6/27 「反重力力学少女と女装少年の詩-5」

「なによ、私にこんなのとしろってワケ!?」


 彼女が自身の股間に怒りを飛ばす。そこまで拒否されるとちょっと傷付く。


『しょうがないんだお嬢さん。肉体接触による移行が一番確実で、なおかつ粘液接触が伝導率が一番高いんだ。古事記にもそう書いてある』

「快○天の間違いだろ?」

『って思うじゃん? でも事実快楽○の初代編集長も太安万侶なんだなぁこれが』


 まさかの奈良時代からだった。


『ともかくだ、一番確実で手っ取り早いのが少年のUSB Type-CChinChinをお嬢さんのアダプタに繋いでデータを抽送ちゅうそうすることなんだよ』

「なんで入れたの戻しちゃってんの?」

『ともかく、これが一番効率的なんだ。君たちだって、今から朝日が昇るまで舌を絡め合いたくはないだろ?』

「どこでそんな差がつくのよ……」


 二人であきれかえる。

 いやまぁ、僕だって男だ。そういうことに興味が無いわけではないし、相手がこんな美少女だとなればちょっと想像してしまう。しかしだ、なんかこうラブコメの流れでそうなるのと、こんな三流抜きゲーみたいな展開でそうなるのでは意味が違いすぎる。童貞には童貞なりのプライドがあるのだ。


『そんなに嫌か……』

「当たり前よ」

『後ろの穴でも?』

「なんで前後の問題だと思った?」

『困ったな、それだと残るはパンツ回線だけだ』


 なんだかまた不穏な言葉が飛び出てくる。


「何だそれは」

『そのままだよ、少年とお嬢さんでパンツを交換して、一晩くっついて寝るんだ。これなら肌と肌を重ねなくても大丈夫だよ』

「ずいぶん業が深いな……」

『しょうがないよ、作者の性癖なんだから』


 なんかとてもメタっぽい言葉を吐きつつ、ゾウは天秤に選択肢を乗せる。


『どうする? セックスか、パンツ交換か』

「いやまぁそこで比べるならパンツだが……いやしかし」


 僕は少女を見やる。

 殺意、って感じの表情をしていた。


「アンタ、そんなに私のパンツ穿きたいの?」

「アハハハまっさかそんなわけ」


 できるだけ興味がないですよ感を出して答えた。


「何よそれ、私のが汚いって言いたいつもり?」


 じゃあどっちを言えばいいんだよぉ!


「はぁ……いいわ、島に帰るためだもの」


 あっち向いて、と少女に押される。

 すると背後から、衣擦れの音が聞こえてくる。


「いいわ」


 そう言われて僕が振り向くと、彼女の手には一枚の布が握られている。

 水色と、白の縞模様。間違いなく、彼女が穿いていたパンツだった。

 つまり今、そのワンピースの下は――。


「……なにぼっーと見てんの変態、そっちもさっさと脱ぎなさいよあっち向いてるから」

「え? あ、ああ……」


 ええい、ままよ……!

 諦めた僕は、彼女に向こうを向いてもらう。

 ズボンを下げ、穿いていたパンツを脱ぐ。


「――はい」


 そうして僕は、彼女の手にそれを渡す。

 それは奇しくもゾウに取り憑かれる原因となった、あのピンクのふりふりのやつだった。

 自分の手に置かれたそれを、彼女はまじまじと見つめる。今目の前に縄があれば、衝動的に吊っているに違いなかった。

 飛んでくるはずの罵詈雑言に身構える。


「……へぇ、可愛いじゃない」


 しかし彼女の声から漏れたのは、ずいぶんと温和な言葉だった。


『解説しよう。お嬢さんは島育ちだから、男性用パンツという概念がないんだ』


 嘘か誠か怪しい情報をゾウが補足してくる。


「ほら、アンタも。穿き終わったら教えなさい」


 そして、少女が後ろ向きで僕に縞パンを渡してくる。パンツにはまだほのかに温もりが残っていて、それにどうにもよくない感情が湧き上がってくる。それをどうにか、理性とゾウの存在で押し込める。

 息を吐く。

 そして僕は、彼女のパンツを穿いた。

 すぐにその上からズボンを穿く。


「終わったわ」

「ああ、僕もだ」


 互いに振り向く。

 服の下に隠れては、見た目に変化もない。

 ただしかし、互いに互いのパンツを穿いているという状態について意識しないでいろというのは無理難題な話だった。多少前屈みになり、生理現象をできるだけ悟られないようにする。


『よし、そしたらこれをこうして……よし、回線パンツが繋がったよ。あとは朝まで、添い寝でもしてもらえば十分だ。それじゃあ僕はそっちに集中するから、後は二人で楽しんでね』


 そのまま、ゾウの声は止んだ。


「……はいはい、分かったよ」


 彼女は嫌がってる。ならば僕が、変な気を起こさなければいいだけだ。

 僕はベッドに倒れ込む。壁を向いて、できるだけ端に寄る。


「僕はこうしてるから、君は勝手に寝てくれ。大丈夫、寝相は良い方だから」

「……そう」


 目を瞑り固まっていると、シングルのベッドにもう一人倒れ込む感触がする。そして僕の背中に、背骨の硬さと他人の体温が伝わってくる。

 枕元のリモコンを手探りし、それで電気を消す。レースカーテンから街灯の明かりがぼんやりと入り込む部屋で、僕らは背中合わせで寝ていた。


「……そういえば、まだ聞いてなかった」

「なによ」


 彼女はその背中を少し揺さぶる。


「君の名前。ゾウもお嬢さんって呼んでたし、一度も聞いてない」

「……168番」

「何?」

「だから、名前」

「……」


 まさか、番号で来るとは思ってなかった。

 しかし僕もベッドで倒れ込んで疲れがどっと押し寄せてきていたから、その意味についてはあんまり深く考えたくなかった。


「しかし、それじゃ素っ気ないな。168番、168番……イロハ168とかどう?」


 短絡的な語呂合わせだけど、なんだか僕にはそれがしっくりときた。


「別に、好きに呼べば」

「分かった、じゃあ明日からそうする……ああそう、僕の名前は」

「知ってる。リオ。ゾウさんから聞いてた」

「……そっか」


 瞼が重たくなってくる。変な気を使ってたから、そっちの疲れもあるのかもしれなかった。


「君、空から落ちてきたとき浮いてたよね、どうやったの」

「別に……ただを使っただけ」

「へぇ……そりゃ、かっこいいや……」


 そのまま耐えきれず、僕は眠りについた。

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