case2『柏木奈緒・看護師32歳』

 ━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━


「Angel」の営業時間は気ままだった、早く目覚めたら朝の5時からでも開けるし、気が向かない時は店の扉が開く事はない。



 奈緒の仕事は総合病院の内科病棟の看護師。

 新しいウィルスが蔓延している今年の春、1年程仕事から遠ざかっていた看護師の仕事を復帰させていた。



 防護服、ウェイスシールド、マスクに手袋、完璧過ぎる服装で今日も患者さんの命を守るための仕事をしている。

 院内感染は確かに怖いし不安だったけど今まで感じたことの無い使命感で毎日を過ごしていた。


 その日運び込まれた患者さんは、自分と同じくらいの歳の女性だった。


 夜の接待をする仕事で感染したのだという。

 そんな職業をしている割に質素な服装で化粧っ気のない彼女だけど美しいと思った。

 名前は桜木由佳さん

 小さな子どもを持つシングルマザーだった。

 それも自分と同じなのだと親近感を覚えていた。


「桜木さん、熱は下がりましたね、もう少しの辛抱ですよ」


「ありがとうございます、子どもに早く会いたいです」


 感染者の家族であっても面会は許されていない、まして幼い子どもなら尚更だった、実家の母親に預けられているという3歳の男の子はきっと母親に会いたがっているだろう。


 奈緒でさえも、この感染者の看護に当たると言うことで子どもとは離れて暮らしている。


 自分の子どもたちのためにも、感染を広げてはいけないのだと自分自身に言い聞かせながら看護にあたっている。


 別れた夫、和彦の元で娘の紗弓さゆみは暮らしている、結婚していたときはまったく子育てに協力してくれていなかった和彦が一生懸命子どもと向き合ってくれているのが嬉しかった。

 この感染者病棟へと志願したのは自分だったけれど、気にかかるのは子どものことだけだった。

 その時に背中を押してくれたのは、元夫ただ1人だった。


 奈緒は和彦が自分にも子どもにも無関心だとずっと思っていた。

 そのことから諍いが多かった2人は別れを決意した。




「Angel」の扉を叩いたのは奈緒の元夫和彦と奈緒の娘 紗弓さゆみだった。


 4人がけの席に並んで座っている親子の元へ注文されたホットコーヒーとクリームソーダを届けた。


「初めまして、橋本です、そして娘の紗弓です」

 隣に座った女の子は恥ずかしそうに下を向きながらこんにちはと小さな声で挨拶した。


「早速なんですけど、この子の母親に想いを伝える為にここに来ました」

 橋本和彦は、離婚した経緯や今看護師として働いている娘の母親のことを話した。


「ところで、何を伝えたいんですか? 」


「僕は謝りたいんです、彼女は仕事に誇りを持っていたし、いつか看護師として復帰したいといつも言っていた、それを認めてあげられなかった」

 和彦自身が子どものころ、鍵っ子で寂しい思いをしていたことから母親には子どもの傍にいて欲しいと願っていた。


「今は認めてあげたいと思っているのですか? 」


「そうなんです、子育てをすることが大変な事だということも今回のことでよく分かりました」

心配そうな顔をして紗弓は父親の手をそっと握った。


「話は分かりました、でもその感謝の言葉だけでいいんですか? 」


冬夜はアイスコーヒーの氷をストローでカランと鳴らしながら和彦に聞いた。

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