第16話 人間の家族

 どこかに行ってしまったルーフを呼ぶと、その口には人型の霊がくわえられていた。抵抗する訳でもなく、微動だにせずに虚ろな目で空間を見ている。

 私がその姿を見つめていると、ルーフは私の目の前に霊を置いて尻尾を振っている。遊んでほしいのだろうか。少し困ってしまって吉田君を横目で見た。


「朝ごはんっすかね……。守護霊というより、なつきまくってる飼い犬な感じがしてくるっす」


 吉田君曰く、飼主に懐いている飼い犬や猫はお散歩のときに何かを拾ってくることがあるらしい。その理由のほとんどは飼主に褒めて欲しいという欲求らしいが、中には飼主への忠誠心を示す贈物という説もあるらしい。さらに動物の中には溢れる母性や親心のために餌を持ってくるものもいるというし、餌の狩りかたまで教えてくれる動物もいると吉田君は教えてくれた。


「……褒めてみたらどうっすかね。尻尾ふってるし、頭撫でたら喜びそうっすよ」


 確かにお座りをしながら尻尾をふっているところを見ると、どことなく褒めてほしそうな感じがした。私はルーフの頭を撫でようとするが、巨体過ぎて頭にまで手が届かない。その事に気が付いたルーフは徐々に小さくなっていき、街中で見たような一般的な大型犬のサイズになった。


「わふっわふっ」


 頭を撫でられたルーフは満足そうに私にすり寄ってきたが、ルーフがつかまえてきた霊が私とルーフの間でされるがままになっている。コレは、私が食べたほうがいいのだろうか。

 霊は特別な理由がない限りはお腹がすくことがない。また人間の様に長時間走っても何も消耗しないので、基本的になにも食べる必要は無い。だけど、せっかくルーフが私のために持ってきてくれたかもしれないので、持ってきた霊を半分に引きちぎってルーフに片方を渡した。そして吉田君にも勧めてみた。


「あ、じゃあ俺もいただきます」


 手に残った霊体をさらに半分に引き裂いて吉田君に手渡すと、まるで人間の様にみんなと朝ごはんを食べた。なんだろう、この光景に私は少し幸せを感じる。


「じゃあそろそろ先に行きますか。この先にはまた人間が住む場所があるっす。そこまで進んで、なにか先輩の記憶が戻るような情報を探してみましょう」


 私は吉田君の言葉に頷くと、再び大きなサイズに戻ったルーフに乗って森を出た。山に沿って作られている道路には、数は少ないが自動車が通り始めている。なかなか速いスピードだが、ルーフよりは遅いみたいだ。


 風があるのか木が揺れて葉っぱが擦れる音が聴こえる。だけど霊体化している私達に風が当たる事は無く、流れるように透き通っていく。

 くねくねとカーブが続くのは山にひかれる道路の特徴だろうか、ルーフは俊敏に曲がり道を走ってとても速いスピードで進んでいく。私は少し楽しいように感じていたが、後ろの吉田君を見てみるとルーフの背中の体毛を必死につかんで振り落とされない様に頑張っていた。


「ううう、キツイっす。ルーフにくわえられた方がいいっす――」


 吉田君が今にも振り落とされそうなところに、ルーフの頭は背中に現れて吉田君をくわえた。そして吉田君をくわえた頭は背中を滑るように元の場所に戻ると、何の問題も無いように走り続けている。吉田君はというと――。


「あ、これめっちゃ楽っす。でもルーフ喰わないでね! 呑み込まないでね! 」


 そんなふうなことを言ってルーフにくわえられてブラブラ揺れている。私はルーフの身体を潜り進んで吉田君の顔を直接確認したが、なんともリラックスしているようだ。私の様に同化せずに車より速い速度で進むルーフの背中にしがみつくのは、どうやらきつかったらしい。


「もうだいぶ進んだっすねー。あ、ほら。建物とか田んぼが見えるっすよ」


 川と山に沿われるように建物や田畑は点在していた。どうやらここにも人間が住んでいるらしいが、昨日の村より人間は少なそうだ。

 小さく『ガタンゴトン』と振動が響く。その方向を見ると、昨日見た物と同じような橋の上に電車が走っていた。しかしその橋は遠く、山の斜面のような場所に架けられている。どうやら電車が止まる駅はこの付近に無いらしい。


「昨日の村にあった線路がここにも見えるっすね。あ、ここには駅は無いはずっすから安心できるっす」


 なんだ。やはり駅はないのかと思ったが、今の吉田君の言葉を少し思い返した。『駅はないはず』と言っていた。ということは、吉田君はこの場所を知っているということだろうか。さすがに生前の記憶が全部ある吉田君だ、何でもよく知っていると私はまた感心している。


「ここも一応村っす。だけど人間が少なすぎてほとんど村と街の間の通り道みたいな場所っすよ」


 なるほど。しかし住居と呼べる物は見た感じ数えるくらいしか見当たらない。ここでの情報収集はあまり意味がないように思える。だけど吉田君の顔は青いながらも自信がありそうだ。


「いいっすかなにか先輩、情報収集は地道なものっす。そして最優先するべきことは身の安全っす。情報量が多いところで安全に調査をするのは最高っす。だけど、情報量が多くても身の危険がある場合は最悪っす。ならば情報は少なくても安全な場所で調査するのがいいんす! 」


 私は昨日の吉田君の話を思い出した。そう言えば吉田君は生前探偵だったのだ。つまり、情報収集や調査のプロということになるんだろう。私はそんな彼の言葉を素直に聞いて、コクコクと頷いた。やはり吉田君はとても頼もしい。私がそんなことを思いながら吉田君の顔を見つめていると、彼の青い顔は鼻息を荒くして微笑み、少し赤らんでいる。


「よしじゃあ、まずは盗み聞きっす! 」


 とは言っても人間が近くに全然歩いていない。しかし遠くから車が走ってきて信号で停車した。私達はその車に近寄ってルーフを引っ込めると、車内を透き通って人間の声に耳を傾ける。


「ふぁーぁ……。眠い。さむい」


 ……信号が青色に点灯すると運転手はそのまま車を発進させていってしまった。何も情報はなかった。あ、でも一つある。今の時期の朝は寒いらしい。


「……次っすね。あれ、向こうに家があるっす。侵入して話を聞いてみるっす」


 吉田君に言われたように今度は人間の家に入ってみると、玄関で男性が靴を履いて外に出て行ってしまった。残ったのは部屋でご飯を食べている小さな男の子と一人の女性だ。


「ほら、トオルも早く食べて用意しなくちゃ」

「うーん。おかずなくなっちゃった、食パンどうやって食べよう」

「もう、そうね……。いちごジャムとブルーベリージャムどっちがいい? 」

「……ブルーベリーがいい」


 どうやら朝ごはんを食べているようで、なにか用事があるようだ。ここで情報が集まるのかが分からないので、私は吉田君の方を見た。すると吉田君はまだその人間たちを見つめている。どうやら情報がないと見切りをつけるのはまだ早いらしい。

 男の子がパンを食べ終わって女性が皿を洗い終わったところで、さっき出て行った男性が戻ってきた。


「よし。準備できたし行くか。トオルはごはん食べられたか? 」

「うんお父さん。そのお花なに? 」

「この花はな、今からひいおじいちゃんにプレゼントするんだよ」

「へー。あ、ボクトイレ! 」


 どうやらこの三人の人間はどこかに行くらしい。何もないまま人間がこのままどこかへ行ってしまうようだが、吉田君はまだこの人間から情報を見つけ出せると思っているようだ。


「ついてっちゃいましょう」


 人間が家の外に出て行くのに私達も付いて行ったが、どうやら自動車に乗っていくらしい。人間が車に乗って進みだすので、私もルーフを呼んで吉田君と一緒について行く。

 自動車に並走して車内を見たり会話を聞いたりしていると、なんだかうらやましく思えてきた。吉田君曰く、この人間の仲間たちは家族というモノだという。家族とは、人間の愛の証と吉田君は私に教えてくれた。

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