case2『柏木奈緒・看護師32歳#2』

 奈緒が担当している患者の中でも桜木由佳は重症だった。

 肺炎による呼吸困難で人口呼吸器は外せない。

 もう何人もの人がこのウィルスで命を落としている。

 医療従事者ですら感染することだって多い。

 ICUに入ることすら出来ない由佳を毎日看護していた奈緒はようやく検査で陰性になったことを喜んだ。

 仕事の合間にぽつりぽつりと話す由佳が苦労をしていることは分かった。

「私は何の資格も持っていないし、夜の仕事しか出来ないけど、きっと向いてないんだと思います、早くまともな仕事をしたいと思ってます」


 夜の仕事がまともな仕事ではないと思わない、だけど子育てをするのはきっと大変なんだろうと奈緒は思った。

 自分はこの仕事があるからシングルマザーとしてやっていけてるし、恵まれているのだ。

 由佳はキッパリと言った。

「でも、どんな仕事をしてでもあの子を育てあげたいのです」


 奈緒はそう話す由佳を心から応援したいと思った。


 1週間後にウィルス検査をして再び陰性だったら退院ができる、公共の児童施設に預けられている息子さんに会えるはずだ。

 ***

 仕事を終えて、宿舎となっているビジネスホテルへと帰る道で、若い男性に声をかけられた。


「こんばんは、僕は西園寺冬夜と言います」

 いきなり名乗られたけれど、単なるナンパだと思った奈緒は「急いでますので」と立ち去ろうとした。


「橋本和彦さんと紗弓さんからの伝言を預かっています」


 足早に歩き出した奈緒は踵を返してその男性の顔を見た。


 背が高く、少し癖のある髪の毛の下には優しそうな藍色の瞳の男性だった。


「どうしてその名前を? 」


「僕は見習いの天使をしています、真心を届けるのが仕事です」


 職業柄、精神を病んでいる人と接することもある奈緒だったけれど

 その目は真剣で純粋な光を放っていた。


 冬夜の右手には小さな石があり

 そこからは柔らかな光が見えた。

想いを込めて祈った、真心が伝わりますようにと………


 奈緒の心の中に和彦と紗弓の優しい笑顔が浮かんできた。


 冬夜が言葉で話さなくても、想いは伝わる、右手の上の石から温かさが感じ、それは一瞬輝きを増した。


「不思議ですけど、紗弓が嬉しそうにしている姿が見えました、天使見習いは信じることはできませんけど」

 と奈緒は笑った。


 その日ホテルに戻った奈緒は和彦のスマホにメッセージを送った。

「ありがとう、伝わったよ」

 これからも頑張れる力となる。

 

 次の日晴れ渡った空にブルーインパルスの綺麗な飛行機雲は医療従事者に届くような感謝の弧を描いた。

 病院の屋上から奈緒はその綺麗な空を見上げた。

 抜けるような青空にたくさんの声が聞こえる気がする。


 人間は支え合って生きて行くのだと。


 冬夜のその不思議な石には伝わった真心の印が1つ追加された。

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