第14話 村の噂話
「わおーんっ! 」
ルーフが一つ遠吠えをすると、肉体を持たない小さな魂はみんな散り散りになって逃げていく。無論ルーフは他の霊に対しての警戒や攻撃的な意味で遠吠えをしたわけではない。ただルーフ自身の魂の気まぐれのようだ。その証拠に尻尾は嬉しそうに横にふられている。
「ルーフ、なんだかご機嫌っすね。人や霊でうるさい森や街中より、こういう自然豊かさが丁度いい村が気に入るんすかね」
どうやらその様で、ルーフは軽快にトコトコ道を歩いている。吉田君は頑張って追い付こうとしているが、どうやら実体化させた足では限界なようで、幽体に戻って浮いてきた。
「夜は外に人が少ないし、なにか先輩とルーフのおかげで霊も寄ってきにくいので過ごしやすいっすね」
確かに、私に対して進んで寄ってくる魂は非常に少ない。普通に接してくれているのは私の守護霊となっている犬の霊ルーフと、少し頼もしいと感じ出している吉田君だ。吉田君は浮いてきてルーフに追いつくと、実体化してルーフの黒くフサフサの背中に飛び乗った。
村の街灯は相変わらず眩しいが、人間たちが住む住居の光は少しづつ消えていく。どうやらもう夜は遅く、人間が睡眠に入る時間の様だ。静かな村が、更に静かになっていく。
「俺や他の霊たちも眠る必要がないっすが、なにか先輩や人間は眠くなるし眠らないとだめなんすね」
そうだ。幽霊は基本的に眠る必要がないし、眠くなることもないと吉田君は言っていた。じゃあなんで幽霊である私が眠くなるのか、少し考えてみたけどやっぱりわからない。吉田君に聞いてみたが、少し考えてやっぱりわからないと笑って言われた。吉田君にも分からないことはあるらしい。
私はさっきまで眠っていたので、いつもの様に眠たくはならない。でも眠くならないのは眠くならないで私は今物凄く退屈している。そのせいで私がいじるルーフの背中の美しく黒い体毛はモジャモジャと渦を巻いている。眠れない吉田君が眠れる私のことを『いいな』と思うのも今ならわかる。
「なにか先輩も退屈してるみたいっすね。ルーフが背中気になってこっち見まくってるっすよ」
どうやらその様で、ルーフは鼻息を荒くさせて背中を振り向いている。しかし気になってしょうがないようで、今度は頭を背中に移動させて『クーン』と私に直接抗議してきた。どうやら毛を抜いたのが悲しかったらしい。私は暇のあまりに抜いてしまったルーフの体毛をそっと元の場所に戻して、治してあげた。
「わふっわふっ」
体毛を戻されて機嫌が直ったのか、ルーフは私の顔を舐めて撫でさせてくれた。ルーフの毛並みはやわらかく、触ってて非常に気持ちがいい。いい暇潰しになると思って私はルーフの頭を撫でて時間を潰すが、吉田君は私の後ろでまた何かを考えているようだ。彼にとっての暇潰しは、なにかを考える事なのだろうか。
「なにか先輩、せっかくだし情報収取でもするっすか」
何かを思いついたのか、吉田君はそんなことを言って明かりのついている家を指で指した。
「あの家に入って、人間の会話を聞くんすよ。あ、完全に霊体になって人間に万が一にでも見られないようにするっす。でも霊的な力が強すぎる人間にはばれるっすけどね。まぁそうそういないっす」
吉田君の言うように明かりのついている家までルーフで移動すると、意識して実態を完全に解いて純粋な霊体に戻った。自分の魂を持つルーフには、もし自分の意志で勝手に暴れられたらトラブルになるので私の中に還ってもらう。ルーフは快く頷くと、巨体は徐々に小さくなって私のお腹にズブズブとはいり、完全に還った。
「よし、じゃあ家の中に入るっすか。人間にとっては、コレは不法侵入とかいうイケないことっすけどね」
ニヤッと笑みを浮かべる吉田君は、そのまま壁の中を透き通って中に入ってしまった。私は初めて自分の意志で人間の住んでいる家の中に入っていく。今までは人間の住んでいる家には極力近づかない様にしていた。理由はと言えば、なんというか、入ってはいけない気がしたからだ。
家の中に入ってみると、非常に明るい。まるでお日様の照らす朝や昼の様に明るかった。この明るさは夜の街路に並ぶ街灯と同じで、人間がつくった明かりだ。そのことは前に吉田君が教えてくれた。人間は何でも作れる凄い力を持っている。
「老夫婦と若い夫婦が住んでいる。そして子供が一人いるっすね。どうやら子供は眠っているらしいっす」
吉田君曰く、子供は霊的な力が強いという訳ではないが、私達のような霊を見たり感じたりすることが大人の人間よりやりやすいらしい。思い返してみると、吉田君に会う前の私も幼い子供とはよく目が合った気がする。
「お、会話してるっす。若い夫婦と老夫婦がお茶飲みながら会話してるっす。……お茶いいっすね」
確かに、あの白い湯気という物は温かさの印と吉田君は教えてくれた。あのお茶というのは、人間みんな飲んでいるということは相当に美味しい物だろうと私は思った。
温かい物を飲む、羨ましい。だけど、吉田君も我慢しているらしいので私も頑張って我慢する。ここで霊体を実体化させればお茶の入った物を手にもって飲むこともできるが、それでは私達の存在が人間に知られるし、同時に人間を怖がらせて会話を聞くことができなくなってしまう。しょうがないので、垂れるヨダレをすすって我慢した。
老夫婦と若い夫婦が見合って会話するのを、吉田君は立って会話を聞いているので、私も部屋の様子を見ながら会話に耳を傾ける。老夫婦はお茶をすすり飲んで一つ溜息をついた。
「あの寺にはよくないモノが溜まっていて、その噂を聞いた若い者がよくあの寺に足を運んでいるな」
「肝試しってやつですねお父さん。今日も村の外から来た若い子たち四人が車でやってきましたよ」
話を聞いていると、『若い子たち四人』というのが聴こえた。身に覚えがある。それはおそらく今日私達に会った琴音であり、私に魂を喰われた三人の男女だろうと私は思った。
「でもあなた、二日前に木口さんがお祓いをしたわね。もう何もないと言っていたし、もう大丈夫なんじゃないかな」
「だけど、さっき同じ女の子が同じ車に乗って帰って行ったみたいだよ。でもなんでか一人しか乗って無かったよ。他の三人どうしたんだろう」
吉田君がその事を聞いて少し考えるように唸っている。表情を見てみると、元々青い顔がもう少し青くなっているのが見えた。そして私の方を一目見て、また夫婦たちの会話に目を向けた。
「それは本当か!? ……木口さんは村の外から来たものだが、昔から知っているから信用できる。もしかすると、新しいモノが住み着いたのかもしれんな」
「また木口さんに来てもらいますか。明日村長さんに連絡とって」
「まだ確証はできんが、人がいなくなったかもしれないとなれば急がねば」
何度もおなじみの『木口』という名前が出てくる。私の記憶に関係がありそうなその人間はこの近くにいるのだろうか。そんなふうに気になって、私は部屋の物色をやめて真剣に会話を聞くことにした。しかし反対に吉田君は、今すぐにでもここから出ようというような表情を私に向けてきた。ごめん吉田君。私はもう少し聞きたい。
「そもそも木口さんって、どういう方なのですか? あなた」
きた、私が知りたかった情報がある会話。私はその先を知りたい。そしてどうやら、妻に質問をされた老人の男性はそれに答えた。
「木口さんはわしより十歳上で、もう九十二歳だ。そして、昔から世話になっているお方だ」
「九十二歳!? お父さんより若く見えましたが……。それに片腕がないのに自分の力であんなに歩いて……。お元気なんですね」
どうやら木口というのは相当に歳を重ねている人間らしい。それに、老人の男性と比べる所を聞くと、どうやら男性であると考えられる。そして特徴としては片腕が無いらしい。徐々に私の中でイメージができてくる。以前私が見た夢の中に出てきたあの片腕の老人は、『木口』という人間なのかもしれない。
「でも木口さんの守る神社の場所は分からないんだ、細々やってると本人は言っていたがな。木口さんが最近覚えたらしい『スマホ』に電話をするしか連絡の方法がないんだ」
「お父さんもスマホにしたらどうです? 便利ですよ」
木口の特徴をおよそ掴んだ私は非常に満足した。まるで私の忘れてしまっている記憶やそのほかの事に一歩近づけた気がするのだ。木口のいる場所は分からないが、それでもいつか会える気がする。そんな気がするんだ。
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