第22話 赤い翼とバイクと少女
道を塞ぐ三匹のゴブリン。
頭上のモンスター名とレベル表示から、俺が倒した【アーリーゴブリン】と同じなのは間違いない。
「でも、こいつらは……」
先日倒した奴とは違う点、それは全身をほぼ銀色に覆われていることだった。
鎧甲冑を着ているんじゃない。
肉体そのものが鈍く光っているんだ。
まるで無機質な金属みたいに。
『……』
ゴブリンたちは攻撃を仕掛ける様子もなく、ただじっと俺を見ている。
生気を感じさせない黄色の双眸の視線に晒されていると、どうしようもなく胸がざわついてしまう。
「考えたってしょうがないよな」
この道を通らなければ、目的地まで到着しないのだからやることは一つだ。
「押し通る!」
駆け寄り、全力の掛け声とフルスイングの鉄拳を顔面目掛けてお見舞いする。
「痛ぇ!?」
まるで鋼でも殴ったかのような衝撃に右手が痺れる。
道理でぶら下げた斧で迎撃しようとしないわけだよ!
『?』
「今何やったの、みたいな反応するなよお前……」
マジで生きてるのかよ、このゴブリンども。
小首をかしげていた【アーリーゴブリン】の目が怪しく光った瞬間。
『――!』
ゴブリンが攻勢に転じてきた。
ハエでも振り払うような無造作な動作に反応が遅れる。
「≪アイアンクラッド≫!」
スキルをキャストし、辛うじて両腕で斧を防いだ。
「ぐあッ!?」
それなのにゴブリンの攻撃は容易く防御を貫き、足裏のフックを出す間もなく俺は背後の木まで吹き飛ばされてしまった。
「嘘だろ……重すぎるぜ、その攻撃……!」
楯がないことを抜きにしても、【アーリーゴブリン】の攻撃は強力だった。
一撃で150以上のHPが持っていかれるなんて。
【シャドウパンテーラ】でさえ10ダメージだったのに。
「お前ら、本当にレベル6かよ……っ!」
『――!』
音もなく迫った小鬼の一撃を転がって回避する。
銀光が横に走り木を、数秒前まで俺の首があった場所を両断する。
『『!』』
次に動いたのは微動だにしなかった残りの二匹であり、俺は奴らの行動に肝をつぶした。
斧がぐしゃりと潰れて、変形。
両手に再構築したそれはまるで。
「マシンガンかよ……!」
二体の砲口が同時に火を噴き、地面を、木々を、雲すらも削りちらし始めた。
慌てて側転して弾丸の雨から逃げる。
『――!』
だというのに、斧を持ったゴブリンは火線の中を突っ込んできやがった。
フレンドリーファイアなど関係ないと、撃たれても痛みは感じないというように俺へと肉薄してくる。
「だった、らぁ!」
バックステップで回避し、続けざまに俺は力任せにゴブリンの斧へと蹴りを放った。
横面を叩かれ、斧が草むらに消えていく。
得物がなければこっちのもの、
「がぅ――」
直後、俺は吹き飛ばされていた。
「ぐあああああああっ!」
地面に叩きつけられ、バウンドし、再度地面に倒れ伏してようやく止まった。
HPがイエローゾーンに突入したことで、アラーム音が鳴りだした。
「一体どうなってるんだよ……!?」
俺は確かにアイツの武器を蹴り飛ばしたはずなのに、ゴブリンの手にはハンマーが握り締められていた。
「モンスターがイベントリからアイテムを取り出したって言うのかよ……!」
考えることは許さないと、背中を【アーリーゴブリン】が踏みつけた。
「テメェ、その汚い脚で踏むんじゃないよ……!」
『――!』
格下のゴブリンの膂力が、脱出も与えない拘束となって地べたに俺を縫い留める。
俺の精一杯の抵抗も無駄に力を消費するだけだった。
『――』
ハンマーと俺とを見比べたゴブリンの武器がまた捻じれ変化する。
肉切り包丁のような分厚い刃は確かに〈エクスマキナ〉の身体を切るのに最適だろうな……!
くそ、初デスペナルティがゴブリンだなんて――!
その時、迫る刃とは別の風切り音が耳を打った。
『!?』
【アーリーゴブリン】が突然火だるまになった。
視線を移ろわせた茜天の彼方で、赤い光点が瞬いたように見えた。
『!?!?!?!?』
全身を炎で焼かれ、俺を押し留めていた足から力が抜けた。
チャンス!
「いつまで踏んでるだよテメェは!」
力を振り絞り、ゴブリンの束縛から逃げ出す。
そのまま転がり、尻餅をつくように座り込んだ俺は不意に気配を頭上を振り仰いだ。
「なっ」
獣の咆哮の如くエグゾースト音を轟かせ、俺を飛び越える真紅のバイク。
ヘッドライトが銀色の小鬼を照らした刹那、前輪がゴブリンを削り飛ばした。
先ほどの俺のリプレイのように、今度は奴が地面をバウンドしていく。
「うお!?」
呆気にとられる俺の目の前で土を捲り上げ、土煙を巻き上げたバイクが停止した。
灼熱する太陽のように真っ赤な重装甲に俺は言葉を失って、見とれていた。
「【サンディライト】にも、〈エクスマキナ〉がいるのね。初めて見たわ」
俺は声のする方向にのろのろと目線を合わせた。
鉄塊が動いているかのような超重量の機獣に跨っていた人物に、俺は今日何度目ともなる驚きに息を詰まらせた。
「……え」
ローズグレイの髪に、気の強そうな双眸。
濃紺の陸軍型の軍服は、ミニスカートにキュートにアレンジされている。
膝まで届きそうな髪を首の後ろでシュシュで束ね、見事なポニーテールとしていた。
重圧な乗騎とは対照的な、小柄な女の子が俺を見下ろしていた。
「アンタ、ポーション持ってる?」
「え、あ、ああ」
「そ、なら回復しときなさい」
ぶっきらぼうに告げた彼女がバイクから飛び降りる。
バイクとの対比もあるだろうけど、やっぱり小さいなこの子。
130ないんじゃないか、身長。
「アンタ今小さいって思った?」
「いえ滅相もない」
なんて勘の良さだ。
口に出してないはずだろ、俺。
『――!』
炎を振り払った【アーリーゴブリン】の敵意に意識が引き戻される。
アイツめ、バイクで轢かれたのにぴんぴんしてやがる。
ポーションで一先ずの窮地を脱した俺を制するように、彼女が掌を突き出した。
「怪我人はそこで見てなさい」
「けど、」
「ステゴロでぼろ負けしてたの、私見てたんだから」
うぐ、そう言われてしまっては立つ瀬がない。
「それでいいのよ。武器もないんじゃ、コイツらの相手は出来ないんだから」
大人しくポーションを使って回復に努める俺を一瞥し、彼女は三匹の【アーリーゴブリン】へと向き直った。
「まさかこっちまでお散歩なんて。思ったよりも事態は深刻なのかしら」
『――!』
ゴブリンたちの武器が変形、機関砲へと変化して少女の呟きをかき消すように銃弾を打ち放った。
しかし彼女は臆することなく、それどころかポニーテールを余裕たっぷりに払う。
「そろそろ戻ってきなさい、フェニー」
瞬間、空から火球が落ちてきた。
雲にも届きそうなほどに高々と火柱を吹き上げ、銃弾を根こそぎ焼き尽くす。
俺が炎の熱さに圧倒されたのも一瞬。
火柱が砕け、周囲に赤い光を噴き散らせ、中から予想外のシルエットが誕生した。
『Kyuiiiiiiiii!』
この世の赤を凝縮した燃え盛る深紅の棘だったボディ。
太陽を覆わんとするほどに巨大に広がった両翼。
俺の白いボディを黒く焦がしてしまいそうな圧倒的な熱量。
機械仕掛けの不死鳥が君臨する。
「行くわよ、フェニー」
『Kiiiiiiii!』
少女の手に炎が逆巻く。
凝縮され、バスケットボール大に膨れ上がったそれを頭上に放てば、魔法陣の如き焔陣に変貌する。
さしものゴブリンたちも少女を妨害しようと武器を構えるが、不死鳥に阻まれ叶うことはなかった。
「
高らかな宣誓に合わせ、機械の鳥が炎陣を潜り抜ける。
その真紅の姿が炎を浴びて磨き上げられ、形を変えていく。
「――
炎の魔法陣を切り払い、彼女の手に武器としての使命を得た不死鳥が招来した。
彼女の1.5倍はあるだろう、巨大な赤い巨大剣。
陽炎のような熱波を軌跡として残し、その切っ先がゴブリンたちに向けられる。
「さあ、これで準備万端よ。三匹まとめてブッ飛ばしてあげるから、かかってきなさい」
身の丈以上の赤刃を軽々と振り回す姿に、俺は自分でも驚くくらいに胸を高鳴らせていた。
だってそうだろ。
「ゲキアツかっけええええええええええええええええええええええ!」
まるで、スーパーロボットの武器さながらの迫力に俺としたことが語彙を失ってしまった。
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