7/4 「反重力力学少女と女装少年の詩-12」
「んほおおおおお♡♡♡」
前方から聞こえてきたろくでもない声に、僕はこの先に待つ尋常でない展開を確信させられる。
「類は友を呼ぶってのは、きっとこういうことを言うんだろうな……」
「ではあれが、ロゼさんの言っていた案内役の方でしょうか?」
隣を歩く萌木さんは、いつもより丈の短いスカートにノースリーブのトップスと夏らしい服に身を包んでいる。頭には麦わら帽子を被り、さながら夏そのものが歩いているよう。シチュエーションも静かな砂浜を二人並んで歩くというものだから、青春ポイントはカンスト寸前と言えるように思えた。
『ほぉ、あれは中々良い趣味をしているね』
目的が攫われた少女を助けるためであるとか、目の前で亀がSM嬢にムチを打たれているとか、それに感心したようなコメントをするゾウとか、情報過多にもほどがある状況下ではなければの話だが……。
草薙の家であの宇宙人と通信をした翌日、僕達は指定された某所の浜辺に来ていた。「案内役に亀を寄越すから、後はその亀に付いてきてちょうだ~い」と言われていたのだが、まさかその亀が待ち合わせ場所で亀甲縛りにされてギャグボールを咥えているとは夢にも思うまい。
「おい、あんたが竜宮城に案内してくれる亀か?」
「ふご?
「あら、お仕事? じゃあ今日はここでお預けね」
「え、
SM嬢に置いていかれた亀が、縛られたヒレを必死に動かして懇願する。何を言っているのか分からないので、僕は持ち合わせていたハサミで縄を切ってほどき、ギャグボールも外してやった。
「はぁ……この展開数百年前にもあった気がするよ……」
『もう一度尋ねるが、君が案内役で間違いないんだね?』
「そう言うってことは、君達がロゼ様の客か……とても案内できる気分じゃないけど、まぁ仕事だしね。やるよ、やればいいんだろ?」
「ずいぶん投げやりな態度だな……」
「しょうがないだろ? 君達の急用さえなければ、ボクは今日一日風俗に入り浸る予定だったんだから」
仮にもそれを相手に話すことに躊躇いはないのかコイツはと思いながら、僕は周囲を見渡す。
「それで、こっから竜宮城にはどうやって行くんだ? まさかお前の背中に乗っていこうんじゃないよな?」
「え?」
「え? ってなんだその反応は、まさかマジでそれなのか?」
「冗談冗談、昔はそれしかなかったってだけだよ。ボクももう五百歳は超えたからねぇ、肉体労働はごめんだよ」
「風俗に行く元気はあるのにか……」
「それはそれ。さ、ボクを抱えてくれないか? 老いぼれの歩みじゃ日が暮れてしまう」
「まぁ、そもそも亀だし」
思ったより重い亀を持ち上げ、僕達は亀の案内通り砂浜を歩いて行く。
亀のいた場所からしばらく歩いた岩場まで来ると、そこで亀が「よし、ここだよ」と降ろすように指示してきた。
「ここに輸送用昇降機への入り口が隠されているんだ。そこのカモフラージュの岩を動かすスイッチがあって……そうそれ、それを押してくれないか?」
スイッチを萌木さんが押すと、突如地響きが鳴りだした。すると岩場の一部が海中へと沈み込んでいき、そこにコンクリートで整備された人工物の通路が現れた。
「おぉ、すごいな……!」
男の子的に興奮するギミックに、僕は眼を輝かせる。
「さて、行こうか」
亀の言葉に頷き、僕達はその中に入っていった。
* * *
「さて、萌木達は今頃竜宮城に向かってる頃か……言葉にすると余計意味分からんな。ったく、ロゼのやつも一度くらい連れて行ってくれてもよかったのに」
自室でくつろぎながら、草薙はこれまで趣味のショタ画像集めにいそしんでいた。竜宮城に関しては草薙も興味があったのだが、そのまま鬼ヶ島に行くらしかったのでこうして自宅待機をすることにしたのだった。
「暇だな、ジェイにちょっかいでも出すか」
スマホを取り出し、草薙はジェイのプライベート用携帯に電話する。
しかし仕事中なのか、通話が繋がらない。
なんだつまらんと口を尖らせていると、そこに別の人物から電話がかかってきた。
「遠藤? 何の用だ?」
とりあえず出てみる草薙。
「もしもし」
『もしもし草薙? 今どこにいる?』
「どこって、普通に家だが」
『家ぇ!? えぇ、じゃああれはやっぱり偽者? いやいやそんなわけ、でも草薙ならあんなマネ絶対しないし……』
「……話が見えん。ちゃんと順序立てて言え」
焦りの窺える遠藤の声に、草薙は落ち着いた声で説明を促す。
『えっと、私今買い物でショッピングモールに来てんだけど、途中の駅で草薙を見かけたのよ』
「アタシを? ただの似てるやつだろ?」
『いーや、そんなもんじゃなかったわよあれは……物心ついた頃から一緒の私が何回見ても、草薙としか思えないレベルよ? もしかして生き別れの双子がいる系?』
「だとしたらアタシがびっくりだわ……ん? でもお前が電話するってことは、そいつに話し掛けて何かあったのか?」
『そう! おーい草薙ーって話し掛けたの私。そしたらその草薙は振り向いて、「おー、遠藤か」って言ってきたのよ』
「……んん? ちょっと待てどういうことだ?」
『普通に草薙だったってこと。学校の話とか普通にしたし。私も何も思わず普通に話したわよ』
きな臭いというか、どうにも不気味な話にしか聞こえなくなってくる。
「ふむ……てっきり人違い扱いされて電話してきたのかと思ったが、どうやら逆らしいな。だがそれだと余計に、アタシに電話してくる理由が分からないのだが」
草薙が冷静に問うと、『そう! そこなの!』と遠藤はさらに声を大きくする。
『私達ちょっと話をしてそのまま別れたんだけど、その去り際に草薙が何したか分かる?』
「さぁ」
『草薙がだよ? あの草薙が、通りすがりのオジサマを口説きだしたのよ!』
遠藤の告げた内容に、草薙は「はぁ!?」とゲーミングチェアから立ち上がった。
「誰だそいつ!? アタシが中学生以上に手出すわけないだろうが!!!!!」
『そうよね、それが草薙よね……私そんな姿見て気味悪くて鳥肌立っちゃって、もしかしてドッペルゲンガーなんじゃないかって電話したのよ』
「なるほどそういうことか……アタシだって、お前がNL語り出したらまず偽者を疑うからな……」
遠藤の言いたいことを理解した草薙が深く頷く。
『それじゃあ、さっきのは偽者で間違いないってことよね?』
「ああ、私ではないのは確かだ。くそっ、気味悪い話だな――そいつはどこに向かった?」
『電車に乗るようだったわ。あれだと海側へ向かう方向』
「海か……」
ちょうどそっちに向かった二人組を思い出す。草薙には何故か、この話がよくない方へ転がりそうに思えて仕方なかった。
「ありがとな遠藤、アタシはちょっとそいつらを探してみる」
『探すって、見つけてどうすんのよ? ドッペルゲンガーなら草薙死んじゃうかもよ?』
「ショタコンと枯れ専、未来がある方なんて決まってるだろ?」
『初めて聞いたけどその理論。ま、草薙なら死なないもんね』
「そーゆーことだ、じゃな」
電話を切り、草薙はもう一度だけジェイにコールする。しかし、電話は変わらず繋がらない。
「くそっ、何やってんだあの変態」
舌打ちをしてコールを切る。
それから素早く外出の支度を調え、草薙は家を出た。
「あっ、草薙!」
そしてそこで、草薙はいるはずのない人間の姿を見た。
「な、お前ショッピングモールにいるはずじゃ――!?」
「? 何のこと? それよりさ見て見て! 新しく始まった少女漫画の男が格好良くてね! そんでこの主人公のヒロインとの関係性がたまらないのよ! 草薙も一緒に読まない?」
嬉々として少女漫画を語りだした親友の姿に、草薙は泡を吹いて倒れた。
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