第6話 魂の大きさ

 吉田君曰く、私達みたいな霊的な存在には多数の種類がある。吉田君のような一般的らしい幽霊から、私みたいな幽霊からも恐れられるような強い怨霊もいる。そしてルーフのような善意を持つ守護霊というモノも存在している。さらには、死んだ存在ではなく生きている人間の力が込められた霊的な『物』なんて言うのもあるらしい。

 霊的な力の強弱は基本的に生前の想いや死ぬ瞬間の想い、そして死後に増長する想い、さらに決定的な要因は、魂を喰らった数だ。これらによって霊的な存在は強弱し、弱ければ今にも消えそうなほど存在感が薄くなり、実体も作れないので生きている世界にはまったく干渉ができない。しかし、霊的に強力な存在は実体をつくることなどは造作も無く、生きている世界に干渉することも出来るらしい。強力なモノは実体をつくったり姿を消したり、容を変化させ、喰らった魂の持つ体を自由に呼び出せるらしい。


 基本的に魂を喰らわれたモノは存在が消滅する。つまりは完全なる死を遂げると吉田君は言っていた。ただ、魂を喰った側に対して強い特別な想いがある場合は、ルーフの様に魂ごと自分の一部となるという。


「といっても、なにか先輩みたいに自我を保ってられるのは本当に稀っす。ていうか、俺以外に初めて会ったっす。普通は魂を喰えば、自分の意識がコントロールできなくて、喰ったやつの手や足が体からニョキニョキしてグロテスクになるっす」


 木の枝が風で揺れてざわめきが響く暗い夜の森で、落ちている朽ち果てた携帯電話を挟みながら、吉田君は寝っ転がりながら、私は体育座りをしながら雑談をしていた。

 話す中で、私は私達の存在のことを少し理解出来たように思う。どうやら概念と気持ちの持ち方らしい。普段は気にせず存在しているので壁や人をすり抜けられるが、逆に意識をしたりそう言う概念がある場合は生きている世界の物を触れるし、保っていられる。現にさっきは車にも乗れたし、今だって私達は地面に座ったりしているのだ。


「なにか先輩って空中浮けるっすか? 」


 浮くとは何だろうか、私は分からないことがどうやら多すぎるみたいだ。吉田君に聞きなおすと、どうやら空中に留まるということらしい。私はとりあえず立ってみてから、何回かぴょんぴょん飛び跳ねてみた。


「……。ありがとうございました」


 吉田君は何かを凝視して何故かお礼を言ってきた。すると、吉田君は『よいしょ』と立って、空中に舞い上がった。


「ほらなにか先輩、こんな感じっすよ。生きてる人間の持つ幽霊のイメージって、こんな感じらしいっす。ドロドロー」


 私の手を掴んだ吉田君は、そのまま引き上げて空中に連れていく。高くてこわかった。そして手をいきなり離されて私は落下したが、落ちたくないと思った瞬間、吉田君の様に空中に留まった。


「やったっすね! これぞジャパニーズゴーストスタイルっす。……違うか。そういや映画で浮く幽霊見たことないっすね……、井戸から這ってくるのはみたことある」


 吉田君はブツブツ言いながら地面に降りて行ったので、私も慣れない感じで降りて行った。そして吉田君は何か気が付いた様にハッとすると、ようやく元の場所に降り立った私に質問をしてきた。


「なにか先輩、ホラー映画って観たことあるっすか? 」


 ホラー映画という物自体を知らない私は首を横に振った。するといつもの様に『そっすか』といって考え事を始めた。

 どれくらい時間が経っただろうか、私は眠くなって呼び出したルーフのふわふわした背中の上でうつらうつらとしていた。すると吉田君がまた話しかけてきた。


「なにか先輩には目的ってあるっすか? 」


 私は半分聞いていなかったので聞きなおすと、また吉田君は同じような質問をしてきた。記憶の無い私は、怨霊になった原因の恨み事や未練を全く覚えていないので、それに執着するという思いもない。ただ、私が大事に思うこの日記帳などのことをもっと知りたいという思いはあるため、きっとそれが私の目的なのだろうと吉田君に簡素に伝えた。


「そうっすよね。じゃあ一応っすけど、生きている人間で、特に俺達が見えるやつは注意っすね。やっぱり目的達成する前に消滅したら悲しいじゃないっすか」


 どういうことかと訊き返すと、どうやら生きている人間の中にも、私達以上に霊的な力が強い人が稀に存在しているということだった。そういう人達に消滅させられた幽霊や怨霊も多数存在し、中には自ら消滅したいと願う霊たちがそういう人達を求めることもあるという。完全な死を私達は消滅というが、生きている人間は『祓う』というらしい。


「はらいたまえーきよめたまえー、なんて言う奴らっす。そういう奴らは生きている世界に害する幽霊や怨霊を消滅させるやからっすけど、中には質の悪いのもいるっすから気をつけるっすよ」


 生きている人間は、そこら辺の幽霊や怨霊よりも強いと吉田君は言う。中でも『シントウ』っていう種類の人間が強力らしく、『ブツモン』という種類はそうでもないらしい。さらには、どちらでもない種類の人間も存在しており、生きている人間が自分自身の霊を操作する生霊というのも存在する。中でも力の強い人間は、幽霊や怨霊を意のままに操れるという。


「まあでも、なにか先輩を操ったり消滅できる人間なんていないと思うっすけどね。念のために、人間には気を付けたほうがいいっす」


 私自身が人間にどうこうされる心配はないと吉田君は言うけど、付け加えて『ついて行っちゃダメっすよ』といわれた。どういうことか言うと、力は強いけど無邪気な私は、力で操られることはないけど、誘導されて利用される可能性があるらしい。


「世の中はこわい人がいるっすからね、知らない人についてっちゃダメっすよ」


 私のことを心配してくれているようだが、どこか馬鹿にされている気もすると私は静かに思った。しかし、吉田君はどうなんだと私は言い返してみる。


「俺は、もう騙されたことあるっすw」


 どうやらすでに経験者だったようで、私の事を馬鹿にしているのではなく、普通に教訓を教えてくれたのだと私は吉田君を感心して、教えてくれたことにお礼を言う。


「いやいやw恥ずかしいことに、俺の死因それっすからね。お互いやらなきゃいけないこととか、目的があるうちは気を付けるに越した事は無いっす」


 そう言って吉田君は今度は仰向けになって寝転がるが、少しして私の方をじーっと見つめ出した。私はあその頃、眠気がピークに達していたので、またルーフの上でうつぶせで眠ろうとしていた。


「そういや、なにか先輩って『眠気』とか感じてるんすね」


 そんなことを言って私を観察している吉田君をしり目に、私はとうとう、ルーフのふわふわで気持ちのいい背中の上で眠りに落ちた。そして、夢をみる。

 夢の中で、私は誰かから必死に逃げていた。そして気が付けば、私は追われる側では無くて、今まで私を追っていた人たちを追う側になっていたのだ。大人の男の人達は何かを必死に叫んでいたが、私はその人たちを全員食べた。その後は、道を歩いていき、地面を這っている男の子を見つけた。理由は分からないが、その男の子は必死になって私に謝っている。私はどうしようもなくその男の子を愛おしく、また憎たらしく、そして虚しく思い、気が付けばその子の身体を食べていた。だけど、食べられたのは右腕一本だけで、その男の子には逃げられてしまった。私はその男の子を追っていく。


 目が覚めた時には周りは明るくなっていた。どうやら、朝というものだ。吉田君は伏せているルーフの身体をよじ登って、私のそばに近寄ってくる。


「おはようっす! なにか先輩」


 私は吉田君が心配になった。何故なら、どうやら彼は一睡もしていないようだからである。気になって吉田君に聞いてみると、死んでから眠気が全く無く、眠る必要がないらしい。


「むしろ眠る幽霊なんて、会ったのなにか先輩がはじめてっすよ」


 どうやらおかしいのは私の方らしかった。

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