第22話 夢と現実の予感

 目が覚めた時にはお日様が横から眩い光で照らし、街が眼下に広がっていた。ルーフは伏せているらしく、吉田君がその横で街の景色を見つめている。

 私がルーフとの同化を解いて地面に降りて一息つき、寝ぼけた頭を覚まして場所を確認すると、どうやらここはビルの屋上らしい。なるほど、街が眼下に見えてお日様が横から照らしているこの景色はその為かと私は納得した。


「あ、おはようございます。なにか先輩」


 吉田君は振り返ってそう言うと、私に歩み寄って何かキラキラと光る物を私に見せてきた。


「これ、さっきルーフが口から吐いたんすよ。割れた鏡っすかね、でもこれって……」


 よく見てみると吉田君が両手に持つそれは割れたガラスか石のような物だったが、私も知る鏡とは違うような物だ。鏡なら反射した物を映すが、やはり私やルーフの姿はそこには映っていなかった。いや、でも何でこんな変な鏡をルーフが吐き出したのだろう。私がそんな疑問を抱いていると、吉田君が口を開いた。


「いやでも、この鏡って……。酷く割れてるっすけど『狐鏡』、『ショウマキョウ』じゃないっすか。ていうか、実体化してない俺が触れるってことは、この鏡の実体は別にある感じっすね」


 吉田君曰く、この鏡は普通の鏡なら映らない私達みたいな霊や、妖や神を映し出す力を持った変わった鏡だそうで、過去には妖狐を暴いたとされているので『狐鏡』とも言われているらしい。

 しかしそんな物なら私達が映し出されてもいいはずなのだけど、その酷く割れた鏡は私達を映さず、お日様が昇りかけている地平線を映し出すばかりだ。そのことについて質問しようとしたら、先に吉田君が答え出す。


「俺生前仕事でコレ使ったことあるんすよ。造りといい素材といい、コレは間違いないっす。ただ完璧に破壊されて魂も無いので、俺達も映せてないっすね」


 どうやらこの鏡らしき物は一種の呪物らしく、とある術を行うことで魂が宿った鏡となると吉田君は言う。


「この鏡は使い用によっては面白い使い方ができるんすよ。まぁ相当力がなければできないっすが」


 この魂の宿った鏡は、霊を映し見るだけの使い道だけではないと彼はつづけた。霊的な力が強く、それについての知識が多ければ多数の使い道があるという。

 その一つとして、疑似的な守護霊を作ることができる。その方法とは、とある術で宿らせた魂に無理やり魂を喰らわせることで強大なものにする。その後に鏡の魂を完全に支配することで、支配者の命令をきく魂をつくるとのことだ。


「よっぽどじゃないとできないっすけどね。だけど、できたら便利っす。コレは降霊術じゃないんすよ。だからどこにいても同じ霊に指示できるし、すぐ呼べるんす」


 コウレイジュツとは何だろうかと彼に聞くが、どうやら人間が霊に対して『接触』を望む合図を出す行為だそうで、仕組みとしては自分の守護霊を一時的に封印することで霊が近づける状況を作るということだという。ほとんどの人間がそれを自覚せずにやってる自殺行為だと吉田君は苦笑した。


「それにしても、何故この鏡がルーフの中にあったのか……。今までなかったっすよね」


 彼はいつもの様に何やらを考えているので、私も思い当たることを思い返したり考えたりしてみる。そして、一つ引っかかる所が記憶の中にある。

 この厚いガラスのような鏡らしき物、彼曰く『狐鏡』は割れている。それもヒビ程度ではなく、破片が何個もある程にバラバラに割れている。鏡が割れている、分厚いガラスが割れている、ガラスが割れている。その時だ、私はさっきまで観ていた夢のことを思い出す。


「なにか先輩? 」


 そうだ、夢の中で木口がいたんだ。そして狐が九匹いた。木口は私に何やら謝って、それで私は琴音たちに抱いたような気分になって、木口を襲おうとしてたんだ。そしたら燃える狐が襲ってきて、ルーフに喰わせた。……その時だ、確かにガラスが割れる音が響いた。

 夢の内容を思い出した私はこのことを吉田君に伝えてみようと思い、彼の腕を引っ張った。


「夢の中で木口と九匹の狐が? それでルーフが狐を喰ったらガラスが割れる音……」


 吉田君はルーフを見ながらまた考えるような感じになって固まっていた。少し時間が過ぎたと思えば、今度は手に持っている鏡を見つめている。そしてまた口を開いた。


「狐は木口を守ってたっぽいんすよね。じゃあやっぱり、その狐は木口が支配している魂っすね。……でも白く燃えるって、普通の霊ではないっすね。ガチな守護霊かどこかの神か」


 またブツブツ言いながら考え事を続ける吉田君だが、私が話したこの話はあくまで夢の内容なんだ。ガラスが割れる音で連想しただけで、この現実にある鏡とは関係がないかもしれない。そんな時だ、彼は私に質問をしに口を開く。


「なにか先輩。夢の中で観た場所って知ってる場所っすか? 木口やなにか先輩がいた場所は」


 そうだ。夢の中で私は、吉田君とルーフとも一緒に行ったことがあの寺の廃墟を観ていたんだ。そこに木口がおり、私がそれを観ていた。そして夢でこの場所が出てきたのは二回目だということも薄ぼんやりと思い出す。


「場所はあの琴音とかいう子達が来たあの破寺っすね。……二回目っすか、どんな夢だったか覚えてるっすか? 」


 どんな夢だったか、さっきから思い返してみてるが……。両方の夢に木口らしいというか、情報と一致するというか、最終的に完全に勘だけど確かに木口がいたんだ。

 最初の夢では木口が丸い墓に神札を貼って、鎧を着て刀を持つ恐ろし気な霊を消滅させた。そして二番目、さっき見た夢は、私が落とした『木製のボールペン』を木口が丸い墓の近くで拾う夢だったが、最終的に私が木口を襲う夢となった。


「なるほど。……なるほど。おそらく、一番目の夢は過去の事を夢の中で観た感じっすね。あの神札は木口家のですし。そして二番目はルーフの中からこの鏡が出てきたところを見ると、リアルタイムっす」


 え、でもこれはただの夢では? と私は思うのだが、どうやら吉田君が唸って考える程に難しいことらしい。

 そもそも眠気や夢とは何だろう。人間や生きている他の動物だって眠気がきて眠って夢を見るらしいが、吉田君曰く霊なのに夢を見るというのは私以外に見たことがないという。私の見る夢と生きているモノ達が見る夢では何か違うのだろうか、いくら考えてみても、私には分からない。


「なにか先輩の感じる眠気について前一緒に考えたっすよね。また今思うんすけど、なにか先輩の眠気は生前の記憶を取り戻すために働いているのではないかと思うっす」


 吉田君が話すにはこうだ。霊は普通睡眠をとらないしとる必要がない、と考えていたが、実際には違う可能性があるらしい。

 そもそも私には自我があるため、喰らった魂の肉体が勝手に動き出すことがない。私が睡眠をとれば、私の霊体も動かずに正に『寝ている』状態だ。だが他の多数の魂を喰らっている霊の場合は自我を保つことができず、眠っていても身体が動くため、起きているように見えているということだ。


「俺が気が付いていないだけで、霊も実は結構眠っている可能性があるっす」


 吉田君が考えるには、幽霊の睡眠は失われた生前の記憶を取り戻そうとする行為という説があるらしい。では吉田君は? そうだ、彼は生前の記憶が全てあるんだ。じゃあ魂を喰らっていない一般の霊はどうだろう。中には私と同じように記憶の無い霊もいそうなものだ。


「いるもなにも、霊は普通死んだ数年は生前の記憶や自我がないっす。だから守護霊になるのに時間がかかるんす」


 なんだと。つまり記憶がないというのは普通の事なのではないか。じゃあ一般の霊もわからないだけで睡眠をとっているということなのだろうか。


「でもなにか先輩以外で見たこと無いんすよ、人間みたいに寝る霊。……もしかしたら睡眠の深さの問題っすかね。なにか先輩は、俺の推測っすけど死後かなりの年数が経ってるっす。なのに記憶がないということは、それほど深いところに記憶があるということかも」


 つまり、他の霊も睡眠はとっているということか。彼の言い方だと、起きていると変わらないほど一瞬の睡眠という感じになるんじゃないか。それで生前の記憶がよみがえるのか。

 それに比べて私はぐっすりと何時間も睡眠をとっているのに、なかなか記憶が取り戻せない。普通の霊と私の睡眠の違いは……。


「なにか先輩の記憶は、もしかしたら先輩自身が無意識に思い出すことを防御してるのかもしれないっすね」


 自分自身で思い出すことを防御している? 私は私自身を拒絶しているとでもいうのだろうか。でも今現在の私は、自分自身に近づけることに喜びを感じている。

 霊なのに何故か走る動機を無意識におさめようとしたのか、私は少し深呼吸をして手に震えながら握る日記帳に目を落とす。記憶を取り戻すのは喜びのはずだと思っていた。でも何故だろう、今は恐く感じている。

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