第4話
喫茶店の優雅な音楽が流れている。「山月記」の李徴の詩を思い出す。「此夕渓山対明月、不成長嘯但成嘷」、同じ卓を囲む勝利者と敗北者がいる。同じコーヒーなのに、彼には勝利の美酒、俺には敗者の苦汁とさえ思える。昔ながらの友がこう見えてしまう。これを悲しみ嘆く気持ちは、心という深い森に差し込むただ一筋の光のようにかすかながら、中で見ている人にとっては眩しい限りだ。
他愛のない雑談をし始める。また作り笑いと自嘲の時間だ。今までと同じように。
しかし、黒岩は今までと違った。
「塾にもいかずに一人でやって、このざまだよ」
いつものように俺が語る。
「方法は間違ってないと思うよ?」
「現に結果が出ていない。それならば方法を変えることも考えねば。」
「そうやすやすと変わるのかい?」
俺は長い思索に入った。自分の固まった首回りをこれから動かす自信は正直ない。高くそびえたつ燈台は、ちょっとやそっとのことで崩れはしない。
「俺は変われないのかな。」
「変わらなくていいじゃない?」
「そうかな。俺は田中や小谷がうらやましいよ。先哲は執着を捨てると言ったが、難しさが骨にしみるよ。最も、執着を捨てられたら田中や小谷をうらやましがることもないがね。」
「僕もきっと彼らのようにはなれないよ。留年の危機が迫っていというるのに泰然自若とゲームはできないし、受験勉強のために学校生活を捨てきることもできない。君もそうだろ?」
「ああ。あれも才能の一つだと思うよ」
「いや、僕たちの努力し続けることも才能だよ」
「才能は持ち主にこれほどなまでに地獄を見せるというのか?」
「見せると思うよ。自分に都合のいいものだけを才能と名付けていらなくなったら障害と呼ぶわけにはいかないじゃない。今の天才と呼ばれている偉人の多くも地獄を見てきたのと思う。それに、その執着は捨てるといってそのまま捨てられるとも思えないし」
「その言い方だと俺もその偉人みたいだな。俺は自分には努力以外何もない人間だぞ、お前もわかるはずだ」
俺には到底努力が才能とは思えなかった。努力をするのが当然であり、その上で才能によって今回の受験のように明暗が分かれると思った。田中のような才能には努力が確かに含まれてはいるが、小谷のものはむしろ努力を減らしている。だが、それも才能と呼ぶことにしよう。
そうか、俺がどう頑張っても手に入らないものを才能と呼んでいた。自分への自信の裏返しにこのような独善的なカテゴライズをしていた。ずっと上を向くことの副作用として、身の回りの人を常に見下すことのせいだろう。
「努力こそが才能だって」
「誰でもやっていることじゃないのか?人はスイッチできるのに、俺は突っ走ることしかできない」
「それでも、それを才能だと認めてその諸刃の剣を使わないと」
俺の考えは変わらない。しかしやつはそれでも俺に自分の考えを賛同させて、楽にしようとしているのだろう。満月を追う大草原上の狼のように、届かずとも走り続け、のどがかれるまで吠え続けるのだろう。そういえば、妙に黒岩と俺が似ている気がしてきた。俺といつは同類に近いのか?俺はひとまず自嘲するのをやめた。
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