6/25 「反重力力学少女と女装少年の詩-3」

「で――なんでまたお前がいるんだよ」


 母にバレないように二階の自室に少女を連れ込んだ僕は、彼女に取り憑いているそのかわいそうなのでは抜けないやつに事情を説明するよう命令した。ゾウのやつも特に反対することなく、「まぁ、こうなったら君を頼るのが一番だからね」と事の成り行きを話し始める。


「僕自身には、取り憑く相手を選ぶ能力はない。地球上にぼんやりと存在していて、男の娘になる才能を持った人間がショーツを穿いたとき、僕の分散していた意識はそこに集約されるんだ。そんな僕が君に対しての役目を終えて眠りにつき、次に目覚めたのがのここだった」

「ということはやっぱり……」


 彼女の体を見る。

 肩幅や腕の細さ。慎ましいながら、パットではなさそうな胸の膨らみ。

 そして何よりも踏みつけられる前に見たあの光景に、らしき膨らみはなかった。自分の体をまじまじと見られ、少女は怒りを露わにする。


「なによその変態の目つき、気持ち悪い」

「ああいやごめん、だって君に憑いてるそいつは」

『そうだね、本来は男にしか憑依しないはずだ』


 ゾウが憑いてるということで最初は疑ったが、どうにも彼女は本当に女の子で間違いないらしかった。

 そうと分かると、どうにもそわそわしてくる。なにせ僕は今、自分の部屋に銀髪の可愛い少女を連れ込んでいるのだ。夜な夜な萌木さん相手で妄想していたシチュエーションがこうして見知らぬ少女相手に成立してしまった不思議さが、現実感を失わせる。

 ――ゾウこいつがいる限り、絶対に変な気持ちにはなれないが。


「確かに、初めて話したときにそう言ってたわね」

『そうだね、理由については、僕にも分からないけど』

「というか、なんでお前は僕と話せるんだよ?」


 以前取り憑かれていた時には、こいつがどんな下ネタを叫ぼうが決して周囲の人間に聞こえることはなかった。それなのに今は、彼女に取り憑いているはずのゾウは僕と話ができている。


『いや、これが元々の僕なんだ。君に取り憑いていた時は記憶喪失で、能力のほとんどが使えない状態になっていたからね。それで他者に話し掛けることができなかった。そりゃあ僕だって、話せるものなら君のクラスの女子に卑猥な言葉を語りかけたよ』


 記憶喪失で助かったと心底思った。

 猥談を始めるゾウに、少女は俯きその白い頬を赤くする。おいこの野郎、どうしてくれんだこの空気。


「ったく、君は嫌じゃないのか?」

「嫌、って何がよ」


 少女は不機嫌そうに僕を睨む。


「そんなやつにずっと話し掛けられたら、普通嫌だろ」

「確かに、ゾウさんは時々変なこと言う。けど――」


 少女はぐっと、ワンピースの生地を握る。


「ひとりよりは、ずっとマシだもの」


 彼女の言葉の意味が分からず、僕はぽかんとする。


『……すまない、お嬢さん。少し少年に事情を説明するから待っててもらえないかな?』

「ゾウさんが言うなら、分かったわ」

『すまないね――よし、ここからは少年にしか聞こえないよ』


 そうしてゾウは僕に、詳細な経緯を教えてくれた。


  * * *


 ゾウの意識が覚醒すると、そこは暗闇だった。

 すぐに、ゾウは事態の異常さに気が付く。

 いつも魂を落ち着かせるはずの、ち○こがそこにないのだ。


 これは、いったいどういうことだ。


 ゾウはまず視点を俯瞰のものに切り換え、自分がどのような相手に憑依したのかを確かめた。そこでゾウは驚き、耳を大きく広げた。

 紛れもなく、憑依した相手は少女だった。

 さらに気が付いたのは、少女のいる空間の異質さだった。

 裸吊りの電球に照らされるそこは、ベッドと簡易トイレが一つあるだけの、まるで囚人を入れるような部屋だった。四方がアルミの壁に覆われ、空調の音だけが響くような、あまりにも無機質な空間。

 そのベッドの上で膝を抱える少女こそが、ゾウが今回憑依した相手らしかった。


  *  *  *


『簡単に言うと、この子は何者かに捕らえられていた。そしてその飛行船上から、飛び降りて退散してきたというわけさ』

(飛び降り――はとりあえず置いといて。捕らえれていたっていうのは、もしかして誘拐ってことか?)

『要はそういうことだね。しかし今回、どうにも状況が混み合っている……なによりも奇っ怪なのは、彼女が元々いたところだ』


 まぁ確かに、こんな銀髪の、体が発光するような少女が普通のところから出てくるわけではないだろう。

 そう身構えた僕の予想を、ゾウの答えは易々と越えていた。


『彼女は、鬼ヶ島から連れ出された』

「お、おおおお鬼ヶ島!!!???」


 想像の斜め上から突き刺さる言葉に、僕は思念でゾウと話していることを忘れて大声を上げる。

 いきなり叫んだ僕に少女は驚いた。


「なによいきなり! びっくりさせないで」

「あ、ああ、ごめんなさい……」


 そう返したものの、僕の視線はどうしても彼女から離れなかった。


 この子が、鬼ヶ島から。


 それはつまり、鬼ヶ島に住む人間がいることではないのか?

 ということはもしかしたら、もしかしたら――。


「ねぇ、君。君は、本当に鬼ヶ島から来たのかい?」

「……なによ、ゾウさんから聞いたんでしょ? 二度手間かけさせるつもり?」

「そういうわけじゃないんだけど……ひとつ聞きたいことがあるんだ」

「はぁ、いいわ。聞きなさい」


 君は……僕の、父さんのことを。


「――杉山来人らいとという男のことを、知らないか?」


 幾ばくかの沈黙。

 少女は無表情で僕の顔を眺めた後、


「さぁ。私以外の人間、見たことないから」


 そう、僕に答えた。

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