絶対にしてはいけないこと

変太郎

理性

 「うちの学校結構荒れててさ」


新人教師の俺に、初日からこんなネガティブなことを言うのだから、相当荒れているのだろう。俺は少し身構えるように、先輩の話に耳を傾ける。


「警察にお世話になってるようなやつも数人いる。当然、俺ら教師は生徒を叱らなければならない。まあ、この学校の場合、酷すぎて諦めてる先生方も多いけど……」

「そうなんですか……」

「ああ。だがな、彼らだって、本当はあんな生き方で良いと思っちゃいないはずなんだよ。周りがそうだと、それに合わせていく。自分に自信がなければないほど、同調することで安心するんだ」

正直自分も学生時代はそうだった。別に悪いことをしていたわけではなかったけれど、趣味やプライベートな部分でも、友だちに合わせていていることはあった。それでストレスが溜まることもあったが、孤独感を感じなかった。後悔とまでは行かずとも、あの頃ああしておけばよかったな、と思うことは少なからずある。考え込んでいると、先輩はこう続ける。

 「つまりさぁ、あいつらにも少しは良いところがあって、深掘りしてみると強い信念があるかもしれない。向き合ってみたら、何か変わるかもしれないってことだ。綺麗事だと思うかもしれない」

 綺麗事だと思ってしまっていた……。

 「向き合うって言っても、間違っているところは正してやらなければいけない。ただな、生徒を叱るとき、絶対にやってはいけないことがある」

「何ですか?」

「それは、人格否定だ」

一層真剣な表情で続ける。

「誰々のこういう行動がいけない。誰々のこういう発言で他人を傷つけてしまった。そういう具体的な事柄を指して注意しなければいけない。その人の人格自体を否定する言葉、例えば、「「お前なんか必要ない」」とか、もっと言えば「「死ね」」とか。あくまでも、相手の未来のためであって、自分の感情の捌け口はけぐちではない」

理性を保ったまま、相手を納得させる。これは極めて難しいことだ。でもそれができなければこの仕事は務まらないのだと思う。

 「教えてくださってありがとうございます」

俺がそう言うと、先輩は顔をゆるめてこう返した。

 「もし感情のリミッターが外れてしまったときは、お互い助け合おうな」


 俺は今日、恐そうだと思っていた人の良いところを一つ見つけた。


 







 

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絶対にしてはいけないこと 変太郎 @uchu

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