5/26 「棒 オンライン-1」
木漏れ日によって柔らかに照らされる、深緑の森。
地面を苔と背の低い草に覆われ、ところどころに朽ちた老木が横たわっているその光景は、ぱっと見ただけではただの陽樹林に見えるだろう。
しかし、少し知識のある人間ならばそのおかしさに気付くことができる。
シラカバの木の周囲に生えるのは、ブナにカエデ、クリ、サクラ……森のどこを切り取っても、同じ種の樹木が密集して生えているポイントが存在していないのだ。
どうして、そんなことが起きているのか――。
その理由は、極めて単純だ。
直径が二メートルはあろうかという大きな切り株の上に、突如光り輝く魔方陣が形成される。その中心に柱のように燐光が輝くと、切り株の上に一人のシルエットが浮かび上がってくる。燐光の柱が綻びほどけていくにつれ、その人間の姿はより鮮明になってくる。
現れたのは、色白な少年だった。
森の中を安全に歩くための厚手の靴とレッグガードをはき、上にはエスニックな装束を身に纏っている。金の短髪は地毛らしい綺麗な色合いをしており、あどけなさの残る丸い輪郭の中に、透き通った碧眼が輝く。
魔方陣が消失し、少年は切り株の上から苔に覆われた地面へと降りる。すると向こうから、一人の男が少年の方に向かって走ってきていた。
男は全身を銀に輝く甲冑に身を包み、顔には褐色の肌の上に赤や白の塗料でラインを引いている。部族的な要素と、中世の騎士的な要素が不思議に組み合わさった姿だった。
二人は相対する。
そして、ほぼ同時に口を開いた。
Nagi:「こんです」
J:「こん」
なぜ、この森の木々は不可思議に生えているのか。
それはひとえに、ここがゲームの中だからであった。
* * *
自室のモニターを眺めつつ、草薙はゲーミングチェアに座ってコントローラーを握っていた。マイク付きのヘッドホンを着け、草薙はボイスチャットの回線をオンにする。
「で、今日は何戦くらいやる? 一時間だとやれて二戦だけど」
『ま、そんなところだろう』
ゲーム音声と混ざって聞こえてくるのは、ジェイこと
ショタコンの女子高生と、世界を股にかける自分が狙撃したものでしか抜けない殺し屋。そんな遠い世界で暮らす二人が出会うきっかけとなったのが、今プレイしているオンラインゲームだった。
『棒 オンライン』
これは、二年前から日本の同人ゲームサークルが販売している対戦ゲームである。同人とはいえそのクオリティは大手企業にすら比肩するもので、圧倒的グラフィック、そしてそのゲーム性の高さが人気となり、グローバル版は全世界五十万人のアクティブユーザー数を誇る。
その中でも草薙――プレイヤーネーム〈Nagi〉は日本版配信直後から最上位レート帯に常駐する、界隈で名を知らない者はいない存在である。運営公式によるトーナメントバトルでも第一回から直近の第七回まで全てで国内ベスト4以上に残っており、世界大会でも二度チャンピオンとなった、トッププレイヤー中のトッププレイヤーである。
そしてジェイ――〈J〉もまた、レートこそ不安定だが第六回の公式戦で世界大会4位入賞を果たした猛者だ。二人は互いの実力を認め合う仲であり、知り合って一年半が経つ今でも定期的に一緒にランキング戦に潜っているのである。
因みに今二人がいる森は、〈J〉のマイフォレスト――このゲームにおけるマイルーム的なもの――だ。自分好みに拡張し森をカスタマイズすることができ、グラフィックの鮮明さもさることながら、生物学的にも追求し尽くされた樹形などの特徴は樹木クラスタからも高い評価を得ている。
「じゃあとりあえず、いつも通りタッグ戦行きますか」
「そうだな……スタイルはいつも通りか?」
「んや、今日はちょっと試したいことがあって、加護ちょっと下げて速度に振ってる」
「分かった。俺の方はいつも通りだ」
「オーケイ」
二人は草薙が入ってきた切り株に向かう。
切り株の上に乗ると、プレイヤーの画面にバトルへの移行アイコンが表示される。
草薙はそれを選択し、再び燐光の柱の中へと消えていった。
〈続く〉
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