case10『松川柊真・6歳』

 ━━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━



 その日「Angel」の扉を訪れたのは1人の男の子と母親だった。


「お兄ちゃん、僕の想いも届けてくれますか」

 注文されたクリームソーダを席に持っていくと少年に聞かれた。


「誰に想いを届けたいの?」

 冬夜が聞くと、少し寂しそうに少年は答えた。


「僕の家に飼ってる柴犬のラッキーです、僕が生まれた時には、お家にいました……でも、もう年寄りでだんだんお散歩にも行けなくなっちゃった……」


 少年の名前は、松川柊真小学一年生。


「長い間不妊治療をしても子どもが出来なかった私と夫が寂しさを紛らわすために飼うようになった柴犬です」


 柊真の母親が、柊真の代わりに答え話を続けた。

「諦めかけたときに妊娠に気が付きました。ラッキーは今年13歳になります。もうおじいちゃんです。

 この子にとってはペットというよりも兄弟のような存在なんです。人間も動物もいつか死んでしまうと話して来ましたが、やっぱりラッキーが目の前からいなくなるということが信じられないようで……」


 冬夜と自分の母親が話しているのをじっと聞いていた柊真は気がつくと下を向いて涙を流していた。


「生きているものはいつかはこの世からいなくなる、だからこそ寄り添っているんだよ、ラッキーだってきっと幸せに暮らしているだろうし、柊真くんもそれは一緒だよね」


 柊真は一生懸命に聞いて理解しようとしている。

 そして大きくうなづいた。



「姿を見れなくなるのは寂しいけど、消えてなくなるわけではなくて、もし死んじゃっても柊真くんの心にはずっと生き続けて行くんだよ」


 頭をあげた柊真は小さな声で呟いた。

「ラッキーは僕のことを忘れないでいてくれるのかな」


 冬夜は右手の中にある石をテーブルの上に置いた。


「触ってご覧」

 冬夜の声に恐る恐る手に取った柊真はびっくりして声をあげた。


「あったかい……」


「ラッキーのことを思い浮かべてご覧」

 小さな両手の中、石はキラリと輝いた。




 柊真の心の中にラッキーの声が聞こえていた。


 ━━あの時イタズラが見つかったよね、ラッキーのせいにしちゃってゴメンね━━


 ━━雷が怖くて、いつもいっしょにお布団の中にかくれたね━━


 ━━僕が無くしたキーホルダー

 ラッキーが持ってるの?━━


 ━━いいよ、あれラッキーにあげる、お庭にそのままに埋めておいて━━


 ━━うんそうだよ、僕も大好きだよ、ぜったい忘れない━━


しばらくラッキーと心の会話をしたあと、柊真は言った。


「ママ、お家に帰ろう、ラッキーが待ってるんだって、お腹空いたって」


 不思議そうに見ていた母親だったが、柊真の嬉しそうな顔をみて涙ぐんだ。


「柊真くん、優しい子ですね」


 冬夜の声を聞き嬉しそうに微笑んだ。




 店の外で見送る冬夜に向かって手を振る小さな手。


 遠くなる親子の後ろ姿を見ながら。

 幸せにと心の中で祈った。


 ポケットの中の石はほんのりと温かくなり輝きを増したことを感じた。


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