第13話 吉田君の未練

 バス停を後にした私は、ルーフの歩行に揺られながら吉田君の過去の話に聞き耳を立てた。自身の事を話そうとする吉田君は少し照れくさそうにしていたし、私の顔を一度見ると苦笑しだした。


「まずはどこから話すっすかね。俺は生前の記憶も覚えていますし、死ぬ瞬間の記憶も鮮明に覚えているっす」


 夜といってもまだ時間は浅いらしく、この街は少しの人間が行きかっている。そんな中で吉田君は、星が輝く夜空を見ながら自分の過去を思い返すように静かに語り出した。


 吉田君の語り出す記憶は、彼が十四歳の時までさかのぼった。吉田君は当時一般的な男子中学生で、友達も多くて毎日楽しい学校生活を送っていたという。学校の授業は多少さぼり気味だったが、それでも成績は常に上位の成績を保っていたらしい。友達と馬鹿な話をしたり、部活動に励んだりと順風満帆な少年時代を送っていたという。


「まぁ、中学生っていうのはやっぱり思春期っていう時期で、特に親しい友達なんかはよく俺に恋愛の話をしてきたっす」


 思春期というのは人間の成長段階のことを言うらしい。身体も心も成長途上なその時期は、色々なことに敏感になると吉田君はまず教えてくれた。

 吉田君は多くの友達に女性の話題を振られたが、彼はあえてその話を上手くかわすように流していたらしい。おかげで友達に少しの不信感を持たれたそうだが、翌日にはその不信感も消えて、その友達とはいつもの通り遊ぶ中に戻ったという。


「あの時のみんなの関心事と言ったら、やっぱり異性のことになるんすよねー。みんな誰かが付き合いだしたらその事を話題にするんすよw」


 人間にはそんな時期があるのかと私は少し驚いたが、私もそう言えばもともと人間だったのだ。吉田君の語るような中学生生活を思い返そうとしたが、やはり何も思い出せなかった。


「俺はその時好きになった人がいたんすよ。まぁ、片想いっすけどね」


 吉田君はさらに恥ずかしそうな表情をし、普段は青白い吉田君のほほが少し赤くなっていた。そして少しの沈黙があった後、また静かに続きを語り始めてくれた。


「俺が一方的に好きになった人は、一つ学年が上の女の子だったんす」


 その女性はいつも無表情だったという。友人関係は分かる範囲で一人だけ。それ以外は誰に話しかけるでもなく誰に話しかけられるでもなく、ほとんどの時間を一人で過ごしていた女性らしい。吉田君が言うには、たまに見えた笑顔がとても可愛らしかったという。


「片思いの相手なんすけど、その女の子の名前は知らないんすよね。俺もその頃は根が臆病で、話しかける事すらできなかったっす」


 吉田君がしみじみと語るには、吉田君が知るその女性の情報は友達が一人いるということだけで、女性本人の名前やその唯一らしい友達の名前すら知ることができなかったという。


「俺の片思いも、その女の子が中学校を卒業してから消えてしまったんすよ。我ながら意気地がないっすw」


 人間の感情はとても複雑な様で、今の私には全てを理解するのは難しかった。だけど、想いが実らないという悲しさはあっても、どこか温かさを感じる話に私は少し羨ましいとも思った。

 私がしみじみそう考えていると、吉田君はそんな私の顔を少し見て、何やら寂しそうな表情をした。どうしたのかと首をかしげると、吉田君は決まって苦笑する。


「死んだ後で初めてなにか先輩に会った時、なんかその女の子と似た雰囲気を感じたんすよね。……ははっ。今の忘れてくださいw」


 彼の寂しそうな表情はそれが原因かと私は軽く納得して、吉田君の話の続きを聞いた。どうやら吉田君は生前から霊的な強さが強かったらしく、いわゆる幽霊が見えたり幽霊と話したりできる人だったという。

 吉田君の話は大学時代に進んでいき、霊的な強さが更に強くなったり、色々な人に出会ったという話をしてくれた。


「俺は大学時代にオカルトサークルっていうのに入ってたんすよ。活動は幽霊がいるところにわざわざ集団でいったり、霊的な物を扱ったり、弱い幽霊を祓ったりしてたっす。今になって考えると、なかなか迷惑な話っすよね」


 大学生活の後半では、オカルトサークルというモノに沢山の人が集まったという。その中でも吉田君は特に霊的な力が強く、他の仲間には『ホンモノ』といわれていたらしい。

 仲間が増えてからはオカルトサークルの活動はどんどんエスカレートしていき、自分達では取り扱えないような霊的に強い力を持つ物を扱って、最終的に一人の仲間が死んでしまったという。今だから言えると吉田君は付け加えたが、彼曰く『死んで当然の行為だった』らしい。


「その女は勝手で無茶で非道で、犯罪に手を染めてまで呪物を作ったんす。その後処理は、全部俺がやったんすよ」


 霊的な力が強い物を種類で分けると『呪物』と言う物が在るらしく、吉田君の友達はそれを作るために三人の子供を誘拐して殺害したという。その後は彼女自身にも呪いが及んで惨死したと言っていた。世間ではその女性は加害者ではなく、通り魔にやられた被害者として処理されたらしい。


「女が死んで手元に残ったのは、幼い子供三人が犠牲になった箱型の呪物一つっす。俺はそれを処理する為に十年費やしたっす」


 箱型の呪物は非常に強力なものらしく、女性や幼い子供を無惨に呪い殺すというものらしい。その呪物を吉田君は大学を卒業した後、知り合いの霊的な物ごとを専門とする探偵事務所で務めながら、少しずつ処理を進めて行ったという。


「まじであの女には俺の青春かえしてほしいっすよー。まぁ、その女も自分で作った呪物に魂ごと消されてましたからね。もうなんも言えないっす」


 そう言って笑う吉田君だが、話のどこかに吉田君の死因があるのではないかと私は真剣に頷きながら聞いた。


「でも、俺の人生はその呪物を祓ってからあまり時間を経たずに幕を閉じるっす」


 大学時代から続いた呪物の処理が終わる頃には、吉田君が探偵事務所で働き始めて十年経つ頃だという。大きな悩みの種と、たまたま探偵事務所の仕事が一段落したことが合わさって、吉田君はその時とても安心したらしい。しかしその安心は、仕事の休憩時間が終わって事務所に戻るまでしか続かなかったと語ってくれた。


「次に事務所にきた依頼は、依頼主曰く少し複雑なお祓いと供養の依頼だったんす。その依頼の担当者は俺になって、現場を見に行ったんすよ」


 吉田君はその後、いつもの様に依頼人を車に乗せて現場まで車を走らせて行ったという。その現場の場所はいつもの様に街の中ではあったが、人眼につきにくい細長い路地がそうだったらしい。この現場で起きている霊的な現象というのが、不可解な交通事故や飛び降り自殺、そして霊の目撃だと吉田君は思い返しながら言っていた。吉田君は少し顔を青くしながら、その後のことを語り出す。

 現場に着いた後に依頼主を車に残して、吉田君は現場である細長い路地の入口に立って調査を始めたと語る。そこで吉田君が見た物は、恐らくたくさんの魂を喰らって巨大化している真っ黒な幽霊の塊だった。色々な人体が融合して絡み合い、絶叫や怨嗟が鳴り響いて聴こえたという。


「まじで怖かったっす。今になったら、なにか先輩よりは全然大したことないんすけどね」


 その黒く巨大な怨霊がたくさんの足や手を使って吉田君にじりじりと近づくと、あまりの恐ろしさと溢れる憎悪が吉田君の気を少しふれさせたらしい。


「恐ろしくて逃げだしたら依頼主に憑りついたんすよ。無茶も無茶っすが、その状態で一番近い神社の神主のところに車をはせらせたんす」


 移動の途中で吉田君曰く社長に貰ったらしい呪物を使って鎮めようとしたが、全く効かなくて呪物は瞬間的に砕け散ったと吉田君は語った。

 ついにその『神主』という人に会った吉田君は状況を説明すると、慌てて出てきたという神主がお祓いをしたという。


「もう全然ダメでした。依頼主から出したはいいものの、今度は俺につくんすもん。それで神主は俺の中に怨霊を封印して、俺を殴り殺したんすよ。もうビックリっす」


 吉田君の死因を聞いた私は、人間は時に怨霊よりも恐ろしい存在になるということを学んだ気がした。そして吉田君は自分の死因を思い出して何故かいつもの様に笑い出した。本人曰く、『冗談のようで逆に面白い死因』らしい。

 生前の記憶や死因を私に話してくれたので、吉田君が怨霊になった原因は『神主』なのかと私は納得したが、吉田君は笑いながらそれを否定した。


「それは別にいいっすw。俺が怨霊になった原因は、恨みではなく未練っす。初恋の女の子の名前が知りたかったんす。それだけっす」


 そう言って吉田君は久しぶりに私のお尻を触った。いつもならルーフが吉田君を引っかいたり噛みついたりするが、この時は何故かしなかった。

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