case9『梶谷茉奈・無職25歳#2』

 この所、茉奈は翔太の夢を良くみていた、いつも一緒にいてくれた優しささえ故郷に置き去りにしてしまっていた。


 全ての連絡先を消去しても、忘れられない 翔太の電話番号。


 電話を取ることが出来ずにいる自分に嫌気がさしていた。

 毎日のように掛かっていた電話も少しづつ減って来て3年が経った。



 冬夜は、静かな声で話をする。


 翔太の声に似ていると茉奈は思った。大好きだった人の声。


「今でもきっと貴方を待っているみたいですよ」


 そんなはずなんてないと茉奈は思った、もう会わなくなって5年経ったし、自分は汚れてしまったのだ。

 そういえば、毎年同じ日に着信が入る、8月13日、二人が想いを伝えあった記念日。


 一年にたった一度だけ掛かってくる翔太からの電話。


「私のことを許してくれるということなんですか?私には愛される資格がないのに……」


 俯いた茉奈の瞳からはひとしずくの涙が零れた。


「許すも許さないもないと思います、彼は貴方を責めてもいないのだと思います」


 確かに、置き去りにされた心は傷ついただろう、でもそれだけで愛することをやめたりは出来ないものなのだと冬夜は思った。


 右手の中の石が、だんだん熱を帯びてくるのを感じた。


「愛されるのに資格なんてないと思います、そんなものがあるなら誰も人を好きになれないじゃないですか……僕は思うんです、絡まった糸は解けばいいと、切れていない糸はきっと解けます、茉奈さん、貴方と彼の糸は切れていないです、僕にはそれがわかります自分の心に正直になってください」


 茉奈は赤い糸の話をしたことを思い出した。


 初めてキスをした日に二人で話した『赤い糸』の話。


 生まれる前からたった一人の人と繋がっているという伝説。

 茉奈の心の中から消えないたった一人の人。


「回り道をしただけです、きっと二人は繋がっています、貴方は正直になればいいのです」


 店の客から貰ったハイブランドのバッグも、今は一つも残っていなくて、高校生だったあの頃から使っていた小さなポシェットからハンカチを取り出して茉奈は溢れる涙を拭った。


 高価な物などより茉奈に必要なのは涙を拭うハンカチだけ。


「Angel」を後にした茉奈は部屋に戻った。

 部屋着に着替えて、ソファーに腰掛けながらウトウトしていると、マナーモードにしているスマホが着信を知らせていることに気がついた。

 着信は忘れることの出来ない翔太からだった。


 2分くらい鳴り続けているスマホを取ることが出来ずに、部屋に静寂が訪れた。


 冬夜の言葉が頭の中で何度も思い出された。

「糸は切れていない……自分に嘘をつかないでください」


 震える手で、着信のあった番号をタップした。


「茉奈?茉奈だよな!」

 あの頃と変わらない翔太の声が聞こえる。


「うん」


 そう答えたっきり、声が出なかった。


「茉奈?聞こえてるよな、僕さ今年最後にしようと思って電話をしたんだ、返事してくれてありがとう」


 やっとの事で茉奈は答えた。


「なんで……私なんか、忘れてしまえばいいのに、翔太のバカ」


「バカでいいさ、そんなもん僕にだって分からないよ、他の人と付き合っても、茉奈の事が忘れられないんだ……だってさ赤い糸……」

 言葉に詰まる翔太が電話の向こうで泣いているのに気がついた。


 電話越しに泣いている二人

 遠くから冬夜の想いが再び心を繋げていてくれたのかもしれない。


「今、ホントは近くにいるんだ、芸能事務所の人に茉奈の住所を聞いていたし、今まで勇気がなくて来れなかったけど、今から会いに行ってもいい?」


 茉奈は泣きながら返事をした。


「うん、会いたい翔太に会いたい……」


「こっちはさ、星があんまり見えないんだな、星がたくさん見えるところに僕と一緒に帰ろう」


 その夜の月は祝福するように二人を優しく照らした。


━━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━



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