第23話 ジゼル

不死鳥が転じた紅蓮の巨剣の放つ灼熱のプレッシャーに、臆病風に吹かれたように攻めあぐねている【アーリーゴブリン】。

モンスターの態度に少女はどこか呆れたように肩をすくめた。


「ふぅん、来ないんだ。だったら――こっちから行ってあげるわよ!」


振り薙いで肩に担ぐや否や、一足飛びにゴブリンとの距離を詰めた。

空を割り断つ剣を、頭上に構えた肉切り包丁で受け止める【アーリーゴブリン】。


「反応はいいじゃない。でも、それだけね」


翼刃はゴブリンの武器など意にも介さず、包丁をへし折って頭部に食い込んだ。

そのまま喉元まで切り裂いたところで銀色の両手が刃を掴んで力づくで止めた。


「あれで致命傷じゃないのかよ!?」


頭を叩き割られてもまだ動くのかよ、あのゴブリン!


「致命傷でもワンアクションが出来る≪苦痛耐性≫ってとこかしら。次からは心臓を狙ったほうが良さそうね」


冷静に観察した少女が、柄に手をかけ勢いよく引き抜いた。

刀身がスライドし、赤熱する内部構造を露出させる。


「燃え上がりなさい、フェニー!」


身体の内部から膨れ上がった炎に身を焼かれる【アーリーゴブリン】。

爆熱に刃を受け止めていた手が緩まった一瞬を見逃さず。


「やああああああああああッ!」


その炎を赤刃に纏わせて、少女はゴブリンを両断した。


『――!』


容易く仲間を切り裂いてみせた彼女の姿に、ゴブリンたちは即座に学習したらしい。

少女の間合いから離脱しながら、銃撃を繰り出してくる。


「フォームシフト――」


軽やかなステップで回避、側面の樹木を蹴り飛ばして宙へと踊った少女の大剣が赤い光芒を放つと、中央から二つに割れる。

手首のスナップで柄を跳ね上げるのと、刃が折りたたまれ銃口が出現したのは同時だった。


炎双銃フレイムバレット!」


トリガーガードに指をかけて、回転させた二丁拳銃がゴブリンたちを射程に捉える。

男のツボをこれでもかと刺激する可変武装に、俺の胸はキュンキュンしてどうしようもない!

フェニック・ってこういう事かよ、ありがとうございます!


「弾幕合戦なら、その程度じゃ勝てないわよ!」


銃口から射出される火球はその言葉の通り、二匹の銃撃を上回る連射力で銃弾を焼き払い、【アーリーゴブリン】へと殺到。


『!?!?!?』


鈍色に光っていた表皮を焼き潰し、また一匹沈黙する。

すげぇ、あっという間に二匹倒しちゃったよ。


「フォームシフト――赤翼刃ウィングブレード!」


着地するなり、剣へと結合させた武装を担ぎ上げ、残った一匹に肉薄する。

機関銃から武器を切り替えるスピードよりも速く、大剣が【アーリーゴブリン】の胸部に突き刺さる。


「浅かったみたいね」


紫電を迸らせてもなお抵抗しようと、銃口を突き出した【アーリーゴブリン】を睨み付けた少女は、グリップを強く握りこんだ。

大剣が肉を裂いて上下に展開、内包されていた二つの銃口が開かれる。


「シュートっ!」


零距離の射撃が【アーリーゴブリン】を打ち抜いた。

地面を抉りながら吹き飛んでいくゴブリンは、膨張し、火花を散らし、最後には爆散した。

それは少女の勝利を称える祝砲だった。


「ふふんっ」


爆炎を背に残心を決める姿を、俺はこれ以上ない胸のトキメキと一緒に網膜に焼き付けた。

ゴリゴリのスーパーロボット顔負けの戦い方は俺としては100点満点あげてもまだ足りない。

特に英雄シリーズをたしなんでいる俺としては7兆点を与えても余りある――。


『―……―……』


不意に肌が泡立った。

ハチの巣にされたゴブリンが、ガトリングを少女にロックオンしている。

こいつ、あれでまだ死んでないのかよ!


「≪カバームーブ≫ッ!」

「え、ちょ――!」

「悪い!」


ドヤ顔を一瞬にして驚愕に歪めた少女との距離をスキルで詰め、自らの身体を楯とする。

鉄砲玉とは思えない重撃に、回復したてのHPが物凄い勢いで削られていく。

それでも一瞬あればこの子はやってくれる、そんな漫然とした信頼があった。


「もう!しぶとい!」


事実、少女は大剣を素早く投擲し、見事ゴブリンの頭部にクリーンヒットさせた。

数度痙攣し、爆発四散したゴブリンは今度こそ殲滅された。

戦闘が終わったことに、俺はほっと胸をなでおろした。


「アンタ馬鹿じゃないのっ!?」

「どわっ!?」


耳元から突き上げられるような怒声に、俺は思わず尻餅をついてしまった。

命の恩人である少女が目を吊り上げていらっしゃった。


「アンタ【楯使いシールダー】なのに、楯を持たないで≪カバームーブ≫使うってどれだけ間抜けなのよ!」

「あ、え、はい……でも、ほら、生きてるのでセーフってことで」

「そういう問題じゃないのよ!」


怒声につい敬語になってしまった俺の顔面目掛け、背伸びした少女がガラス瓶をダンクした。


「いだぁッ……くない?」


思わずのけぞってしまったけど、銃で撃たれた痛みが消えている。

ステータス画面を見れば、HPどころかSPまで全快している。


「〈エリクサー〉なんだから、当然でしょ。痛いどころか、万全になったんだから」


確かそれってグラファイトも使っていた万能薬だよな。

【BW2】最高峰の回復アイテムってアズが解説してくれたっけ。


「いいのか?」

「いいの、聞き返さないで!……その、楯もなしに庇ってくれたし、そのお礼だから……」


腕を組んでそっぽを向いた少女。

その頬が朱色に染まっているのは夕日のせいじゃないだろう。

素直じゃない言い方にくすりとしてしまった俺を、彼女は指差して非難する。


「大体その〈エクスマキナ〉のボディをもうちょっと労わらないから私は怒ってるのよ!折角のマッシブなボディが泣いてるのよ!」


……おや?

なんだか既知感デジャヴ


「何よその表情。いいわ、分かってないなら私が教えてあげるわ」


得意げな顔で胸を張った少女は滔々と語りだした。


「〈エクスマキナ〉に貴賤はないのは当然だけど、そのシリーズはあえて、あえて称するなら高貴!ノーブルなの!」


ああ、なるほど。


「角ばった装甲の先端がわずかに丸まっている遊び心!動くたび、二色のラインを空に描いていく!それは言うならば、白という色を伴侶にして、蒼白の月明かりの下で踊るプリンス!」


俺は胸が高鳴るのを抑えられなかった。

瞬きすら忘れて、彼女を見続けた。


「まったくこんなのも分からないんだから、なんちゃってロボット好きは困るのよ!『英雄剣豪パラディオン』って作品をおススメしてあげるから、さっさとログアウトしてぶっ通しで見て勉強しなさいよね!」


俺を指差し、彼女は鼻を鳴らした。

背格好は小学生ほどで、ともすれば威圧的にしか聞こえない言葉と所作には何の嫌味もなく、只々己の好きを吹き上げていた。


「ぁ……」


見る見るうちに少女の顔が夕暮れよりも真っ赤に染まっていく。


「あのさ」

「違っ!これは……あの……忘れ、うぅー!うー!」


手を振り回し暴れだした彼女の手をそっと受け止める。

いや、取ったと言っていい。


「ロボット、好きか?」


彼女の熱を感じたからこそ得た確信をもって、この言葉を投げかける。

彼女は戸惑ったように口を結んだのも一瞬、食い気味に答えた。


「好き――大好き!」


ド直球の告白が木々を、そして俺の胸をざわめかせる。

やっぱりだ。

この子は俺と同じか、もしくはそれ以上のロボット馬鹿だ。

リアルではなく、【BW2】という広大なヴァーチャル世界で、自らの好きを公言できる人に出会えるなんて。

しかも、嘘が付けないくらいにロボットを愛しているなんて偶然を通り越して、運命だ。


「ああ、分かるぞ。俺も、俺も大好きだからッ!!」


同好の士である以上、飾った言葉はいらない。

ただ想いの丈をぶつければ相互理解は可能なのだ。


「ア゛ン゛タ゛も゛な゛の゛ね゛ーーーーーー!」

「まさか!まさか俺と同じだなんて奇跡だ!」


抱き合う俺たち。

しかし、この出会いに涙は不要。


「俺はヒュージだ」

「ジゼルよ。よろしくね、ヒュージっ!」

「ああこっちこそだぞ、ジゼル!」


清々しい充足感に満たされながら、俺と彼女――ジゼルは涙を拭った固く握手をし合う。

晴れがましい気持ちで見つめた彼女の赤い眼は、沈む夕日よりもなお紅く映えていた。

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