case3『葛西樹・中学1年生』

 ━━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━


 初めて着た紺色のブレザーは

 ごわごわして落ち着かない

 生まれて初めて履いた皮のローファーで足だって痛い、いつまで経っても自分ではないようにいつきは思っていた。


 そんなあの日、張り詰めていた糸が

 ぷちんと切れて、大きな塊の涙が溢れた。


 自分ではなくて、あの子が生まれて来たら良かったんだ。


 いつきには双子で生まれるはずだった姉がいた。

 出産予定日の前の検診でそれまで聞こえていた心音が1つ聞こえなくなった。


 樹の母親は生きている自分と、動かなくなったほんの少しだけ遅く生まれた姉を泣きながら産んだ。


「あの時、僕が死んでたら良かったんです」


 まだ幼い顔で声変わりもしていない樹は冬夜の顔を真剣な顔で見つめた。


「どうしてそう思うの?」


 冬夜は本当は知りたくなさそうな聞き方で樹に聞いた。


「━━━━まだ生きてたんだ。いい加減死んだらって言われてるんです━━━クラスメイトに……毎日」

 今年入学した中学校で数名の同級生からイジメを受けていた。

身体は小さくて気弱そうに見える樹は

その事だけでイジメの対象になった。


 *****

 10分前に「Angel」の扉を開けて入ってきた少年は「死んでる人にも伝えることが出来ますか? 」と聞いた。


 そこに座って待っててと窓際の席を指を指した冬夜に言われるままに樹はカウンターに背を向けるように座った。


 冬夜が向かいの席に座るまで少し時間が経っていたが、出されたアイスココアには少しも口をつけてはいず、手首に巻かれた包帯を隠そうと袖口を気にしていた。




 ぽつりぽつりと言葉を絞り出した少年の声はまだ幼くて小学生のようにも見える。


「僕の両親は、その子にかえでと名前を付けました、僕じゃなくて楓が生きていれば良かったんです」


「それで、その楓ちゃんに何を伝えたいんだ? 」


 そう話しながら冬夜は右の手の中の石にそっと触れた。


「僕が生きてごめんって……」



「楓ちゃん、ずっと今も君のそばにいるんだと思うよ、だから君が辛いと思うことも同じように感じてる、そして生きて欲しいと思ってるはずだし………」


 冬夜には樹に重なってる女の子の姿が見えていた、そしてそれはずっと樹を守ってきてる天使のように見えた。

同じ歳のはずだけど楓は少し大人びて見える。


「生きているときにしか出来ないことがたくさんある、人はそれを経験と呼ぶんじゃない?

 楓ちゃんが出来なかったこと、君のお姉ちゃんが出来なかったことが、樹くんには出来る、生きてるから出来るんだよ。それってすごいことだよね」

冬夜は冷めたコーヒーを一口飲みながら静かに言葉を続けた。

「生きている人間なら思い出すことも出来る、残されたもの達が死んだ人をあたたかい気持ちで思い出したときはじめて、死んだ人はこの世と接触できるんじゃないかな、生きてる人間をとおしてね………だからお父さんやお母さんにもその気持ちを話してみるといいと思うよ」

 暫く押し黙っていた樹だったが、信用してくれたのか大きくうなづいた。その隣で楓も柔らかな笑顔で冬夜にありがとうと言った。

「君はひとりじゃない、君の命は君を大切に思う人達がつないできたもので、この先、君が大切に思う誰かにつないでいくものだから、だから、だから生きることをやめないで 」


ずっと下を向いていた樹が顔を上げる、今にも泣きそうな樹の顔が冬夜の瞳に映った。

 彼には伝えるまでもなく、守ってくれる存在がいるのだ。



 帰って行く小さな身体を見送りながら冬夜は重なった2人が幸せであることを祈った。


 冬夜にも守りたい人がいる、そのためにたくさんの想いを伝えるのだと………


 右手の中の石がふんわりと輝きを増したことを感じながら窓の外の茜色の空を見上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る