第3話 怨霊の二人旅

 夜。吉田君やそこら辺の人間の話を聞いてみると、私達幽霊は普通夜に出てくる物らしい。何が違うのか疑問を抱いて吉田君に聞いてみたが、『そういうものっす』らしい。


「なにか先輩と夜歩くの初めてっすね! 」


 吉田君はそう言ってニコニコしているが、私は正直怖い。何故なら、朝や昼間以上に街の中には私達と同じ幽霊が沢山徘徊しているのだ。私達の様に歩道を歩く者達もいれば、通り過ぎる自動車の上に笑いながら乗っている者もいた。驚くのは、住宅の壁を這っていき、窓から生きている人間をジーっと見つめている幽霊もいるのだ。正直関わりたくない。

 幽霊は憎しみや未練の強さによって強弱があるらしく、憎しみや未練を大きく持って死んでしまうのがこの『夜』という時間だと吉田君は教えてくれた。


「いいっすか先輩。夜は強力な奴がおおいんす。夜とか暗闇は人の恐怖や不安をあおりますし、大胆な気持ちになってしまうっす。こんなふうに!! 」


 そういって私に抱き着く吉田君だが、私の腕から生え出た犬によって弾き飛ばされていった。どうやら今朝喰らった犬の魂の身体は、私になついているようだ。

 吉田君は走って戻ってくると、私から生えている犬を観察し始めた。


「しかしあれっすね、すごい懐かれたっすね」


 懐いているのかと私は今日の出来事を思い返すが、私に撫でられた時は落ち着いた様子で、さらに嬉しそうに撫でられる。だけど、吉田君が私に触ってきたり犬の頭を撫でようとすると、犬は低く唸って吉田君を噛んだり引っかいたりしている。ちょっとかわいい。基本的にルーフは自由に私の身体を住処としているみたいだが、出てきてほしくない時は絶対に出てこないし、呼べば絶対に出てくる。私の身体の一部のような存在だ。

 だけど、魂は消えてしまったはずなのに、こんなに生き生きとしている犬に私は疑問を持った。唸られている吉田君に聞いてみよう。


「うーん、普通は魂喰ったら消滅するんすけどね。なにか先輩の中にこの犬の魂が宿ってるっぽいんすよねぇ」


 どういうことなのかいまいちよく分からないが、魂が消滅していないという事は、この犬はまだ苦しみ続けているという事ではないのか。私はだんだん心配になってきて、私の腕からお腹に移動した犬の頭を撫でながらまた吉田君に聞いた。


「いや、苦しんではないっぽいっすよ。なにか先輩、守護霊って知ってます? 」


 初めて聞いたものだったので分からないというと、吉田君はまた私のお尻を触ろうとした。するといつも通り犬が吉田君の腕を噛んだ。


「こういうことっすよ。守護霊っていうのは、文字通り宿主や守りたいモノを守護する霊っす。なにか先輩はこの犬に懐かれて、さらに守られてるんすよ。つまり、コイツはもう怨霊じゃないっす。先輩が消滅したり来世行ったら、こいつは来世迎えるっすね」


 幽霊の最期は消滅だけでは無かった。幸せも、不幸も、記憶も心も何もかもが消えてしまうだけでは無かった。怨霊になっても、希望や幸せを手に入れれば守護霊になれる。来世を迎えることも出来る。

 だけど、私にはわからなかった。記憶がないんだ、何が原因で私が怨霊になったのか、それが知りたかった。この手にある本のような物が関係しているのか、きっとそれがわかれば、私も守護霊になれる。


「なにか先輩がいつも持ってるそれって、日記帳じゃないっすか? 見て見たらなんかわかるんじゃないっすか? 」


 この本みたいなものは日記帳というのか、どういう物かは覚えていないし分からないが、やはりどれだけ力を入れて開こうとしてもなぜか開かない。折りたたまれている紙も開かない。


「開かないんすか? この紙も? うーん、コレはなにか先輩にとって特別なもので、たぶんなにか先輩の記憶の鍵っすねぇ。ま、気楽に行きましょ! 」


 吉田君は気楽にそう言ってくれたので、私もそう思うことにした。それにしても吉田君は博識だ。私は記憶がなくて、何も分からなくて、何もかもが新鮮なのだ。日記帳都いう物や、この木の枝の様に細長い物、そしてこの紙のことも聞いてみることにした。


「日記帳っていうのは、その日に起きた事や思い出を、この文字が書けるペンっていう道具で書き残しておく物っす! そしてその紙は、うーん。丁寧に折りたたまれてるっすねぇ、それってラブレターっすか? 」


 ラブレターという物も分からないので、また吉田君に聞いてみた。


「ラブレターっていうのは、大切な人に贈る手紙のことっす! 手紙っていうのは、このペンで文字を書いて、相手に想いを伝える物っす! 」


 開かない日記帳とラブレターに目を落としつつ、吉田君の話になるほどとあいづちをうった。なんか、思ったより私は温かな物に包まれている気がして安心できた。そしてその温かな物を愛おしく感じ、三本の腕で抱いた。


「よかったっすね! きっとなにか先輩も幸せになれますよ。コイツみたいに――」


 吉田君に私の肩から生えた犬がじゃれている。噛み砕く気はないようで、吉田君の服をかじって遊んでいるようだった。


「なにか先輩、コレも何かの縁だし、コイツに名前つけてやったらどうっすか? 」


 吉田君がそう言うと、犬は私の肩から私の頭にズルズルと移動して、吉田君の顔を舐め始めた。


「ほら、名前欲しがってるっすよコイツ。何がいいっすかねー」


 吉田君の名付けはあまり参考にならない。記憶がなく、名前を憶えていない私に、なにかよく分からない存在だから『なにか』と名付けたのだ。きっとこの犬も、鳴き声の『ガウガウ』とか、『グルグル』とか、『黒色』とか名付けると私は真顔で想っていた。


「ルーフっす。コイツの名前」


 『ルーフ』、私の想像外の名前が付けられた。なぜかと気になって吉田君に聞いてみると、吉田君は一瞬さびしそうな表情をしたかと思うと、いつもの通り笑って答えてくれた。


「車の名前っす! カッコいいスポーツカーの名前っす! かっこいいでしょ! 」


 車にも名前があるのかと私はびっくりしてしまったが、響きは私も良いと思う。そして名前を付けられたルーフも喜んで、私の身体から跳び出して私と吉田君に振り返り、一つ大きな遠吠えを響かせた。

 私は嬉しそうなルーフに思わず顔が綻んでしまい、『ルーフ可愛いね』と吉田君を振り返るが、吉田君は涙を流して微笑んでいた。私に気が付くと、すぐさま涙をぬぐった。私は吉田君曰く強大な怨霊であるらしいが、吉田君も怨霊なんだ。きっと色々な想いを持っていると私は察して、吉田君の頭を撫でた。


 私の黒い守護霊は私に撫でられて嬉しそうなのは変わらないが、どうやら吉田君にも心を開いたのか、それとも別の想いがあるのか、吉田君の手を払うことも噛みつくこともせずに撫でられていた。そして吉田君の濡れた眼を舐めて慰めているようにも見えた。


「ルーフ、よかったな。よかったな」


 吉田君はルーフの頭を打で回し、耳を指でくすぐった。その瞬間ルーフは私の体の中に跳び入り、吉田君に唸った。


「はははw 耳はやだもんなw ごめんごめん」


 吉田君はルーフに謝りながら私から出てきた腹部を撫でてやると、気持ちよさそうにまた私の中に沈んで引っ込んでいった。

 私達は少し笑ってまた夜の歩道を歩み始め、どこをみても幽霊が沢山いる。しかし、さっきのルーフの遠吠えでほとんどの霊は逃げて行った。しかし、数体の霊はこちらの方を凝視している。


 ほとんどの幽霊は私を避ける。だけど、一部の幽霊は私をじっと見つめたり、襲い掛かってくる怖いのもいる。あれがそうだ。


「あれ、先輩とルーフみたいっすね。でもあれは怨霊と生きてる人間っす。取りつかれてるっすねぇ」


 吉田君はそう言うと勢いよく走り飛んで、取り付いている幽霊の首を握り、生きている人間から引き抜いて――、食べた。吉田君は凄い早かった、私があんなに躊躇していた魂の捕食を一瞬で行った。


「げふー、まにあったっす。この人間、守護霊ついて無かったっすから、遅かったら死んでたっす」


 吉田君はそう言って、何とも言えない顔をしながら家の中に戻って行く人を見つめながら私に言った。


「なにか先輩。一緒に、守護霊目指しませんか? 」


 守護霊になれば、絶望はなく、恨みも無く、幸せな気持ちでいられると教えてもらえた。私は吉田君の提案を否定する理由は無かった。私自身には、日記帳と、ペンと、ラブレター以外は何もないのだから。そして、吉田君やルーフを見ていると、私自身の事に興味が湧いてきた。

 私は吉田君曰く深い恨みや未練を持った怨霊だ。だけど、私は記憶がなく、吉田君の言う恨みや未練も全く思い浮かばなかったし思い出せなかった。だから、今は吉田君と一緒に幽霊の二人旅を気ままにするのも悪くないかもしれない。

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