改札を抜けたら、CG人間だらけの世界が始まりました。

@blanetnoir

新幹線の改札を出た瞬間、ルールの分からないゲームへ放り込まれたような景色が目の前に広がった。



周りには人混みの再現CGのように顔の見えないたくさんの人型シルエットが、東京駅構内の雑踏の中を歩き回っている。


この場所で私はたった一人、驚きのあまり立ち尽くしている。



生身の人間の姿は誰もいない。

歩き回っている全てがCGの人だった。



目線だけであたりを見回した。

丸の内側へ向かう通路の景色や、京葉ストリートの売店の景色以外は、なにも、ピンとこない。


そもそも、なぜゲームだと思ったのか、その感覚がどこから来たのか分からない。

現実離れした眺めに驚いて、現実逃避した思考になっているのかもしれなかった。



地元を離れて、東京での生活を始める

第一歩目の今日、

新幹線を降りて、ホームから改札に向かうまでは、ありきたりな景色だったのに。

ひとりになって、新生活を始める緊張感から脳がおかしくなったのだろうか。

本当に、気が遠くなりそうだった。



まさか私までCG化してはいないだろうな、そう思い両手を見れば、そこには生身の掌があった。指をにぎにぎと曲げ伸ばしすればスムースに動く。爪を皮膚に食い込ませるようぐっと握り込めば普通に痛い。


私はCGではなかった。


手の感覚を確認しながら、今度は自分の頬に触れてみた。サラリとした手触りで、摘めば普通に頬の柔らかい感触だった。

後頭部も、丸みのあるカーブが掌にフィットし、指の間を髪が流れていった。

そういえば自分は癖毛のショートヘアだったと、触りながら先ずは当たり前の感覚を取り戻しいてく。



“動かなければ。”

本能がそう言っている。

何にせよ、動かなければ、何も始まらない。


立ち尽くしていたところから、

1歩を、踏み出した。

動き出すと、状況が変わる。

1歩分、景色が変わる。

その移動分の誤差で、CGの1人がぶつかってきた。


鈍い痛みに体が揺れる。

ぶつかってきた相手を見た。

顔の見えないぼんやりした影は、うーんと呻きながらぶつかった部分を押さえている。

シルエットだけでも、痛がっている様子は伝わってきた。


「ご、ごめんなさい」


そういって咄嗟に相手の肩へ触れた。

その瞬間、CGがブワッと分解され、

表情の見える、人の姿が現れた。


痛みに眉をしかめた相手と目が合う。

「大丈夫です、失礼しました。あなたは大丈夫ですか」

模範的な返事をかえしてきたのは、ビジネスマン風のスーツをきた、若い男だった。

くそっという心の声が聞こえてくるような眉間に皺のある表情だった。

相手の顔が見える。

たまらなく、安心した。




自分は手を離して、お互いに頭を下げて、別れた後も、彼だけはCGに埋もれず姿が見えていた。

まるで彼と自分の物語のように、自分は彼しか認識出来ず、彼以外は誰とも認識のしようがなかった。




再び雑踏の中に立ち尽くした。

彼の背中が見えなくなって、

行き交う人がまたもCGだらけになって、

だけど段々それにも目が慣れてきて、

ふと、気付く。



CG化されていることを意識しなければ、

これは今まで見ていた景色とさほど変わりないんじゃないか。



相変わらずルールが見えない状況だけど、

もしこれが、ゴールを目指す競走か何かで、

ヒントを得るために誰かを求めるなら、

自分から誰かに触れに行かなければならないんだと、



当たり前と言われればそれまでの事を、

圧倒的な無言圧力で示されているんだという気がした。




表面的には顔が見えていることで

相手が見えているような気になっていたことに気付かされて、


「…寧ろ見える化していて、丁度いいんじゃないか」


強がりでなく呟いて、

改めて1歩を、踏み出した。

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