7/16 「反重力力学少女と女装少年の詩-24」

 現在から遡ること、およそ十五年前。


「美少女に受肉したいなぁ……」


〈島老院〉の議会の場で鬼ヶ島はボソリと、しかし議会の全員に聞こえる音量ボリュームでそう呟いた。鬼ヶ島は自身の上で起こることを全て把握したうえでどこからともなく語りかけるので、それはさながら預言者に振り注ぐ天啓のようであった。


「鬼ヶ島様……何かおっしゃられましたか?」


 議長を務める老犬が耳が幻聴の類いでないか確認する。

 しかし、それは確かに鬼ヶ島の意志であった。


「いや、前々から言ってはいたじゃん、人間的な遠隔操作体が欲しいって。我もね、鬼から生まれた身だからゴッツイ鬼しか選択肢がないって思ってたんだけど。ゆうべVtuberの配信見てた時に気が付いちゃったんだよ。あれ、鬼なら美少女でもオーケーなんじゃないか――って」

「鬼ヶ島様が……美少女になりたいと?」

「せっかく身体が手に入るなら美少女の方がいいに決まってるでしょ。遠隔体プロジェクトの予算は今から滑り込める?」

「なっ、たった今予算委員会の改定案を決定するところではないですか!?」


 結局鬼ヶ島の要望により通過しかけの改正予算案はその場で保留となり、最終的に決定した改正案の中に「鬼ヶ島遠隔体プロジェクト予算」が組み込まれる運びとなった。

 すぐさま選りすぐりのサル達を中心としたプロジェクトチームが発足し、潤沢な予算で施設を建造していく。研究チームはクローン技術を用いて遠隔体を作出することに決めた。問題は、その遺伝子源に何を用いるのかだった。

 それについては鬼ヶ島からの提案があった。


「おばあさんの遺伝子はどうだ? 共に大桃島のおじいさんと戦った仲間であるし、歳を召しているわりにしっかりとした顔立ちで、若い頃は美少女だったんだろうなと思った記憶がある。髪の毛が確か大桃ダァタオの細胞片と共に冷凍保存されていただろ? そこから抽出すればいい。あとはそうだな、我との親和率のためにも鬼の遺伝子も入れた方がいいはずだ。宝物庫に我が生まれてきた鬼の左半身が冷凍保存されている」


 かくして鬼ヶ島の遠隔体にはおばあさんの遺伝子と鬼の遺伝子を用いることとなった。

 しかしプロジェクトを進めてみると、そこに難題があることにチームは気が付く。


「鬼ヶ島様。おばあさんの髪の毛から抽出したDNAについてですが、テロメア領域の修復は上手くいくものの、そもそもの保存状態が悪くさらには鬼の遺伝子との親和性が低いようです。全置換とまでは言いませんが、別の人間から遺伝子を採取する必要があるかと」


 とはいえ、鬼ヶ島に他の人間のサンプルは残されていない。あるとすればのものだけで、それは鬼の遺伝子との相性は最悪であることは既に検証済みだった。

 次なる手として世界中の鬼ヶ島が選んだ美女・美少女のDNAを採取してそれぞれおばあさんと鬼の遺伝子と共に用いられたが、結果は振るわなかった。

 ろくに成果があげられず〈島老院〉から予算の無駄遣いだと揶揄され予算を削られ続けること、五年。ついにその時はやってくる。


 鬼ヶ島西端に、一機の飛行機が墜落した。


  *  *  *


「つまり、十年前――」

「となるな。その飛行機に乗っていたのは一人の男だけだった。機体はボロボロで着陸と共に発火したが、我が体躯に辿り着いただけでも途方もない奇跡といえるだろう」


 鬼ヶ島の体がどういう経緯で作られたものなのか語られる中で突如現れた、僕の人生との交差点クロスポイント


「男は重傷を負っていて、発見され次第我上がじょうの病院に運ばれた。しかし、残念ながら間もなく息を引き取った」

「……その男の、名前は」

「身分を証明するものは全部焼けてしまい、その時は分からなかった。名前が分かったのは外界の航空記録と照合した後だ。日本からアメリカまで太平洋を横断するべく飛び立った男の名は――」

「「杉山すぎやま来人らいと」」


 僕の声と鬼ヶ島の声が重なる。隣で聞く萌木さんやロゼがハッとする。


「そっか……父さん、鬼ヶ島ここには来てたんだ……」

「父さん……となるとまさか、お前がリオか?」


 鬼ヶ島に名前を呼ばれ、僕は肩を震わせる。


「っ――なんで、僕まだ名乗って」

「サヨコとリオ。男が朦朧とした意識と焼けた喉で、何度も呟いていた名前だ。もしかしてと思って聞いてみたが、なるほど、これが因果というものか」


 鬼ヶ島が感慨深そうな顔になる。サヨコは母の名だった。

 十年前に飛び立って以降行方不明となり、そのまま死亡扱いになっていた父。遺体も機体も見つかっていない以上生きている可能性はあると勝手に灯した灯台の光に向かって飛び続けた僕のフライトは、今ここに、確定した終わりを迎えた。


「来人は死んだが、そのDNAを採取することはできた。プロジェクトチームは来人の遺伝子を用いて遠隔体の作出を試み、そして成功した。それこそがこの私――番号でいえば135番――であり、今回連れ出された168番だ」

「つまりあなた達には、リオのお父さんの遺伝子が入ってるってこと~?」

「そういうことになるな。168番に関しては鬼の遺伝子が組み込まれていないから、我より来人の影響を強く受けているはずだ」

『な~るほど、そういうことか。僕がイロハ君に憑依してしまったのは、前の依り代であった少年と少なからず同一の遺伝子を持っていたからか。我ながらずさんな判別基準だ』


 様々な謎が芋づる式に判明する。

 ゾウがイロハに憑依していなければイロハは逃げ出さず、僕とイロハが出会うことはなかった。

 僕がイロハと出会うことになったのは父が鬼ヶ島に墜落したからであり、そしてそもそものイロハもまた、父の墜落から生まれた存在であったのだ。


「我が肉体が完成した後の研究は、反重力機構と同様の能力を持つ臓器〈反重力器官〉の開発のためであり、168番が現状唯一の成功例だ。自我こそ想定外だったが……だからこそ我々は、彼女を奪還せねばならない」

『そもそもだが、敵がイロハ君を攫う理由はなんだい? 少しトゲのある言い方になるけど、彼女一人がそこまで戦力になるとは思えない』

「彼女自身気が付いていないようだが、どうにも〈反重力器官〉には反重力エンジンに共鳴する作用があるように見られる。そこを狙ったのだろうな。上手く打ち消し合う方向に使えれば我を海底に沈めることも可能なわけだからな。もしくは、逆にエンジンの増強に使うか。それぐらい考えているだろう」

「相手もだって?」

「世界中でドッペルゲンガーの目撃例が増加しているのは知っておろう? あれはと我らは考えている。ヒトで存在する事象が我で起こらないと断ずる材料もなく、既にロバートらのような動きがある以上、考えられるのは一つだけ」


 鬼ヶ島は一呼吸置き、イロハと同じ顔で不敵な笑みを浮かべる。


「じきに、アナザー鬼ヶ島別世界の我が襲来する」

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