第18話 生前の友達
人間の家族三人は、墓に向かって目を瞑りながら手の平を合わせている。そんな時間が十秒ほど流れたと思ったら、人間達は手の合わせを解いて目を開けた。
一体何をやっているのかが私にはわからなかったが、目の前で感謝しながら泣いている老人の霊を見る限り、きっと良いことなのだろうとは思った。
「おじいちゃん、昔好物だったろ。瓦煎餅置いとくよ」
大人の男性がそう言ったかと思えば、ロウソクとロウソクの間に平皿を置いて、その上に何やら茶色の物がたくさん入った袋を置いた。
「ひいじいちゃん食べてくれるかな」
「きっとね」
男の子と大人の女性がそう言って呟くのを見て、老人の霊はコクコクと頷きながら涙を拭いて立ち上がる。それにしても、あれが食べ物なのだろうか、全然美味しくなさそうだと私は思ったが、その事は表に出さないようにした方がいいと思ったので無表情を貫いた。
「それじゃあおじいちゃん。俺達いくよ。トオル、ひいおじいちゃんに挨拶しような」
「うん。また来るねひいじいちゃん」
人間の家族三人はそう言うと、荷物を片付けて手に持った。最後に墓を見た後に入口の階段に向かって歩き始めている。そんな時、男の子が歩きながらこちらの方を振り返って微笑んだ。
「じゃーね! ひいおじいちゃん、おねえちゃん、おにいちゃん! 」
男の子はそう言ってこちらの方に手を振り、別れの言葉のようなことをこちらに伝えた。両隣にいる大人の人間達は男の子のそんな姿に最初は驚いたような顔をしたが、顔を見合せたうちに微笑んで男の子の言葉に賛同した。
「そうだねトオル! 」
「そうだな! よし、せっかくだしお出かけしようか。ご飯食べに行こう。トオル、何がいい? 」
そんな人間達の姿を私達はその場で見えなくなるまで見送っていたが、吉田君の顔と老人の霊の顔をチラッと見ると、どうやら相当に驚いているみたいで口が開きっぱなしだ。
「あれ。わしのひ孫、見えるの? 」
「見えてたっぽいな」
吉田君と老人の霊はポカンと口をあけたまま、しばらくそのまま固まってしまった。そんなこともあってか私はなんとなく手が寂しい感じがしたので、手に持っている日記帳を触ってその気持ちを紛らわした。
いつしか吉田君はそんな私を見て何かを思ったのか、頭を手で撫でてくれている。そんな彼の顔を見ると、私にいつもの様に微笑んでくれた。
「お前さん達、仲いいんだな」
いつの間にか老人の霊は私達を見ており、五歩ほどの距離にある自分の墓に歩いて行った。そして墓に腰を下ろすと一息ついた。
「お前さん達は、記憶を取り戻したいんだな。何か手掛かりはあるのかい? 」
急にそう問われたので少しアタフタしたが、私は自分の持つ日記帳とラブレターを老人の霊に見せた。私にはこの二つの物と、落としたペン、そして『木口』という人間という手掛かりがある。
と、吉田君は私の身振り手振りを察して代わりに説明をしてくれた。老人の霊は何度か頷くと、しばらくまじめな顔をして考えた後に笑って言ってくれた。
「手掛かりがそれだけあれば、なんとかなるんじゃないかね。それに、その木口というのは聞いたことあるぞ」
その言葉を聞いた瞬間、私と吉田君は同じ反応をした。吉田君曰く『まじっすか?! 』と。私達の反応に満足したような老人の霊は、まわりを見まわして人間がいないことを確認すると、ゆっくりと実体化していった。そして人間が墓においていった袋を手に持つと、その袋を開けた。
「まぁ、なんだ。コレ一緒に食うか? 」
それは確か、人間の男性が『瓦煎餅』と言っていた食べ物だ。あまりおいしそうには見えないが、人間の食べ物を食べるのは初めてなので、興味本位で食べたいと頷いて答えた。
「よしよし、じゃあ真ん中に置くから二人も自由にお食べ」
そう言われるので、私も実体化してさっそく茶色い物を一つつまんで口に入れた。……ポリポリして美味しい。霊や人間の魂と違って食べごたえがある。私はこの食べ物を非常に気に入った。
吉田君もポリポリ音をたてながら食べているが、どうやらずいぶん気に入ったらしく一気に五個手に持って食べている。
「木口ってたしか――」
茶色の食べ物に夢中になっているせいで、情報収集のことをすっかり忘れていた。そうだ、この霊は木口を知っている感じなのだ。せっかくの情報を逃すわけにはいかないので、吉田君を軽く叩いて話を集中して聴いた。
「木口って名前のが、わしの生前の小学校の同級生にいたな」
老人の霊が生前の時の、小学校時代の同級生。うーん、関係なさそうで微妙だ。と聞いた瞬間は思ったが、でも思い出したんだ。木口という人物は現在九十二歳だということを。この老人の霊が今も生きていたとしたら、一体何歳なのかが気になった。それは吉田君も同じな様で、老人の霊に質問をした。
「わしが今も生きていたら? そうだな、八十八歳で死んだから、今だと九十二かな――」
なんと、この老人の霊は木口という人物と同い年だった。どうやら関係性が高く、いよいよ大きな情報が得られるという予感が私の全身に走っていく。吉田君もそれは思ったようで、私の方を見ながら頷いた。
「わしと木口は仲のいい友達だったが、中学校が別になってな。それでもよく会って遊んだんだ」
木口について大きな情報が手に入ると確信した私は、同じく私の記憶の手掛かりである日記帳を強く抱きしめて、その話の続きを早く聞きたい気持ちでいっぱいになっていた。
「ある時な、学校が終わった後で木口が家に来てな。女性へのプレゼントについて相談されたよ。ちょうどほら――、お嬢さんが手に持っているような日記帳をと言っていた」
木口と日記帳は関係があるのだろうか、今のではあまり確信が持てない。木口はそれからどうしたのか、そしてこの日記帳は何なのか、私はそれが知りたい。
「革製のカバーをおじさんに作ってもらうんだって張り切ってたな。あと、字が書けるように木製のボールペンも贈りたいって言っていたな……」
木製のボールペン。そのことを聞いた瞬間、私はついに確信した。この手に持っている日記帳と落としたボールペンは、中学生時代の木口がある女性に贈った物なのだ。だけど、それと私の記憶になんの接点があるのかがやはり分からない。
日記帳を見て固まっている私を吉田君は横目で見ると、老人の霊に『木製のボールペン』のことを伝え出したようだ。そのことを聞いた老人の霊は、私の姿を目を見開いて見た。
「おぉ……。まじか。え、まじ? 」
老人の霊が私を見ながら、今までの如何にも老人というような口調ではなく、吉田君のような口調で言った。私が日記帳から目を離して顔をあげると、老人の霊だけではなく吉田君も私の方を見ている。木製のボールペンを持っていたのは事実なので、私は一つ頷いた。
「んー、だけどな、木口は……。中学を卒業してから連絡がつかなくなったんだ。おそらくだが、親父さんの神社でも継いだんだろうが、それ以来今まで会ってない――。いや、一回だけ会ったか」
老人の霊は空を見上げて、生前のその記憶を思い出そうとしている。それなりに昔のことなのか、思い出すのに時間がかかっている。しかしとうとう思い出したのか、手の平を拳でポンっとついて話し出した。
「わしが三十四歳の時だから、五十八年前か。凄い形相で急に家まで訪ねてきてな。でも驚いた、右腕がなかったんだよ。その時木口は、僕のせいであの子が、皆が苦しみ続けている。なんていってたな」
右腕が無いという追加の情報のおかげで、いよいよやはりこの老人の霊の語る『木口』は私の記憶の手掛かりである『木口』と同一人物であると私は確信した。
木口はまだ生きている。私の記憶や生前の情報は、おそらく木口が知っていると私は感じる。木口はある女性に日記帳や木製のボールペンを贈ったと言うが、その女性がもし生前の私だったら。なんていう想像をしながら、私が私に一歩づつ近づいているのを感じて嬉しく思った。
でもそれはきっと違う。何故なら木口は九十二歳で、この老人の霊も生きていたら九十二歳なんだ。鏡には映らないけど、私の見た目はすでに自分で確認している。
ルーフの身体に私の眼球だけ置いて分離し、私の身体を離れたところから見てみたんだ。私はおそらく、中学生から高校生の女性なんだ。だから、木口が中学生の時に贈物をした女性ではないと、私は思ったんだ。
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