第17話 見守る霊

 人間の家族三人を乗せた車はどこに行くのだろう。信号が青になったので車は発車を始めた。私達もルーフで並走しながらついて行く。そして進むにつれて車の車内にいる男の子が何かを見つめながら反応している。


「見えた! お墓だよお父さん! 」

「あぁ、もう少しだぞ。久しぶりだからな、しっかり綺麗にしてあげなくちゃな」

「お墓ではあまりはしゃいじゃ駄目よ」


 どうやら目的地は近いようだ。『お墓』と人間の家族達は言っていたが、少し先に山肌に沿って密集している石の塊のような物がそうなのだろうか。私は以前にもあれに近い石の密集を見た事がある。だけど形が少し違う様で、今見えている石の塊は角ばっている。アレも人間がつくったものなのだろうか。

 吉田君は私に『もう少しみたいっすね』なんて笑顔で言っているが、もしまたあんな神札が貼られていたとすると少しこわい。だが木口の神札なら、こわくても目的に近づけるというものだ。


「お墓っていうのは、前にチラッと説明したやつっす。あの石の下には人間の死体を焼いた灰が埋まってるっす。霊も沢山いるので、まぁお邪魔させてもらうっすか」


 そんなことを言う吉田君に私は頷くと、どうかしたのか車は何やら変な動きを始めている。どうやら地面に書かれている白い枠に自動車をいれようと人間は頑張っているらしい。


「ここは駐車場と言って、乗り物はこの白い枠に入れるんすよ。入れて車が動かなくなることを停車というっす」


 そういうモノなのかと、私も隣に空いている白い枠線に今まで乗ってきた巨大なルーフを移動させると、私は分離してルーフの背中から降りた。


「くーん……、わんっ」


 ルーフに吼えられてしまった。地面に降りた吉田君に私はどういうことかと首をかしげたが、吉田君は少し困った様に笑って答えた。


「あ、ルーフはいいんすよ。ルーフは霊っすし、乗り物というよりはなにか先輩の守護霊っすから」


 確かにそうだが、今まで移動のたびに乗ってきていたので、てっきり乗り物として扱わないといけないのかと思った。ルーフの寂しそうな視線が私に刺さる。可哀想になったので、私はルーフを撫でて身体の中に還した。


「その方がいいっすね。ここは霊の住処っすから、ルーフが捕食始めたら他の霊に申し訳ないっす」


 吉田君の意見になるほどと頷いている間に、『バタン』という複数の音が私の背後からなった。どうやら人間が車から降りた様で、いよいよこの先が目的地らしい。

 大人の男性は沢山の道具のような物を容れた青色の容器を片手に持っている。大人の女性は細い緑色の物が束になった様な物を持っている。そして子供は花を手に持っている。


「よし。行くか」


 大人の男性がそう言うと、他の人間も声を出して答えた。そして階段のある方に向かって歩き出す。


「ついてきましょう」


 私も吉田君にそう言われたので、人間達の少し後ろで観察しながらついて行った。階段の両脇にある大きくて上に長い石の塊を抜けると、霊の気配が立ちこめる。

 どうやらここが『墓地』という物らしい。そしてあの文字が書いてある石の塊が『墓石』という物で、その下の灰が埋まっている部分が『墓』というらしい。


「霊たちはやっぱりなにか先輩から離れていくっすね」


 どうやらその様で、霊たちは私から離れていっている。だけど、階段の両脇にあったような石の柱から外には出られないらしい。みんな逃げに逃げられずに石の柱より内側をただよったり立っていたりしている。その中には私達に敵意を向ける霊はおらず、こちらに襲ってくることも無いようだった。


「久しぶりだね。おじいちゃん」


 大人の男性がそう呟きながら一つの墓の前に立ち止まる。どうやら目的地はこの墓らしい。しかしどうもおかしい、墓石の上に座っている老人の霊が私から逃げない。というより、大きな警戒心を私に向けて凝視してきている。


「この霊が、どうやらこの男の祖父に当たる霊らしいっすね。なにか先輩の気配から逃げないところを見ると、それほどの理由があるのでしょう。しばらく見守るっす」


 吉田君がそんなことをいうと、墓石の上に座っていた老人の霊が墓石から降りて私達に近づいてくる。そして両腕を拡げて家族の人間達と私達の間にはいった。どうやらというか、やはり警戒をしているらしい。

 そんな霊の後ろに見える人間達は、元々あった花や灰のような物を片付け始め、ビニール製の袋の中に入れ始めた。大人の男性は手に持っていた容器の中にあった道具を女性や男の子に渡すと、青い容器を手に持ったままどこかへ行ってしまった。


「な、なんだ前たちは! 」


 老人の霊が私達に向かって言葉を投げつけた。顔を確認すると、怯えのような表情が見て取れる。


「わしは今日孫達が来るのを楽しみにしておったんだ! この子達を守るためにも、逃げてはおれん! いね! 」


 霊はそう言って私達にじりじりと近づいた。そしてそれに反応してしまったのか、私のお腹の中からルーフが跳び出してきて老人を喰おうと口を拡げる。


「ヒィッ――」


 老人の霊に噛みつく手前、私はルーフの鼻を掴んで静止させる。するとルーフは申し訳なさそうな声を高くあげながら、ズブズブと私のお腹に還って行く。そんな姿を見ている吉田君は一安心したように息を吐き、老人の霊は腰が抜けたように後方へ尻もちをついた。

 後ろで何やら作業をする人間達は、老人や私達の姿がやはり全く見えていないらしく、話しながら作業を続けている。


 どこかに行っていた大人の男性が青い容器の中に水を蓄えて戻ってくると、その水を少しづつ墓石にかけて家族みんなで道具を使って墓石をこすり始めた。

 そんな様子をちらりと見た老人の霊はやわらかく人間達に微笑むと、また私達に向かって警戒を再開する。


「お前たちは何なのだ! 答えろ! 」


 私達はこの人間達におそらく何の接点も無いため、何なのだと聞かれても『怨霊です』としか言いようがない。しかし私がそう思った瞬間、吉田君が口を開いて説明をした。


「俺達は霊だ。俺は生前の記憶を持っているが、このなにか先輩は生前や、おそらく死後しばらくの記憶も持っていない。だからその記憶を取り戻すために情報を集めているんだ。その人間達には何も危害は加えない。どうか安心してくれ」


 吉田君が淡々とそう説明すると、老人の霊は少し唸って私の方を見つめた。その顔にはいまだに脅えがあるが、どこか同情のような感情も見えている。


「記憶が、ないのか? 生前の? それは、可哀想にな。……しかし、その妖気はなんだ。一体どれほどの恨みが……。いや、すまん。あまり詮索はしてほしくないわな」


 老人の霊は自分の言葉を遮るように喋るのをやめ、一つ咳ばらいをして謝った。この霊はどうやら私達のような怨霊というわけではないようで、黒い雰囲気を全く感じない。それどころか、どこか温かささえある。


「いや、俺達も急に墓地へ来てしまって悪いと思っている。ただ、色々情報が欲しくてね」

「うーん。とはいってもなー、お前さんは別にここに埋葬されたわけではないんだろ? 何もないと思うが」


 老人の言葉に吉田君はハッとして『確かに』とつぶやいた。いや確かにとはどういうことかと私は吉田君を見たが、笑って返された。


 人間達は墓石に水を多くかけると、布で綺麗に拭きだした。最初に見た時よりも数段墓石は綺麗になっており、それを見つめていた老人の霊も微笑みながら頷いていた。

 大人の女性が緑色の棒の束に火をつけて、さらに火だけを吹き消すと煙だけが小さく空に昇った。そして金属の筒のような物にその煙の上がる束をいれた。この煙は不思議と気持ちが安らかになり、私も人間の作業に見入ってしまう。


「あとはロウソクとお花だな。トオル、お花頼むぞ! 」

「うん! 」


 大人の男性はロウソクと呼んだ白い物を墓から伸びる針に刺すと、それに火をつけた。そして男の子は花を左右の金属の容器にいれる。そうして人間の家族は顔を見合わせて頷くと、墓に向かって眼を閉じて手を合わせ始めた。

 その光景を見ている老人の霊は目から涙がこぼれており、何度も何度も人間達にお礼を言っていた。


「ありがとう。本当にありがとう。マモル、ヨシミさん、トオルちゃん。――でもな、じいちゃん、明日からこの墓にいないんだ。元気でな」


 老人の霊はそう言いながら膝を地面に落として泣いていた。だけどその表情には悲しみはなく、感謝だけがそこにあった。

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