case8『西園寺冬夜・天使見習い26歳』
冬夜はその日、土砂降りの高速道路を走っていた。
隣には、コクリコクリと船を漕ぐ恋人の
その日予定していた計画は全てこの雨のために断念せざるを得ないことにガッカリしていた。
右のポケットには、この日のために用意していた、小さいけれどダイアモンドの指輪が、一番輝くだろうその瞬間を待っていた。
冬夜が初めて沙羅に出会ったのはコンビニのバイトだった、ひとつ歳下の沙羅は、バイトの上では先輩で仕事の注意点や、接客の仕方やクレームの対処方法などを教えて貰っていた。
最初は冬夜の一目惚れだったが、いつしか仲良くなって、半年後には恋人同士になっていた。
お互いに大学生だったが、卒業すれば結婚したいと思っていた。
あの日二人が運命のイタズラで、引き裂かれることなんて知らなかった。
ゲリラ豪雨は世界中のどこにも起こっている。
後ろから来たトラックは冬夜と沙羅が乗った車に当たり、いとも簡単に2台共に横転した。
その瞬間のことはまるで覚えていない、気がついた時には冬夜は真っ白い世界に一人でポツンと立っていた。
『ラドゥエリエル』
天使の中でも「記録天使」と呼ばれる天使を生む天使。
人々の善行や悪行をも記録し、神に提出するとされる。
審判の日に備えて、天地のありとあらゆるできごとを書きとめておく役割を担うこの天使は、冬夜の目の前で頭を抱えている。
「そなたは自ら天使になるというのですか」
冬夜はその美しい天使に向かって無謀にも天使になりたいと直談判しているだ。
「確かに私には詩と夢想の天使という別名を持っているし、神だけが持っている天使を生む
そう言いながらも次第に、ラドゥエリエルは冬夜の真剣な瞳に心を動かされていた。
沈黙の時間は流れ、ラドゥエリエルは小さなため息をついた。
「分かりました、そなたに、この石を授けよう、たくさんの人々の悩みや想いを届けることが出来た時にまた改めて私の元へくるが良い」
一週間後に目覚めた冬夜の右手の中には小さな石があった。
沙羅に渡すはずだった誓いの指輪は何処にもなかったが、その石を握りしめて、未だに眠り続けている沙羅のベッドの横に座り、愛しい人の頬を撫でた。ほんのりと温かいその顔にくちづけて想いを伝えた。
「僕が必ず救ってみせるから」
その日から冬夜は天使の見習いとして生きることになった。
今までたくさんの想いを届けたはずだったのに、自分の中にまでその想いが届いていることに気がついている。
ラドゥエリエルと約束した想いを伝える約束は残りあと僅か、古いこの喫茶店でコーヒーを入れながら想いを伝え続けている。
ラドゥエリエルとの約束の日は夏の終わり
今日も冬夜は店の前に小さなプレートを掛ける。
「OPEN」
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