case5『田嶋香澄・会社員29歳#1』
小さくため息を
泣き疲れて熟睡なんて、子どもみたいだ。
ゆっくりとベッドから這い上がって、カーテンを少し開けてみた。
日差しが眩しくて急いでまた閉める。
昨日私と雅人は、きちんと彼の好みの苦さでいれたコーヒーを飲みながらなんてこともない話をしたあとに私は彼に別れを告げた。
ほんの昨日のことだったはずだ。
チャイムのなる音がして我に返った。立ち上がって「はい」とカメラ付きインターホンのボタンを押す。
『あなたは神様を信じますか?』
画面に映った知らない女の人が、笑顔でそう語りかけてきた。
やたらと真っ直ぐで澄んだ目をしている。
『いえ。信じません』
私の言葉にも少しもひるまない澄んだ瞳は『神様は、いつでもあなたの幸せを祈ってくださっていて……』
この人に罪はないとわかっているけれど、勢いよくカメラを切らせてもらった。
澄んだ目の人は私の目の前から消えた。
恋人と別れた次の日に来て欲しくない訪問者だった。
頭が割れそうに痛かった。頭痛薬を飲んで、もう眠ってしまおう。
今度こそ本当に、明日なんていらない。来ないで欲しい。
私はこのまま生きて誰かを幸せにすることが出来るのだろうか?
何時間も眠れてしまうほどの若さなんて数年前から無くなっていることすら忘れている。
結局眠れずにいた私は気分を変えようと街へと向かった。
商店街の角を曲がり、小さな通りに入る、気になっていたお店が開いてることに気がついた。
『エンジェル』
いつも掛けられているCLOSEの看板がOPENと裏返しになっていた。
その下には小さな文字が加えられている。
━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━
私には伝えたい人もいないことに気がついた。
ぎいっという乾いた音を鳴らし扉を開けた。
古い喫茶店の割に若い男性がオーナーのようだ。
背が高く端正な顔をした男性が注文を取りに香澄の席へと来た。
「アイスミルクティー」をお願いします。
「かしこまりました」と席を離れて行こうとしてたが、男性は振り返って言った。
「真心を届けるのは他人でなくてもいいですよ、自分自身に届けるのも受け付けています」
そう言いながらカウンターの後ろへと行く後ろ姿を香澄は眺めていた。
そう言った彼の瞳は深い瑠璃色で寂しげにキラリと輝いたのだ。
香澄は自分の心に問いかけてみる。
自分に真心を届ける?
人を傷つけた私の心に?
カウンターの内側の椅子に座って本を開いた男性に聞こえるように言った。
「私は、好きになってはいけない人に恋をしました、私にはそんな資格はないと思います」
その問いかけに気づいて、ゆっくりと香澄の座る窓際のBOX席に近づいて来た彼の瞳は優しさに溢れている。
「そんなことはないと思います、その恋人は責められても仕方ないと思いますけど、あなたはそれを知らなかった、そして恋に落ちた……そして……自ら別れを選んだあなたは自分を褒めてあげるべきです、僕の名前は西園寺冬夜です……天使の見習いです」
見習いの天使?
香澄はそれが嘘ではないと感じてしまっていた。信じなさいと自分の心が言っていると思ったから。
「僕の仕事は、美味しいコーヒーを入れることともうひとつあります、伝えられなかった思い……真心を届けることです」
冬夜は右ポケットの石を手の平に乗せた、ほんのりとその石は暖かくなって来た。
#2に続きます。(近日公開)
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