6/26 「反重力力学少女と女装少年の詩-4」

 父と父を乗せた飛行機がどうなったのか、知る者はいない。確かなのは発信ビーコンが鬼ヶ島に近付いた時点で消失したこと、本人も機体もいまだ見つかっていないこと、そして行方不明になってから一年後、戸籍上での死亡が成立したことだけだった。

 見つからないということは――もしかしたら父は今も、伝説に語られる鬼ヶ島でまだ生きているのではないだろうか? そんな一抹の希望を、僕はまだ捨てられずにいた。

 でも彼女は、僕の父を知らないという。


「――そっか」


 分かってる、とっとと諦めてしまった方が傷付かずに済んだことくらい。でも、そんなことできるわけないじゃないか。一緒に飛行機には乗れなくても、大好きな人だったんだ。


『あー、えっとその……大丈夫か、少年』


 さすがのこいつも、こういうときにふざけないだけの良識があるらしい。


「いいんだ。むしろ、区切りがついてすっきりしたよ」


 言葉の半分は本音だった。どっちつかずでぶらさげていた足が地に着いたように、胸をくだる何かがある。過去に踏ん切りをつける時が、きっと今なのだ。そして今向き合うべきは、この少女をどうするかについてだ。

 僕は気持ちを切り換え、現実に向き合う。


「そんで……もしウチで匿うとして、具体的にどのくらいとか考えはあるのか?」

『最終的にこの子が鬼ヶ島に帰るまで、としか言えないね』

「帰る? そんなこと言ったって、実際にあそこに行って帰ってきた人間はいないんだぞ?」


 それでは一生彼女を住まわせることになる。


『それはそれで、美味しい展開じゃない?』


 うるせぇ。

 一度はとぼけたゾウだが、声音を変えて『でも、君のその言葉は間違いだ』と返してくる。


『君はもう忘れたのかい? そもそも、何でこの子がここにいるんだい?』

「何でって、攫われてから逃げ出してきたんだろ……あ」


 ゾウに言われて、僕は自分の間違いに気が付く。

 彼女は攫われた。

 彼女は逃げ出した。辿


『そう。鬼ヶ島と外界を行き来することは、技術的に不可能ではないんだよ。問題はそんなことが可能な移動手段が、僕達に利用できるかどうかなんだ。あんな図体で空飛ぶ船、僕は他に見たことがない』

「空飛ぶ船か……」


 そんなものは世界史の教科書で見た「鳳凰丸」しか知らないし、それも絵図と多少の文献しか残っていないし、技術体系は全くもって不明のロストテクノロジーだ。同様の手段をとることは難しいだろう。


「私、鬼ヶ島に帰れないの?」


 僕達のやり取りを横から聞いて、少女は不安そうな顔をする。首をかしげ眉をハの字にしたその仕草に、僕はドキッとしてしまう。いかんいかん、僕は萌木さん一筋なんだ。


「まぁ、現状可能な手段はなさそうだね……」


 さてどうしたものか。

 打つ手無しと僕が別の解決策を考えようとする。


『じゃあしょうがない、次の手だ』


 するとゾウが、何か策があるとばかりにそう言う。


「どうするつもりだ?」

『僕の力を最大まで引き出せば、何か見えてくると思うんだ。あいにくお嬢さんはふたなりじゃないから、僕が依り代とするち○こが生えていない。どうにか下半身周りにぼんやりと存在しているけど、どうしても本調子とはいかないのが現状だよ』

「……何が言いたい」


 薄々察したが、僕は最後の希望にかけて尋ねる。

 そして、希望なんてありもしなかった。


『僕が、再び君のち○こに移るということだ』

「死ぬほど嫌だ! 嫌、だが……拒否したところで何も進まない……あーもう、最悪極まってるよまったく」

『まぁ、この子を鬼ヶ島へ返したら僕もおさらばするからさ。それまでの焦らしプレイだと思って』

「てめぇ拷問と吐き違えてねぇか?」


 とはいえ結局彼女といる間は、こいつと話さないわけにはいかない。少し我慢しておさらばできるなら、選択肢はそれしかあるまい。


「分かったよ、じゃあ移ってこい」


 そう言って、僕は目を閉じ両手を広げてやる。

 しかし、何かが入ってくるような感覚が一向に来ない。


『悪いが少年、分散した僕ならともかく、こうして憑依している状態の僕が別の人間に移るにはそんな無線接続ノータッチじゃ無理なんだ』

「何だって? じゃあどうするんだよ」

『なに、そんな難しいことじゃない』



『お二人さん、ちょっくら有線接続セックスしてくれないかな』

「「――――は?」」



 それはそれは殺意のこもった、お手本のようなハモりだった。

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