第24話 街で目が合った男の子

 私も以前は大きな街の中を一人でさまよっていたけど、吉田君やルーフと賑やかな場所を歩くのは久しぶりだ。前は道を行き来する人間の会話に耳を傾ける事も無く、ただの音として聞いていたが、よく聞いてみると面白いのかもしれない。


「今日は土曜日っすからね。仕事が休みな奴も多くて、外に出かけている人間も多いっす。賑やかっすね」


 曜日、それも聞いた事がある。職業や学業に就いている人間達の多くは土曜日日曜日が休みであるということ。でもそれはどうやら確定ではないらしく、その曜日でも仕事に出ているような人間の愚痴話を小耳に挟むことは前にも結構あった。

 以前の私は特に注意して人間の会話に耳を傾けたわけではないけど、案外記憶には残っているものらしく、人間の愚痴話をいくつか思い出した。

 建物の形を考える職業の人は水曜日休みで、髪の毛を切る職業は月曜日休みだった。そして決まってその曜日に重要な仕事が入るらしく愚痴をこぼしていた。でも、目的があるのに少し羨ましくもある。


「いい天気っすね! 気分転換にはもってこいなデートっすね! 」


 デートとは何だったか。そうだった、それも前に人間達の会話で聞いた事がある。人間の親しい異性や同性とどこかに出かけることを云うんだったような気がする。親しい? 私と吉田君が? ……確かに頼りになるというのは、そういうことなのかもしれない。

 そんなふうに私が思っていると、ルーフは私の中に還ろうとする。やっぱり犬の霊は賑やかな場所をあまり好まないのかもしれない。

 何も鳴かずに還ろうとするルーフを撫でると、そのままズブズブと私のお腹の中に還っていく。……私はその姿を見ながら、また自然豊かの場所で散歩をしてあげようと心に決めた。


「お、あれ見てください。めっちゃこっち見てるっすよ」


 吉田君が言う方向を見ると、自動車道路を挟んだ向かいの歩道でお店を出して、何かを売っている老婆とそれを買っている私より年上そうな男の子と目が合った。

 二人の人間は私と目が合ってもその眼をそらす事無く、何やら汗を大量に流しながらもジッと私達を見つめていた。


「あんまり見えるやつに関わるといいことないっすが、見てみるっすか? 」


 確かに、見えている人間に近づいていいことはなかった。廃墟にやってきた琴音達がいい例だろう。なにも良い事は起こらなかった。だから今回は私の方から視線を外して、先に進もうと足を進めた。すると、男の子が叫んだ。


「お、お前逃げるのか!? 俺が退治してやる!! 」


 男の子が叫ぶと、まわりの人間達が怪訝そうな表情をしながら男の子を見ながら歩き去っているのが見える。男の子はそんな視線もお構いなしに、私達に近づこうと向かってきている。だが信号機が赤なので、そこで止まった。

 どうすればいいのか分からなくなった私は吉田君をみるが、吉田君は苦笑いをしながら頷いた。


「恐いもの知らずっすね、あいつのためにも行ってみるっすか」


 吉田君がそう言うので、今度は私達の方から男の子に歩み寄る。信号は赤で自動車も多く通るが、私達は当たり前に透き通りながら横断歩道を渡る。そして男の子の前に立つと、男の子は意外にも震える事も無く私に話しかけた。


「フンッ。ここじゃ人の邪魔になる、そこの広場にまでついてこい」


 男の子がそう言うので、苦笑いをする吉田君の方を見てからついて行く。そんな私達を見る視線を感じてその方向を見てみると、目の前の男の子に何かを売っていた老婆がこちらを見ながら笑みを浮かべていた。


 広場というのは結構綺麗で広く、私も周りに咲いている綺麗な花などの植物を興味津々で見まわしていた。街の中にこんな素敵な場所があるなんて、ここならルーフも喜ぶのではないかと思い、ルーフを呼び出す。


「さぁ、怨霊め。この俺スズハラカズマが退治してくれ、る……」


 男の子は喋りながら私達を振り返るのだが、ルーフを見て段々声が小さくなる。……私も冷静になって考えると、ルーフの足から頭までの高さは私の身長の三倍か四倍ほどはあるんだ、初めて見たら恐いのも仕方がないと思った。

 ルーフの身体は漆黒の体毛で覆われ、黒いモヤのような物を纏っているなど、他の守護霊とはずいぶん違うが、それでも私の大切な守護霊なんだ。どうにかこの男の子にルーフが怨霊ではなく優しい守護霊ということを伝えたい。


「な、なんだそいつは!? 怨霊の親玉か!? 」


 私は首を横に振って自分の守護霊だということを伝えようとするが、どうやら私の方を全く見ていない。無害なことを証明しようと、ルーフはとりあえず花壇の横に伏せさせておいた。


「お、お前はあいつの子分だな!? まずは子分からということか! 」


 男の子が必死にそんなことを言っていると、横にいた吉田君が溜息をついて口を開く。


「あのね少年、君高校生かい? あんまり霊を挑発しちゃいけないよ。俺達だったからいいものを、他の霊だったら食べられてたかもしれないよ」


 なんだ、いつもの吉田君ではないぞ。なんと言うか、大人な雰囲気が出ている。額から汗が流れる男の子に諭すように語り掛ける吉田君の話を、男の子は笑いながら口を挟んだ。


「お前らが雑魚ってことだな! よし、消えろ! 」


 男の子はいきなり大声でそんなことを言って、右手を開いて私達の目の前にいきなり突き出した。その手をよく見ると、手首に何か球がいっぱいついている。コレは人間の言うアクセサリーだろうか。


「あのね少年。確かに霊力のこもっている数珠だけど、そんなおもちゃで霊を挑発したら君自身が危険だよ」

「な、なぜ効かない! あのお婆さんは優れた霊能力者なんだぞ! 」


 どうやら男の子が手首に着けているのは『数珠』という物で、吉田君曰く一応はブツモン系呪物らしい。そしてどうやら、その数珠を付けて力をこめれば私達を消滅させることができると、この男の子は思い込んでいたらしい。

 吉田君はさらに呆れるように溜息をつくと、私の方をチラッと見て耳元でささやいた。


「なにか先輩、この子にちょっと殺気というか、攻撃しようとしてみてほしいっす。あ、絶対攻撃当てちゃダメっすよ! 死にますから! 」


 何やら難しいことを言う、殺気とは何だろうか。吉田君曰く、敵意に満ちた気配らしいが、とりあえず今朝見た夢の中で木口に想ったことを思い返してみた。あの時、私は本気で木口を喰らおうとしたのだから、そう思えば殺気らしきものも出る気がした。


『――パァンッ!! 』


 疑似的に敵意を作ってみるとその瞬間、男の子の手首にあった数珠が勢いよく砕け散った。一体何が起こったのだろう。


「え? お婆さんの数珠が、どうして」


 男の子は先程の勢いはどこへやら、タジタジし始めた。そして汗の勢いは増して顔は青くなり、身体は酷く震えだす。そんな私と男の子の姿を見ていた吉田君は間にはいって、親指を上に立てながらまた私に耳打ちした。


「グッジョブっすなにか先輩! あ、もう殺気解いていいっすよ。これ以上続けるとこの子危険っすから」


 完全に怯えてしまったのか、尻餅をつきながらも後ずさりする男の子。そんな男の子に吉田君は再び声をかける。


「だから言ったろ。あんまり無茶をしてはいけないよ」

「お、お前らはここの怨霊なのか! 」


 吉田君が諭しながら手を貸そうと近づくが、男の子はその手を払って言葉を投げつける。一体どうしたのだろうか。今までの人間ならばすぐに逃げ出すのに、この男の子は私達や伏せているルーフを見ているんだ。まるで何かを確認するように震えながらも見まわしている。


「俺の姉ちゃんを襲った怨霊共め! お前ら怨霊なんか消えろ! 」


 姉ちゃん? と吉田君の方に向いて首をかしげると、姉ちゃんとはどうやら姉の愛称らしく、姉とは人間の家族の母親から先に生まれた女性を指すものだと教えてもらった。

 その姉ちゃんが怨霊に襲われたと、この男の子は言っているのだろうか。家族というのは人間にとって大事な存在らしいから、大事な存在が何者かに襲われるのは私でも許せないと思えるし理解できる。だから私は少しだが、この男の子を哀れんだ。

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