第5話 地縛霊達

 くねくねとした急なカーブが続くこの山道にはガードレールが道の端に設置されているけど、私達の目の前には無かった。無かったと言うか、突き破られているようで、ガードレール自体は無く、黄色い細いロープが支柱から垂れているだけだった。

 どうやらこの場所での交通事故は本当に多いみたいで、恐らくガードレールを直すのも間に合わずに、この半分に切れている細くて黄色いロープがガードレールの代わりとして以前は張ってあったんだろうと思う。


「うわー、やっぱりっす。なにか先輩、下みてくださいよ」


 山道の崖下を見ると、真っ暗で何も見えなかった。しかし、私自身が幽霊だからなのか、徐々にはっきりと沢山の霊がうごめいているのが確認できる。

 視認で数えて十二体は幽霊がおり、激しく体を動かしている幽霊もいるが、地面を這ってこちらに向かってきている霊もいる。その頃には目で見るだけではなく、幽霊たちの悲痛な声や叫び声も私の耳にはいってきていた。


「上がってきてるっすね、まぁあいつらは崖底に宿る地縛霊っすから、この道路には上がれないっすね」


 片腕が千切れていることを吉田君に指摘すると、引きちぎられたのを忘れていた様子で、心配いらないと私に伝えて背伸びをし始めた。すると、徐々に生えてきた。そのまま再生した腕をまわしてみたり、手を開いたり閉じたりするとまた崖下を覗き見ながら私に言った。


「地縛霊ってのは強力な霊っすからね、俺らも本気であいつらを喰らって救ってやりましょう! 」


 吉田君はそう言うと崖下に跳び込んでいった。私はというと、恐くてとりあえずルーフを呼んで様子を見てみることにした。

 崖を登ろうとモゾモゾ地を這っていた地縛霊は吉田君に気が付いてそっちに向かい、他の多数の地縛霊達も吉田君に一斉に襲い掛かった。恐ろしい光景に固まってしまった私だが、吉田君の自信に満ち溢れた言動を信じてやはりルーフを撫でながら見ていることにした。


 どれくらい時間が経ったか、眠たくて私の下半身として生えているルーフの大きな背中にうつぶせになり転寝をしてしまっていた様だった。そういえば吉田君はどうしたのだろうと崖下をルーフと共に覗き見てみたが、何やら騒がしい。よく見てみると、吉田君は沢山の地縛霊から走って逃げ周りながらこちらに何かを叫んでいる様子だ。


「せ、先輩――! なにか先輩――!ちょっ、助けて。助けてっす!! 」


 私と目が合った吉田君はホっとしたような表情をしたが、すぐ後ろについていたクモと人が合体したような霊に体を掴まれていた。食べられそうになっていた吉田君を見た私はびっくりして叫びながらルーフの四肢で崖下へ飛び降りていた。

 ルーフのくわえていたヒッチハイクの地縛霊を私の手まで同化したまま移動させると、私はクモのような大きな霊に向かって思いっきり投げ飛ばした。ヒッチハイカーの地縛霊は一直線に飛んでいき、巨大なクモのお腹に直撃し、何かが飛び散ったように見えたが、同時にクモは吉田君を吐き出している。私は小さくガッツポーズをして吉田君にまで向かった。


「さ、さすがっす。なにか先輩。……なにか先輩、ケンタウロスみたいっていうか、逆にルーフの背中から生えてるみたいっすね。ビジュアル超かっこいいっすよ」


 ケンタウロスがなんなのか、かっこいいが誉め言葉なのかは分からなかったけど、私はルーフに吉田君を口で拾い上げさせると、落ちないように私の腰につかまらせた。吉田君は私の身体をサワサワと触ってきたが、ルーフの背中からルーフの頭が生え出てきて吉田君を唸りながら噛んでいた。

 吉田君は謝って私の腰だけを掴みなおすと、ルーフの頭は元の位置に戻って大きく遠吠えをする。遠吠えをするときはルーフの上体が大きく反るので、ルーフの背中と自分の腰が同化している私は良いが、吉田君は落とされないように、ほぼ90度の角度を両手で私の腰を抱いて踏ん張っていた。


「落ちるっす! キツイっす! 落ちるっす! 」


 吉田君の頑張りは無駄ではなかった。つまりは、ルーフの遠吠えも無駄ではないようで、ルーフより格の低い幽霊はみんなその場で石にでもされたように体が固まっているのだ。しかし、固まらずに私達を襲いに来る幽霊が三体いた。腹部が無残な姿になっているクモ型の霊と、人型の霊が二体だ。

 私達を乗せたルーフは臨戦態勢を取った様に上半身を低くし、下半身を高く上げる。そして小刻みにステップを踏むと固まっている霊を次々と噛み砕き、魂を喰らう。


「よっしゃ! 後五体っすよ! でも固まってない奴ら強いっす。今のルーフじゃ厳しいっすよなにか先輩」


 吉田君の言う通り動いている霊はルーフの爪や牙を避け、攻撃を受けてもあまり聞いていないように見える。すると、クモ型の大きな霊の爪がルーフの胸を横から突き刺した。衝撃は大きく、危うく吉田君が吹き跳んじゃうんじゃないかと思うほどだ。私は滅茶苦茶に恐ろしく感じてしまったが、ルーフの悲痛な叫びを聞いて覚悟を決めた。


「なにか先輩、やっちゃってください! 」


 吉田君は私の腰から手を離し、ルーフの黒い体毛を手にグルグルに巻き付けて固定し始めた。私は吉田君に頷いて、ルーフの体の中に潜っていく。

 私がルーフの首元から生え出たころにはクモ型の大きな爪は既に迫ってきている。これ以上ルーフを傷つけないために、私は力を振り絞り、大きなクモ型の爪を受け止めると、そのまま自分でも信じられないほどの大きな口を開けてクモ型の大きな霊の魂を一部喰らった。


 大型のクモは大きくのけぞり、ルーフは畳みかけるように霊に飛び掛かってそのまま魂を全て捕食した。私は傷ついたルーフを体内に全て還し、この場所は地縛霊四体と私と吉田君だけになる。


「あの固まってるのは流石に俺でもやれるっす。なにか先輩はあっちの二体お願いっす! 」


 そう言って私と吉田君は二手に別れ、吉田君が動かない相手を喰らっている間には私にも二体の幽霊が素早く襲い掛かってきた。でも私は喧嘩なんかしたことがないし、相手の素早い攻撃をかわすことなんかできるはずもなく、相手の攻撃は私に直撃した。しかし、痛くないし体に傷がつく事も無かった。

 対する霊は口を大きく開けて噛みついて来るけど、私は初めからよけようとはせず、そのまま手を大きくして噛みつく頭を受け止めると、そのまま握りつぶして体の中に取り込んだ。


「こっちは終わったっすよー! 」


 吉田君は無事な様だし、私も後一体を片付けるために狙いを定めた。しかし、この一体は動きが非常に素早く、捕らえられなかった。すると吉田君は遠くから叫んだ。


「お前の名前はなんだ! 」

 素早い幽霊は私の捕食をかわしながら、何故か吉田君の質問に答え始めた。


「ボくは、たけウち・カズお――」

「動くなタケウチ・カズオ」


 素早い幽霊はおそらく自分の名前を答えると、吉田君は動くなといってその名前を聴こえるようにつぶやいた。その瞬間、タケウチ・カズオと名乗る幽霊は動きがとまり、まるで石の様に固まってしまった。


「今っス!なにか先輩! 」


 私の混乱する頭を吉田君の声が正常に戻させ、動きの止まった幽霊をそのまま口を開いて魂を捕食した。崖下にいた十二体の地縛霊を全て喰らった後は、この暗い森の中に私と吉田君の存在感意外に、恐らくは地縛霊の元凶をつくった一体の霊の存在感だけが残った。


「後は、コイツだけっすね」


 この場所での初めて被害者、初めての交通事故の死者であろうその魂でつくられた肉体は、私が投げたことによって酷く欠損していた。しかし、低く唸り、徐々に体を再生させている。


「この男は、最期に何を想ったんすかね」


 地縛霊の周りをよく見ると、この崖下の土の上には、車の部品のような物やガラスが点在しており、恐らく事故処理をされた後であっても惨劇を思い起こさせる。

 地縛霊は背中に背負っているように見える大きな真っ黒な物を、残っている片手で触り始めた。すると真っ黒なものの中から携帯電話が出てきた。私達に目もくれず、携帯電話を必死に操作する。私は興味を持ってその画面を覗き見ると、文字を打っていた。


『今向かっています。病院までは40分ほどかかります。親切な方が僕を車に乗せてくださいました。母さんは無事ですか。手術は――』


 地縛霊がこの文字を打っているのをみた吉田君は、驚いたように携帯電話を地縛霊から引き離そうとした。私は一体何が起きているのか理解ができなかったが、吉田君の言葉に気が付かされた。


「やばいっす。コイツまた出発地点に移動するっす。なにか先輩、コイツを終わらせてやってください」


 吉田君は必死に文字打ちを止めようとしたが、力が強すぎて強引に文字を打たれる。私は吉田君の言う通りに、この地縛霊を解放させてあげようと口を大きく開き、跡形も無く魂を捕食した。

 跡に遺った物は、さっきまで文字を打っていた携帯電話と同じように見えないほどボロボロに朽ち果てた携帯電話の残骸だった。私は察した、あの人が地縛霊になった理由がこの携帯電話で打った文字の様に、私が怨霊になったのは日記帳とボールペンとラブレターなんだと。


「これでいいんすよ。きっと」


 吉田君は朽ち果てた携帯電話の隣に腰を下ろして、一つ息をはいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る