第5話

 「しかし、お前は結果を出した」

 「僕だってあと一歩で落ちるところだったよ。和瀬田だって京王だって落ちたじゃん」

 俺を気遣ってくれているのだろう。そう思う裏腹、心の痛みがやわらぐ。到底癒されるような会話とも思えないが、事実、臆病な自尊心は意外にも簡単に癒された。「人生幾何可遇知己」、これが知己だというのか。しかし、なおも俺は自分の心の中に、高くそびえたつ燈台を見上げていた。足元の暗い燈台を。

 「上しか見られない男だよ俺は。身の回りの幸せにも気づけぬ、星ばかり追う運命だ。一度星空を見てしまったからには、自分でロケットを作るまでだ。」

 「妥協がなければしなければいいじゃん。」

 「たとえいばらの道だとしても?」

 「そうだとしても歩き続けるほかないのなら歩くしかないじゃないか。死ぬわけにはいかないだろうし」

 死んで逃げるわけにはいかない、か。俺は今まで死ぬことなんて一回も考えたことがなかった。普通の人ならば喪失感に打ちひしがれている時に一番考えつきやすいものであろうが、俺はなぜか一度も考えたことがなかった。どんな現実であろうと、自分の眼に焼き付け、そこでの最善を尽くすべきだと思って生きてきた。この考えはもしかして、上を向き続けたことにも関係しているのか?

 それならば死ぬことも許されずに永遠に苦しみを味わうということにもなるけど、不思議とそういう気持ちにはならない。我々は毎日この世界を怨嗟の声で満たしているが、それでも多くの希望がちりばめられていたり、(それが俺にとっての天上の星であり、そしていばらの道を歩み続けるきっかりでもあるが)一日一日に意味を持たせて、新たな価値を創造して、人生を積み重ねるに値するとは思う。

 この世界は思い通りにならない。思い切った行動は必ずしもいい結果を約束しないし、当然寓話のようないわゆる善心を持ったとしても、それが報われるとは限らない。しかしそれがいいのだ。何もかもが思い通りになるのであれば、退屈でしかない世界、一種のディストピアにもなるだろう。汲んでも汲んでも湧き出る俺の向上心の湧き水は、退屈しない世界の清流、濁水、そして雨が地下水となり水源となり、決して枯れることはない。

 そうか、この悩みを持てること自体が、退屈しない世界で生きる俺を導く、燈台が指し示す希望の光の先にあることと同じことだ。棘まみれのいばらに刺されて流れる血は、燃え上がるような意欲のもとで動く心臓があって、初めて流れるのだ。

 俺はこの事実を気づかずに、ずっと自分や他人の努力の程、才能の多寡、向上心の有無をばかり見ていた。やはり、幻影におびえていたのか。

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