第4話 怨霊のヒッチハイク

「へい! 」


 私の姿はほとんどの生きている人には見えないらしく、目を向けたり手を振ったり、挨拶をしてみても全くのスルーをされる。それは吉田君も同じようで、彼は通る車に向けて親指を上に立てて何かの合図をしているが、運転手は決まって何事も無いようにただ通り過ぎて行った。

 吉田君が何をしているのかは私にはよく分からないが、次に来た車に私も同じように合図をしてみたが、同じように車は通り過ぎて行った。


「ダメっすかー。やっぱりなにか先輩も誰にでも見えるタイプの怨霊じゃないみたいっすね」


 吉田君がいうには、生きている人間に私達みたいなモノが見える人と見えない人がいるように、私達にも誰にでも見える霊とそうではない霊がいるらしい。私達はどうやら後者のようだった。

 あきらめたようにズボンのポケットに手を入れる吉田君は溜息を一つついたと思えば、なにかに気が付いた様に前方を注視していた。


「あ、止まったっすね」


 私も吉田君と同じ方を見てみたが、一つの車が停車していた。そしてその車には人影が近づいていた。

 人の形をしているが、どこか生きている人間とは雰囲気が違う。どちらかといえば私達に近いモノを感じた。私達を車は通り過ぎたことを考えるとおそらくは、さっき話していた誰にでも見えてしまう幽霊なのだろうと私は思った。


「なにか先輩、あいつに便乗してみないっすか? 」


 便乗とは何かと吉田君に聞いところ、どうやらあの幽霊と一緒に車に乗るという事らしい。私は否定する理由もないのでその通りにしようと吉田君に頷いて答えた。

 少し距離が離れているので、私の下半身から巨体なルーフを出して、四足歩行で私と吉田君を車にまで運んでもらった。吉田君は便利だと感心していたようだが、同時に少し驚いてもいた。そして驚いているのは吉田君だけではなく、車に乗り込もうとしていた何かを背負っているように見える幽霊も同じく、いやそれ以上に驚いて恐がっていた。


「一緒に乗ってもいい? 」


 吉田君が先客の幽霊にそう尋ねると、幽霊はおどおどしながら頷いた。車を止められた生きている人間は、先客の幽霊にだけ目を向けて奇怪なものを見るかのような表情をしており、それに気が付いた先客の幽霊は車の中にそそくさと乗り込んだ。

 私は今のままでは体が大きすぎて車に入らないので、ルーフには体の中に還ってもらい、人のサイズになってから先客の幽霊の後に続いて吉田君と一緒に乗車した。


「じゃ、いくぜー。兄さんの目的地なら車で20分ってとこだ」


 先客の幽霊のことを生きている人間の中年男は、大きな荷物を背負った若い男だなと言っていたので、その通りに思っているようだが、私が見る限りではギリギリ人の容を保っているような幽霊で、生きている人間とはとても思えない容姿をしていた。

 吉田君は生きている人間と先客の幽霊を何度か交互に見て、それぞれの会話を聞いているうちに納得したような表情で頷くと、私にその事を教えてくれた。


「擬態ってやつっすねー。幽霊っていうのは変身能力を持っているやつもいるっす。ただ、擬態にも能力の差があって、生きている人間は完全に化かせても、俺達みたいなのには化かしきれてないっていうのもあるっす」


 なるほどと私は頷いた。それで生きている人間である運転手と私達では先客の容姿が違って見えるようだ。私と吉田君の会話は生きている人間には聞こえていないけど、先客の幽霊には聴こえている。その証拠に、少しビクビクとしたように怯えているからだ。しかし、どこかニヤニヤと薄く笑っているようにも私は見えた。

 夜だということで人間の運転手は速度を上げているのか、車の速度はメーターをみると80kmを超えていた。私はそんな速い速度を初めて経験したので恐くなってしまい、震えながら車内の吉田君や先客の幽霊を見回した。すると、吉田君は私と同じように先客の幽霊の方をじっと見つめていた。先客の幽霊は笑っていたのだ。


「もっト、速度ヲあげロ」


 私達を乗せた後に車を発進させた運転手は、最初こそ非常に陽気に先客の幽霊に話しかけていたが、次第に口数が少なくなり、今では全くの無口で表情も無表情になっている。先客の幽霊は生きている人間である運転手に速度を上げるように話しかけているが、ふと車内の電子表示時計を見てみると車が発車してから17分が経っていた。

 吉田君はまたまた何かに納得したように、私の手を強く握ると先客の幽霊に向かって話しかけ始めた。


「お前、自分の死んだ場所に向かってるのか? このおっさんを道連れにするのか? 」


 先客の幽霊は吉田君の質問に答えるわけでもなく、ただゲラゲラと大きく笑いだす。そして運転手は相も変わらず無口と無表情で車の速度を上げて、とうとう90kmに達していた。吉田君は力任せに先客の幽霊の口を塞ごうとしたが、塞ごうとした腕を先客の幽霊につかまれてミシミシと音が鳴った。


「もう近いな、力が強くなってる。……なにか先輩、覚えておくといいっすよ。幽霊にも種類があるっす、コイツは所謂地縛霊っす。自分の死んだ場所に近づけば近づくほど強力になるやつもいるっす。」


 吉田君は腕をギシギシさせながら教えてくれたが、私は車の速度とおぞましい形相の先客の幽霊にビクビクしていた。どうやら幽霊には種類があること。この幽霊は地縛霊という種類ということ、そして地縛霊は自分の死んだ場所に近いほど強くなる幽霊であること。

 ただ、吉田君がなぜ今まで先客の幽霊の観察を続けていたのかといえば、先客の幽霊が地縛霊なのは確かなことだが、納得できないポイントがあったということらしい。


「地縛霊っていうのは本来、死んだ場所の土地や物に宿る怨霊っす、だからこんな長距離は納得いかなかったんす。でも納得したっす、コイツはヒッチハイカーっすよ」


 地縛霊というのは吉田君が教えてくれた通りの存在だと、宿った場所や物から離れられないということらしかった。しかし、地縛霊という存在が宿るのは土地や物に限った物では無かったようだと、吉田君は深く考えて納得し、私に教えてくれた。

 この先客の幽霊、地縛霊は、死んだ場所は恐らくこの先にあるのだが、その場所に宿っているわけではなく、この状況に宿っているということらしい。つまり、同じようにあの出発地点で始まり、この先の執着地点で降りるという状況に宿っているだ。


「この先は急なカーブが何回もあるっす、そして車の死亡事故もいっぱい起こってるっす。つまり、生前こいつはヒッチハイカーをやっていて、その途中で死んだっぽいっす。それを永遠と繰り返してる地縛霊っすね」


 そんな恐いものの存在があるのかと私は心底びっくりして、吉田君にどうしたらいいのかと若干涙目になりながら迫る。その時、吉田君の腕からゴキっと鈍い音が鳴ると、地縛霊に腕を引きちぎられてその腕を食べられていた。吉田君は何でもない顔をしているが、私は気絶しそうだった。


「大丈夫っす。治るっす。それより、なにか先輩にやってほしいことがあるっす」


 片腕が千切れた吉田君は平然とした顔で私に提案をしだし、その状況に泣き出しそうな私を私の肩から生え出てきたルーフが舐めて慰める。

 少し冷静になった私に吉田君が説明した内容は、私が地縛霊に浸食して、生きている人間の運転手を正気に戻させるという『地縛霊とおっさん救出大作戦』らしかった。やり方は分からないが、魂を捕食するつもりでルーフに噛ませればいいらしい。


「なにか先輩頼むっす! 」


 私は自分の腕からルーフの頭から首までを生やし、地縛霊の身体に噛みつかせた。すると、地縛霊の身体と私が一つになった様に、境目が無くなった。吉田君曰く、こうなれば私がこの地縛霊を操作できるらしいので、運転手にかけている呪を解かせた。

 ハッとした運転手は叫んで混乱しつつも、徐々にブレーキを踏んで減速を始めた。


「おれは何を……わるい、荒い運転しちまって――」


 そう言う人間の運転手は、自分の記憶の中でさっきまで話しをしていた地縛霊に、その時の会話の延長線で相変わらず話しかけた。まさか今まで自分が呪われていて、記憶がなくなっていたことなどは思えないだろうし、知らないようだ。話しかけた先の私に操られている地縛霊からももちろん返答は無かった。


「なにか先輩! ここで降りるって言ってほしいっす! 」


 私は吉田君に言われるがままに、同化している地縛霊を操作して喋らせた。


「こんな山で下りるのか?! 」


 人間の運転手は地縛霊を心配しているが、吉田君に『アウトドアが好きって言ってほしいっす』といわれて、そのまま地縛霊に喋らせた。


「そうか、あんま無茶すんなよ! 」


 生きている人間の運転手はそう言って私達を山奥へ降ろして、電灯も少ない山道を先に進んでいった。

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