case11『西園寺 冬夜・本当のエピローグ#1』

 ━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━



 冬夜が天使ラドゥエリエルと約束した期限は夏の終わり。


 夏の最後を惜しむように花火が打ち上げられていて、窓にはその光だけが色んな色となりガラス窓を照らしている。


 約束通りに、大輪の花と星が煌めくそんな夜に天使ラドゥエリエルは冬夜の元に現れた。


 冬夜はポケットから、小さな石を手のひらにのせてこの天使に差し出した。


 差し出された石はラドゥエリエルの両手に乗せられた

 その途端に石は色とりどりの光に包まれた。


「貴方がたくさんの想いを伝えることが出来たということは、よくわかりました…………なんと美しいことよ、あとは彼女との想いが重なることです」


 その石を温めるように両手を合わせた。


 空から光が降りて来てその手を照らした。




 やがてその石はあの日沙羅に渡すはずだった小さな煌めく指輪に変わり冬夜に差し出された。



 手を取った冬夜はその指輪を握りしめて沙羅のことを思った。


「時は満ちました、そなたが想いを伝える時が来ました、後悔はしませんか? 」

冬夜は「はい」と答えた。


 冬夜の言葉を聞き慈しむような笑みを浮かべながら、ラドゥエリエルは空へと帰って行った。


 果たして自分が見習いではなく天使になれたのかは分からない。頭の上に光の輪があるわけでもないし。羽根も生えてはいない。


 その日の夜、冬夜はたくさんの夢を見た、沙羅と出会った日、思いを伝えた日、初めて朝を迎えた日、喧嘩をして泣いている沙羅を抱きしめた日、まるで走馬灯のように美しい夢だった。

 まるで目が覚めたらそこに沙羅がいるように錯覚するような夢。


 目覚めるとそこは一人の部屋でいつもと変わらない殺風景な景色が拡がっていた。




 右のポケットに指輪を忍ばせて沙羅の眠る病院へと向かった。


 病室のドアを開けると、ベッドの傍らに座る男性がいる。冬夜はその後ろ姿に声をかけた。


「いつも来てくれていたんですよね、ありがとうございます」


 振り向いたのは冬夜と変わらない年齢の男性、あの日のゲリラ豪雨の夜に冬夜が運転する車と一緒に横転したトラックに乗っていた運転手長谷川 崇、不運が重なっただけで、彼は悪くない、そう思っていても会うのは辛かった。


「本当にすみませんでした」


 頭を下げ震えている肩にそっと手を添えて冬夜は言った。


「頭をあげてください、きっと沙羅もそう言うと思います」


「僕があの日あの道を通らなければ、こんなことにならなかったんです」

 そう肩を落とす彼に冬夜は静かに答えた。


「それは、僕も同じです、君が悪い訳ではありません」


 あの日の事故は、大事故にも関わらず、助手席に座った沙羅だけが大怪我を負い、二人の運転手は軽症で済んだ。





 沙羅はいつものように、眠っている。


「沙羅、待たせたね」


 動かないけれどほんのり温かい左手をとり薬指に指輪をはめて、優しく両手でその手を包んだ。


 明日の朝にはきっと、沙羅は目覚めるだろう、全ての記憶を忘れて新しい命でこれから生きて行く、冬夜は自分の想いを伝えることよりも、沙羅の命を救うことを選んだ。


 それは、彼女の全ての記憶と引き替えに眠りから目覚めさせる、ラドゥエリエルとの約束だった。


 これで良かったのだ。

 沙羅が生きてさえいれば……



「本当にすみませんでした、あなた達の未来を奪って」


 そう項垂れる長谷川の言葉を冬夜は遮った。


「沙羅はきっと目覚めます」


「そうですね、きっとあなたの元に帰って来ますよね、また、来週来させて頂きます、僕にはそのくらいのことしかできません」


目覚めた沙羅は自分のことは覚えていないだろう。


「また、見舞いに来てあげてください、沙羅が目覚めるまで」


 冬夜の言葉に大きく頷いて、長谷川は病室を後にした。


もう一度、沙羅の手をとり頬に最後のキスをした。




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