case5『田嶋香澄・会社員29歳#2』
香澄が恋人、
海外赴任から帰って来たばかりの彼に惹かれるまではそれほど時間がかからなかった。
忘年会、まだ新型ウィルスも気にならない時期だったので宴会は部署毎に何度か行われる。
全てに出席することは義務付けられてはいないけれど、香澄は独身で、待つ人もいないから特に用事がなければ出席する。
その中のひとつの宴会で、恋人となる垣原と出会った。
アメリカや東南アジア、たくさんの国へと行った彼の話は楽しかった。
気がつくと週に2〜3回は一緒に朝を迎える関係になっていた。
「本当の恋愛の仕方」なんて説明書はどこにもない。
結婚願望がない訳ではないが、これからも同じ時間を過ごしたいと思い始めていた時に、結婚していることを知った。
終わってから分かることもある。
香澄が好きだったのは「自分が好きな彼」であって「彼自身」じゃない。
真剣だったと思っていたけれど、ただの恋愛ごっこでしかなかったのかもしれない。
社内報の『赤ちゃんが生まれました』の欄に垣原正臣の名前が掲載されてることに気がついた。
騙されたとは思いたくなかった。
そして、あの日いつものように彼を家に招いた。
そして彼に言った『子どもには
父親が必要、終わりにしましょう』
彼はいつも優しかった。そう言うと、彼はいつも否定したけど、彼の「優しさ」は、目には見えにくい。
だからこそ本物だと、私は思っていた。
彼はとても難しい話をした。
人間不信になるくらい考えに考えて自分を追い込んでいたのだと思う。
それに誰よりも繊細で、すごく涙もろかった。
降り続く雨がいつか止むように、短い恋は終わった、そうして香澄は一人になった。
香澄の話を聞いていた冬夜は「あなたは、誰かを精一杯愛しただけ、自分をこれ以上責めないで、彼もきっと苦しんだと思う、それは許せないかもしれないけど、あなたはもう苦しまないで欲しい」
香澄は溢れる涙を拭うこともせずに言った。
「私は、知らずに誰かを傷つけてしまったんです」
冬夜は香澄の目を見ながら言った。
「本当はあなたがいちばん傷付いているのかもしれないんですよ……それを僕は深く感じています、だからこそ癒して上げたいと思います」
今は香澄の手の上にある、その不思議な石が一瞬煌めき、やがてその輝きを増した。
思いは伝わったのだと冬夜の瞳に映る香澄は感じていた。
死にたいとさえ思っていた自分の暗い心が少しずつ薄れて行くのを知った。
━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━
冬夜にも愛した人がいた。
かけがえのないものであったはずなのにその手から砂のようにサラサラと流れた。
香澄の後ろ姿を見送りながら逢いたくても逢えない人のことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます