7/5 「反重力力学少女と女装少年の詩-13」

 十畳程度の底面を鉄格子で囲った、武骨なカゴ。

 それが僕が竜宮城へ向かう昇降機のリフトに抱いた印象だった。通路を十メートルほど進んだ場所にあったその大きなカゴに乗り込むと、亀が床にはめ込まれたタッチパネルを口で操作する。ガタン、と小さな衝撃が下から突き上げてくる。

 しかし、リフトから感じた揺れはそれだけだった。そこから物凄いスピードで垂直に地下へと降下していく間、僕達は慣性すら感じない。これが異星人の技術力か……と僕は感嘆する。

 縦方向に潜ったリフトは、そこから横方向に進んでいく。聞こえてくるのは格子が空気を切る音だけで、壁面がどんどんと前から後ろへ流れていく。結局僕達がリフトに乗っていた時間は、ほんの二十分程度だった。


「はい到着。ようこそ、竜宮城へ」


 感情のこもってない事務的な調子で、亀が到着を告げる。入り口の格子が自動で開き、僕達はコンクリートで固められた発着場に降り立った。


「なんか、ここは竜宮城感全然ないな……」


 発着場の頭上は掘削された岩盤がむき出しになっており、そこにケーブルを繋いだ照明が取り付けられている。そして目の前には、大人が三人並んで歩けるくらいの通路があった。


「うふふ、それはこの空間だけ話よ~? ま~、こういう場所の方が落ち着くのも確かなんだけど」


 そして、その通路の入り口に立つ(?)者が笑う。

 それは確かに、昨日通話画面越しに見た姿をしていた。


「初めまして~、私が惑星オクトパ使節団地球分隊・星外知的生命体交渉部門・局長のロゼよ~」


 頭の高さは僕の腰ほどだけど触腕を左右に伸ばせばゆうに三メートルには達してそうな、赤っぽい肌色の軟体動物。それが今僕達の目の前で、触腕を振って歓迎の気持ちを示していた。草薙の言っていたように、確かに画面で見るよりもぬめっとしている。ロゼに続き、僕達も改めて自己紹介する。


杉山すぎやまリオです、今回はよろしくお願いします」

萌木萌々もえぎもえもえと申します。ご協力感謝いたしますわ」

『そして、僕はゾウ。今は少年のち○こで、触手モノは出されたら美味しくご馳走になる主義だよ』


 一人性癖の紹介をしていたような気がするが、もはや誰もツッコまない。


「オーケイ、リオ、モエ、ゾウね。諸々の説明は向かいながらさせていただこうかしら~。付いてきてちょうだ~い」


 粘液を引いて通路を進んでいくロゼの後ろを、僕達は粘液を避けるべく端に寄って歩く。


「今あなた達が乗ってきた昇降機は三十年位前に建造したものだけど、竜宮城そのものは七百年近い歴史を持っているわ~。私達のご先祖様が、地球で活動するために一番最初に構えた拠点ね~」

『驚いた、僕が生きてた頃よりもずっと前から宇宙人がいたのか』

「でも、ゾウは連続した意識で五百年存在しているわけでしょ~? そっちの方が私驚きだわ~。それで、私達の先祖がここで何をしていたかというと、生物としてのヒトについて研究していたらしいのよ~。分子生物学から、ひいては生殖行動までね~。地上から娼婦と男を引っ張ってきて、その行動を観察していたというわ~」

「しょう……!」


 つまりは、かつてここは風俗施設だったわけだ。

 ちらりと萌木さんの方を見る。萌木さんは特段意識した様子もなく、ロゼの説明を嬉々として聞いていた。萌木さんの性的な話題に対する異常なまでの寛容さは、いったいどこから生まれてくるんだろう……その精神が少し羨ましいと共に、そっちでは絶対に意識してくれない脈のNASA(←ここ宇宙ジョーク)に僕は項垂れた。


「ま、その研究自体は百年くらいで打ち止めして、後は月面裏側にある母艦への通信施設兼、海中活動船のドックとしての機能に改築されたらしいんだけどね~。今の竜宮城は、それがベースになってるわ~。ほら、見えてきたわよ~」


 通路を抜け、広い空間に出る。


「うわ……」

「すごい……!」


 その光景に、僕達は息をのんだ。

 頭上を覆う、透明なドーム。よほど深い海底にあるらしく、ドームの外には真っ黒な水が夜のように貼り付いている。しかしどのような技術なのか、ドームの中は全体が昼のように明るかった。

 そのドームに守られた空間に建造物が並んでいる景観は、街と呼んで差し支えなかった。人間の建築とはまた趣向の異なる、曲線の多いデザイン。積み重なる筒状の建造物や丸い入り口に、僕は蛸壺の山を連想した。


「さて、ドックに向かう前に少し説明しなきゃいけないことがあるから、本部に向かわせてもらうわよ~。ほら、乗った乗った~!」


 街に見とれているうちに、ロゼがいつの間にか車に乗り込んでいた。見覚えのあるデザインに、僕は車の後ろに回り込む。思いっきし「TOYOTA」のロゴがくっついてた。


「ここは普通に地球製なのな……」

「やっぱり日本の車が燃費がいいのよ~。ほら行くわよ~」


 亀に見送られつつ、僕達は四人乗り軽自動車の後部座席に乗り込む。ロゼが巧みな触腕捌きでエンジンを入れ、アクセルを踏み込む。

 ゆったりとした安全運転で、車はドームの一番奥に見える高い建物を目指して走り出した。

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