case4『風間拓人・会社員27歳』
━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━
夕刻の涼しい風が、吹く。
ぱらぱらぱらと天気雨が降り落ちてきた。梅雨はまだ終わらない。
またすぐに雨が降りだす。
そして六月がゆっくりと過ぎていき、雨がやむと、密やかな蝉の鳴き声とともに夏がやって来るのだろう。
風間拓人と名乗る男性が「Angel」の扉を叩いた。
身長は冬夜と変わらない180センチ位、平均体重より痩せている冬夜とは違いガッチリとしてアメフトでもやっていたのかと思うくらいに大きくて威圧感がある。
「届けたい人は誰ですか? 」
カウンターに座った拓人に声を掛けた。
さっき出したばかりのコーラはほとんど飲まれていて、氷がカランとグラスの中で溶けだしていた。
「死んだばあちゃんです、親代わりに育ててくれた…………」
拓人の両親は拓人が幼稚園の頃交通事故で亡くなった、それから母親代わりに育ててくれた。
小学校の高学年から拓人は問題児だった、こんな拓人にも愛情を掛けて育ててくれた。
ちゃんとお礼も孝行もせずにいるうちに亡くなった。
高校に入った頃から学校から帰らずに友達とカラオケやゲームセンターで時間を過ごして遅く帰っても、夕飯はちゃんと用意されていてそれさえも煩わしかった。
愛されて期待をされていることが苦しくて、次第に朝帰りばかりする生活になっていき、やがて家を出た。
ばあちゃんは1人で死んだ。
それさえも1年もたってから知らされた。
「僕が小三の頃、ボロボロになった野良犬を連れて帰ったことがあります、何とかばあちゃんに頼み込んで飼えることになったんです、柴犬の雑種犬でコロと名づけました、両親が死んだことで、弱ったコロを見捨てることが出来なかったんです、ばあちゃんは言いました『ずっと最後までちゃんと面倒を見れるのか?』って」
その頃を懐かしく思い出しながら拓人は話した。
「あなたに拾われて良かったですね」
大きく頷きながら拓人は話を続けた。
「かなり年寄りだったみたいで、中学に入ったばかりの頃、コロは死にました……その時にばあちゃんに言われた言葉がずっと、心に残ってます」
財布の中から小さな写真を出して拓人は冬夜の前においた。
写真の中では優しそうなおばあさんと一緒に写る犬と少年が笑っていた。
「コロが死んだ朝『大往生だった、よく最期まで見届けたね、ちゃんと見届けたんだから、拓人は、幸せになりなさい』僕の頭を撫でながら……」
好きな人が出来て子どもを授かってから毎日のようにばあちゃんの夢を見る。
それは台所で料理をする後ろ姿ばかりで、同じ夢を何度もみる。
自分が子どもを愛しているようにずっと愛されて育っていた事を今更ながら気がつくものだ。
それが分かっていながら、家を出たことを拓人は悔やんでいる。
話を聞きながら、冬夜も心が苦しくなってきた、伝えたい時にその相手は手に届かないところにいくということは自分が一番知っている。
ポケットの中の小さな石をそっと握り締めた。
ほんのりと温かさが伝わってきた、拓人の想いはきっとおばあさんにもコロにも伝わっていると感じた。
「おばあさんは、恨んでませんよ、というか立派になったと褒めてくれていますよ」
「そうだったらいいんですけど」
そういいながら冬夜を見つめる瞳は心なしか、安堵しているようにみえる。
店の扉を開き家族の元に帰る拓人の大きな背中を見守りながら冬夜は幸せにと心の中で祈った。
窓の外ではまだ、しつこい梅雨がひたすらに降り続いている。
でもその雨音は優しい。
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