7/17 「反重力力学少女と女装少年の詩-25」

 鬼ヶ島西端の断崖。大地が途切れ空が広がる光景に、高所恐怖症の僕は足が竦む。そしてその分だけ、父にはうってつけの場所にも思えた。

 断崖の中でも突き出た、船越英一郎に似合いそうな場所。そこに父の墓標はあった。

 それは確かに僕の記憶にある飛行機だった。けれど上下二枚の主翼は折れて地面に突き刺さっているし、プロペラは見当たらない。保存処理はされていると鬼ヶ島は言っていたけれど、それでも十年という月日に機体はまだらに錆びついていた。その上に生える蔓性の植物や苔を見るに、もう十年経てば緑に埋もれていてもおかしくあるまい。

 機体の残骸の前の地面に埋められた石碑。しゃがみ込み土埃を払うと、そこには『偉大なる飛行士 ここに果てる』と掘られていた。


「弱ったな、ここじゃ墓参りが大変だ」


 冗談交じりに笑う僕を、萌木さんは悲しそうな顔で見ていた。


「その、杉山さん。無理してませんでしょうか」

「無理?」

「お父様の最期を聞かされても平然としていて……勘違いなら謝りますが、私には今の杉山さんが、自分の感情を抑え込んでいるように見えます」

「そう? まぁ……確かに平気でいようとはしてるかも」


 僕は立ち上がり、萌木さんに振り向く。


「でも、すっきりしてるのは本当なんだ。そもそもイロハに会ったときに半分知らされていたようなものだし。それを今、自分の目で確かめられたってだけだから」


 今までずっと、父の幻影を追ってきた。どこかでまだ飛行機に乗って空を飛んでいるんじゃないかと、教室の窓から飛行機雲を眺めては父を想った。けれど本当の父は、奇跡的に鬼ヶ島まで辿り着いてあっさりと死んでしまっていたわけだ。

 走馬灯のように父との思い出が駆け巡る。パイロットとして訪れた国の土産をくれた時。乗り物の図鑑を読んでいる横から説明を加えてくれた時。肩車をしてもらって、その高さに泣いた時。


「……あれ」


 徐々に徐々に、目の前の萌木さんがぼやけてくる。


「杉山さん――」


 だから萌木さんが近寄って抱きしめてきた時にどんな顔をしていたのか、僕にはよく見なかった。


「私は杉山さんの、自分に正直であろうというところが好きです。そして、誰かのために必死になって頑張れるところも。杉山さんは今イロハちゃんのために頑張っていて、それで少し、自分の順位が下がっているんじゃないでしょうか。だから今だけ――今、ここでだけでいいので。自分のために、自分に正直でいてください」


 ああ、嫌だなまったく。

 僕の今の正直な気持ちは、好きな子の前で泣いてるところを見られたくないだけだってのに。その最後の堰を本人に切られてしまっては、もうどうしようもないじゃないか。

 目頭が熱くなる。頬をぬるいものが流れる。

 萌木さんの背に手を回し、その細い体をさらに引き寄せた。


「ごめん――もう少しだけ、こうさせてくれると嬉しい」

「ええ、好きなだけ」


 萌木さんの温かさを感じているうち、自分でも分かっていなかった感情がどっと溢れ出る。


 そっか。僕は今、悲しいんだ。


 嗚咽を抑えながら、強く萌木さんを抱きしめる。

 萌木さんは何も言わず、ただ僕が泣き止むのを待ってくれていた。




 玉座の間にて、鬼ヶ島は僕達に告げる。


「世界線どうしの衝突そのものは何度か確認されている。ただ今回のような地球規模での現象は、我が生まれてから一度だけだ。前回は予兆が見られた時点で世界線をねじ曲げて直接衝突を回避することができた」

『それが、鬼ヶ島大戦の目的か』

「我も若かったとはいえ、あまりに強引な手段をとってしまったと今は反省している。そして今回の世界線衝突は、既に衝突は避けられないところまで来ている。さらには我々の世界線が一方的に浸食される側で、どうやっても後手に回ることしかできないらしい。それでいてこれまでの尖兵の行動から、向こうはこっちの世界を滅ぼす方向で生き残るつもりときた」

「万事休すね~。それで、何か対策は練ってるのかしら~?」

「まず最優先事項として、168番の奪還と向こうの我の撃破だろう。それでどのぐらい影響されるかは今のところ分からないがな。その後、極秘裏に全世界へ設置していた反重力網アンチグラビティネットを起動する」

反重力網アンチグラビティネット、ですか?」

「いくつもの中継局を経由して、広範囲に反重力を発生させる装置だ。我を浮かせる動力の全世界版だと思ってもらえばいい」

「どうしてそんなことするんだ? というかロゼの話じゃ、ドッペルゲンガーの出るところで反重力が計測されているって」

「因果が逆だリオ。ヤツらドッペルゲンガーが現れたから、我々がそこに反重力を発生させたのだ。前回の大戦から反重力には世界線衝突を未然に防ぐ力があると推測されている。さながら、太陽放射から地球を守る磁力線のようにな。現時点ではその効力が衝突の速度に負けているだけで、戦況さえ変われば効果を発揮する可能性が十分に見込める。ま、やってみないと分からないというのが本音だがな」


 玉座後ろのホログラム映像に種々の要素が、組み立てる前のパズルのように散らばる。結局のところ、僕達ができるのはその場その場で全力を尽くすことだけらしかった。


「推測される世界線衝突の第一波は三日後……それまでに向こうの鬼ヶ島と戦う準備を終えておかねばならない。これにはぜひ、オクトパの民にもご協力願いたい。ひいては外界の人類への協力も働きかけていただけると望ましい」

「そうね~……話が本当なら、各国も無視できないはずだし。本部に連絡するわ~」

「リオやモエモエには、イロハ奪還の準備を手伝ってもらいたい」

「ああ」

「分かりましたわ」


 三日。

 それが僕達に与えられた、世界を守るための時間だった。

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