case1『立花美咲・中学三年生#2』

 冬夜が運転する黄色の軽自動車で向かったのは山の麓にある大きな病院だった。

【安らぎの郷】

 ホスピスだった。

 美咲だってその名前を聞けばどんな場所だか分かる、そこは緩和ケアを施す病院だった。


「ここにパパがいるんですね」

 涙を溜めた美咲は冬夜に聞いた。

「そうだね。305号室だから、1人で行っておいで」

 冬夜に促され美咲は病院の受付へと向かった。


 冬夜の右のポケットの中にはあの不思議な石が入っている。

 ポケットの上にそっと手を当てると、しばらくするとそれは一瞬だけ熱くなり美咲が父親に逢えたのだと知らせてくれた。


 冬夜は想いを込めて祈った、あの子の想いが伝わりますように。

 真心が届きますようにと……


 小さな黄色の車に乗った冬夜の元に、眩いほどの光の欠片が舞い降りてきてポケットの中の石が一段と輝きを増した事を感じた。

『想いが届いたんだ、真心が伝わったんだ』

ポケットの中の石をそっと手に取った。


 美咲の父親は自分の病気を知り、妻に別れを告げた。

 まだ若い妻には新しい人生を歩んで欲しいと願ったのだ。

 あの時、「ぜったいに別れない」と言った美咲の母親の気持ちを受け入れる事が出来ず自ら遠ざけてしまった。

余命1年の医師の言葉は医学の進歩で3年目となったけれど、あと残された時間はいくばくもない。


 1年ほど前から美咲の母親もこのホスピスへと足を運んでいたことを美咲は初めて知った。


「パパもママもずるい、私だけが知らなかったなんて」

 涙を溜めたまま美咲は父親を悲しい顔で睨んだ。

「ほんとにごめん、パパが弱かったんだ、ママのせいじゃないから恨まないで……」

あの頃よりも痩せた父親の手をしっかりと両手に包んだ。

「じゃあ今度はママと一緒に来るからね、だからパパ死んじゃイヤ」


 白い部屋の2人に柔らかな陽がさした。


病院からの帰り道、助手席に座る美咲の手には送られるはずだった父親からの手紙があった。

愛おしいそうに、ぎゅっと両手を重ねながら手紙を持った。

「ほんとにありがとうございました、パパがママの事を愛してることがわかって嬉しかったです、大人ってめんどくさいですね」

冬夜は笑った。

「ほんとにそうだよね、でも君も大人になるときっと分かると思うよ、大人になるのって結構めんどくさいものさ」

冬夜にも伝えきれていない想いを抱えている、それを伝えたいからこうして天使を目指しているのだ。


日が沈みかける頃に美咲を送り届けた、小さく手を振る制服姿の少女、その姿を見送りながら、僕の分まで幸せになって欲しいと願った。



***

冬夜には想いを伝えたい人がいる、その事を叶えるために今日も店を開く。


━━━あなたの届けたい想いを届けます、お代は一切頂きません。━━━





注意⚠

知らない人の車には乗ってはいけません。物語の中だけですのご容赦ください。




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