第21話 説明書はよく読みましょう

クランマスター襲撃に失敗した俺は、2人と別れ【サンディライト】北部への街道を進んでいた。

乗馬の経験がないから落馬するんじゃないかとひやひやしていたが、杞憂だった。

ルルねぇの言った通り、よっぽど身を乗り出さない限り鞍から落ちる心配はいらなかった。


「ハイヨー!」


一度は言ってみたい台詞ランキング上位の台詞と共に手綱を手繰り、坂道を駆けあがる。

テラ美さんの安楽椅子ほどの速度は出ていないが、それでも二日もあれば最北端まで到着できそうだ。


『!!』


そんな俺の思いとは裏腹に、乗用馬が身を震わせた。


「っと、モンスターか!」


飛び降り、クリスタルに馬を収納させ楯を構える。

飛び出してきた緑色の小鬼【アーリーゴブリン】とのタイマンが繰り広げられた。

モンスターが度々飛び出してくるが、ダンジョンほど集団で出てこないので2ケタレベルの俺でも片付けることが出来ていた。


「こういうのさえなければノンストップで進めるんだけど、なっ!」


≪シールドラム≫の一撃が【アーリーゴブリン】の腹部を貫き、消滅させる。


「馬で踏み潰せれば楽なんだけど。なぁ?」


水晶から呼び出した馬は、俺の問いを馬耳東風と聞き流していた。

ちなみに一度、戦闘に入ったらどうなるのか興味本位で試してみた。

敵に怯えた馬は暴れだし、俺は見事に鞍から振り落とされた。

しかも、首から行ったもんだから死ぬほど痛かったし。


「あの時は周りに人がいなくて助かったぜ」


見られたら羞恥心で白いボディが赤くなっていたことだろう。

ヤバい、思い出したらまた首がズキズキしてきた。


「もうすぐ一つ目の町だ。そこで一度休憩するか」


馬にまたがり、街道を疾走する。

風を切る感覚は気持ちよくて癖になりそうだ。

リアルでも乗馬に挑戦してみようかな。


「でも、こっちの俺はロボットだしな。無機物が有機物に乗っかるのってどう思うよ」

『……』


何も考えていなさそうな目が、俺を一瞥した。





一つ目の町、二つ目の町と順調に進んできた。

日が沈む前に三つ目の町にたどり着くつもりで馬を走らせてきたが、ここで思わぬトラブルが俺を阻んだ。


『grrrrr!』


全身が闇のような黒毛で覆われたヒョウのモンスターが行く手を阻んだ。

【シャドウパンテーラ】レベルは25。


「名前からして妙にボスキャラっぽいなぁ、こいつ!」


因みに、≪シールドラム≫一発で沈んだ【アーリーゴブリン】は6レベル。

夜に近付いたから、モンスターのレベルも上がったのか?

などと考えてた瞬間には、ヒョウは目の前に迫っていた。

こいつ速ぇなおいッ!?


「あぶねぇ!」


楯で辛うじてキャッチ成功。

そのまま押し飛ばしてやろうと、楯を大きく振り払った。


『!』


四肢を柔軟にしならせた黒ヒョウは木陰に着地する。

唸り声を上げて身を低くした瞬間――俺は奴を見失った。


「消えた!?」


驚愕をそのまま声に出すのと同時、背後の木々がざわめく。

反射的に防御姿勢を取った楯に、奴の牙が突き刺さる。


『gigigigi!』


嘲笑うようなうなりを残し、楯を蹴り飛ばした【シャドウパンテーラ】は再び木陰に飛び退いて気配を消した。


「このっ……厄介だな!」


次々と死角からの攻撃を繰り出す【シャドウパンテーラ】。

攻撃力は弱体化していたグラファイトよりはマシって程度で、大きく削られることはない。

だが、あの闇のような体毛が保護色になって視認性が最悪だ。

このまま長引かせると、日も完全に沈んで発見は無理だろうな。

一気に決めるとしよう。


「グレイシャライズ!」

【リアライズ開始】


黒ヒョウを払いのけた大楯から、黄昏の薄闇を吹き飛ばす蒼い光芒が走る。

楯に氷を纏わせ、二度目の使用となる≪氷晶練成グレイシャルモード≫が起動した。


「グラファイトと戦った時は教えてもらったようなもんだからな、これが初運用だ。相手してもらうぞ!」

『wooooooooo!』


【シャドウパンテーラ】は臆することなく叫び、一足飛びに距離を詰めてくる。

頭上に氷楯を構え、受け止める。

敏く変化を感じた【シャドウパンテーラ】が即座に離脱、木の陰から姿をくらまそうとする。


「そうは問屋が卸さない!」


≪シールドラム≫で気をへし折り、機先を制する。

氷晶練成グレイシャルモード≫で発光しているためか、モンスターのアサシンじみた行動は抑制できている。

絶凍外套ブリザード・クローク≫でダメージも殆どゼロ。

これなら、モードが解除される前に何とかなりそうだ。


「なら、こいつで疑問の解決だ!」


二つ試したいことがあったので、こいつでテストしてみよう。

アズはクールタイムやリミットについては教えてくれたが、細かい点は教えてくれなかったから、気になることがあるんだよな。

黒ヒョウがこの思考の隙に転進、鋭爪を振り上げた。


「リロード・オン!」


起動ワードに氷壁が一際冷気を放つと、【シャドウパンテーラ】の一撃を受け止め、豪風がその黒い体躯を吹き飛ばした。


【〈グレイシャル・バレット〉のリロードを確認。ストック2】


よし、弾丸装填はモード発動状態でも使えたか。

こうなると、空のバレットの扱いは慎重にならないといけないな。


「んじゃ次だ!」


俺は充填したばかりの蒼い弾丸を握りしめた。

此方が本題。

氷晶練成グレイシャルモード≫の上から再度スキルを起動したらどうなるのか、だ。

今はフェイズ1だから、フェイズ2にランクアップするのか?

それとも、単純に効果時間が伸びるのか?

はてまた、≪レッキングリフレイザー≫の火力が上がるのか?

デスペナルティになるかもしれないが、その時はその時と割り切ろう。


「男は度胸、女は愛嬌。それを超越したロボットは最強!ならば恐れることなど何もないのさ!」


俺はバレットを指ではじき、握りしめる。

格好いいからやっただけで意味はない。


「グレイシャライズ!」

【リアライズ開始】


俺の胸部から一際蒼い光が噴き出した俺に、【シャドウパンテーラ】が目を細めて身構えた。





バレット2つを用いた破壊力は≪レッキングリフレイザー≫を凌駕した。

氷晶練成グレイシャルモード≫は二重起動した瞬間に強制解除されてしまったが、対象のLUKを削るまでもなく、HPを9割残した【シャドウパンテーラ】を瞬時に凍り付かせたのだ。

結果的にテストは想像以上の成功を収めたと言える。

言えるんだけど……。


「この使い方は……駄目だ……」


俺の呆然とした声が宵闇に響いた。

その強力過ぎる出力は【シャドウパンテーラ】どころか、周囲の木々まで無差別に氷の壁に包み込み、天まで届かんばかりのバカでかい氷壁となって聳え立っている。

こんなものをパーティプレイで使おうものなら、晒し者いやさ晒しロボ間違いなしだ。

因みにで殴ってみたけど、硬質な音が響いただけで滅茶苦茶に硬い。


「あれ、どうすっかなぁ……」


見上げた先に俺が素手で壁を殴らざるを得なくなった原因が凍り付いている。


「まさか楯を失うとは……」


暴走ともいえるエネルギーの濁流は俺の楯から発生したんだ。

咄嗟にヒョウ目掛けてぶん投げたから、俺は凍結せずに済んだけどその代償は唯一無二の相棒大楯の喪失だった。

この【サンディライト】に〈エクスマキナ〉用の装備は売っていないんだから、喪失感も半端じゃない。


「ユーザーフレンドリーな説明を頼むぜ……マギアナさん……アズ……」


最高に格好悪いが、虚空を見上げてつい責任転嫁をしてしまう。

このままでは、超絶格好いいイケメン〈エクスマキナ〉なのに無能だのと、晒しロボコース一直線だ。


「くっ!このディテールにケチを付けさせるわけにはいかない……!」


流動ラインのエロスすら分からない愚民共の誹謗中傷でこの【白き機神シリーズ】の神秘性を失わせるなんて例え神が許そうが、俺が許さない!


「カモンホース!」


奮起した俺は乗用馬を呼び出し、氷壁に沿って移動を再開する。

俺の最終目的地は【ダイヤリンク】国境に近いって話だし、そこなら〈エクスマキナ〉の装備品も流れてきているかもしれない。

そこに望みをかける!


「そこまでの戦闘は、気合でなんとかしよう!」


ポジティブシンキングで夜闇を走り抜け、そのまま三つ目の町にゴールイン。

安全を確保した俺は一度ログアウトして飯を食えるだけ腹に押し込み、眠気覚ましのドリンクをがぶ飲み。

無理やり体調を万全にすると、すぐに【BW2】に入り直し、最北端の町目指して進軍する。

楯をどうにかするまで今日はログアウトしないからな、俺!


「楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯楯!」


一心不乱に配達を続け、襲い掛かるモンスターを殴り殺し。

5つ目の街を出て1時間、太陽が頭上に差し掛かったその時だった。

そいつ等は前触れなく現れた。


――銀色の【アーリーゴブリン】の群れが。


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