第6話
「大丈夫?考え事?」
黒岩の声で現実に還る。心なしか喫茶店内が明るい。夕陽だ。まばゆい残光を放ち太陽が沈みゆく。長い夜がそろそろ顔を出す頃だ。
「自分のいるべき場所で、やるべきことがようやく分かったよ。それにしてもいい夕陽だ。あけ明けぬ夜などない、ぼちぼちやるよ。」
「それは傲慢だなぁ。長い夜でも燈台がついているじゃないか。この町は夜でも昼でも、常に光に満ち溢れているのに。」
そうだった。これから通う和瀬田大学にも、多くの電燈があるのだろう。電燈の形状や風味を比べる時間があるのなら、その電燈の元で一ページでも多くの本を読んだ方がいい。尊大な向上心やら、苛烈な羞恥心やら、臆病な自尊心などがあろうとなかろうと、電燈の下で本を広げればみな学徒だ。そこに性別の差、服の差、心持ちの差など関係ない。
「その通りだな。新しい四年はもう始まっている。お前がいなければ俺はいつまでも牢獄にとらわれていることになるのか。持つべきはやはり良友だ、本当にありがとう。」
心の中がこれほど晴れやかであることはここ数週間なかった。綺麗な夕陽が似合う良い空だ。綺麗に照らされたあかね雲も、この景色を飾る大切なワンピースだ。
外の街灯も気づいたら点灯している。
「今だからこそわかるが、たとえ俺が東帝大に受かったとしてもこの悩みは持っていただろう。こういう意味でも一人で受験勉強したことに感謝せねばな。ところでだが、お前も同じ悩みを持ってそうだな。」
「君と話している間に僕も気づいたんだ。君ほどの友達に巡り合えなかったのなら、この疑問すら抱くことなかった。」
やはり同類か。
俺は顔を上げ窓の外を見る。残光もいまやほとんど消え失せ、わずかばかりの赤い光が建物の陰から漏れる。そして、いつの間にか燈台が灯った。凛々しくも丈夫のごとく硬骨の背をピンと張り、慈母のような明るさを船に、空に、海に。
そしてこの町、燈楼町を照らしていた。
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