口を開く。


「あ、あと俺達は今実体化してないんで、どんなに生きている世界の物に衝撃をあたえても何も起こらないっすよ。傷もつかないっす。って言うかまぁ、地面の概念が頭にこべりつきすぎて、俺達はあんなにぐちゃぐちゃになったんすけどねw」


 なるほど、私が地面が硬い物と思っているからそうなったのか。と浅く納得しておいた。そう言えばルーフは魂があるけど、あくまで本体は宿主である私なんだったと思い出す。私が地面をすり抜けたら、たぶんルーフもすり抜けてあんなふうにならずに済んだのか。なんだか申し訳なくなってルーフを撫でた。

 辺りを見渡せば生きた人間達が多く行き来している。ここは前にいた村とは比較にならないほど人が多く、色々な音が聴こえる。人間が話す声や歩く音、信号機が変わって鳴る音、自動車が走る音。静かな場所もいいけど、たまにはこういった場所も良いと思った。

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