第20話 片面焼きの目玉焼きからの依頼
翌日。
〈サニー・サイド・アップ〉のクランハウスを訪ねた俺たちは、ルルねぇの執務室に通された。
「ふわぁ……!」
広がった景色に、ルーチェさんが思わず声を漏らした。
時代を感じさせる柱時計。
使い込まれたイスとテーブルは艶のある黒柿色。
窓際には、これまた如何にもな戸棚があり、中にはトロフィーが整然と並べられている。
年代を感じる調度品に囲まれ、ノスタルジックな気分にさせてくれる。
「拍子抜けだな。ヒュージの額縁くらい飾ってるかと思ったぜ」
「私も、壁紙がヒュージさんじゃないかって身構えたました」
「あはは、2人とも冗談が上手だね」
笑いながら、ルルねぇがティーカップと茶菓子を持ってくる。
ティーバッグでは出せない濃厚ないい香りだ。
飯テロされるたびに、〈エクスマキナ〉であることが悔やまれる。
「弟君の銅像はもうすぐ届くんだけどね」
紅茶が飲めていたら噴き出していたところだ。
食べ物を粗末にすることがないから、〈エクスマキナ〉でよかった。
「それこそ冗談だよな、ルルねぇ」
「うふふ♡」
茶葉と一緒に回答までジャンピングさせてないでほしい。
「みんな勢ぞろいだね。これならすぐに説明に入れる」
いつもの赤い宝塚系衣装をばっちり着こなしたテラ美さんがタブレット片手にやってきた。
「待ってください、テラ美さん。俺のプライバシーに関する重要案件がまだなんです」
「そんなことより、今日はテラ美さんはサニーちゃんじゃないんスね?」
「俺のプライバシーはサニーちゃんより下なのか、ウェンディ」
「ああ、彼女なら今頃パトロール中だよ」
あの化生は今日も元気に街を巡回しているようだ。
しかし、サニーちゃんはあの風貌で女の子なのか……。
「サニーちゃん……?」
小首をかしげているルーチェさん。
昨日は早めにログアウトしたから幸運にもエンカウントしていないんだよな。
「テラ美さんが作ったここのクランのマスコットキャラクターだよ。俺とウェンディは昨日見たんだ」
「そうなんですね。私も見たかったです」
「!!!!」
残念そうにするルーチェさんの後ろで、ウェンディが渋い顔で首を横に振っていた。
さてはあの顔、俺と同じで奴が夢に出てきたんだな。
「サニーちゃんを気に入ってくれて生みの親として冥利に尽きる。それでは依頼を説明しよう、いいかな?」
「……お願いします、テラ美さん」
突っ込もうとしたけど、先に進まないから堪えた俺は偉い。
強く握りしめた左手から血を滴らせてるウェンディはもっと褒められていい。
「今回キミたちに頼みたい依頼というのはね、荷物の配達なんだ」
「「「荷物の配達?」」」
俺たち初心者三人組の声が奇麗にハモった。
「詳しい説明をする前に、この〈サニー・サイド・アップ〉のクランについて少し説明しておこう」
茶菓子のマドレーヌをほおばりながら、テラ美さんが続ける。
「〈サニー・サイド・アップ〉はかつて1クランだったが、今は大規模なアライアンスによって形成されているんだ」
「あの、アライアンスって、なんですか?」
「幾つものクランが同盟を組んで、一つの集合体となることだよルーチェクン。今は、確か80のクランだったかな」
「80……!?」
歯形の付いたマドレーヌで、テーブル上のタブレットを示す。
本来の〈サニー・サイド・アップ〉をトップとした樹形図は世界樹の如く巨大であった。
「よく運営できるっスね」
「ここはルルの手腕がすごいのさ。どんな荒くれでも従えるカリスマも備えているとくれば、これ以上ない適任なのさ」
「私、リーダーシップを取るのって苦手なんだけどね」
などと謙遜しているが、ルルねぇの中の人は小中高一貫校で中1から高3で卒業するまでぶっ続けで生徒会長を勤め上げた傑物である。
天性の敏腕は【BW2】でもいかんなく発揮されているようだ。
「弟君、頑張ってるお姉ちゃんを褒めてもいいんだよ?」
身を乗り出して、頭を俺に差し出した。
撫でろって事ならお安い御用だ。
「ルルねぇは俺の自慢の姉さんだよ」
「えへへ……」
髪の毛が乱れるのを嫌がりそうなものなのに、本当に嬉しそうな顔をするな。
これだけ喜んでもらえるなら弟冥利に……むっ!
「気分はカーリング!」
咄嗟に椅子ごと後ろに飛び退くと、目と鼻の先を香ばしい香りを漂わせたマドレーヌが擦過した。
危なかった、反応がコンマ数秒でも遅れていたらあの焼き菓子は間違いなく俺のこめかみを貫いていた。
「チッ」
テラ美さんの嫌悪感を隠そうともしない露骨な舌打ちに胸が震える。
彼女の本気具合は、壁に小穴を穿ったマドレーヌが証明しているのだから。
「弟クン、私の前でルルといちゃつくというのは遠回しな宣戦布告かな?いいだろう、次は眉間だ」
まずい、避けられる気がしない。
「このクランの内情は理解できたっス。で、本題の荷物の配達ってのは何なんスか?」
「ナイスだウェンディ!それを教えてくれよ、ルルねぇ!やる気が空回りしちゃうからさ!」
「うん、そうだったね。テラ美ちゃん、説明しなくっちゃ弟君たち困っちゃうから」
「イノチビロイシタネ、オトウトクン」
装飾のない直球の脅しで俺を威圧したテラ美さんは指を鳴らす。
それが合図となってクランメンバーが次々に入室し、箱を積み上げていく。
一列、二列と箱山が出来上がっていき、6つ目の中腹付近でようやく積み終わった。
「〈サニー・サイド・アップ〉に届いた荷物だが、これは所属クラン宛てなんだ」
「アライアンスで大きくなっても、事情を知らないプレイヤーからしたら1つのクランに見えるからね。どうしても
「本来専門で配達をするプレイヤーがいるんだが、産休でしばらくインしていないんだ。急を要さないものを後回しに居ていたら、このザマだ」
2人の深いため息を見るに、相当根深い問題らしい。
暖簾分けするのも大変だな。
「それで、俺たちに白羽の矢を立たせてくれたんだろ、ルルねぇ」
「うん。クランハウスの倉庫を圧迫してきたから、弟君たちに届てきてもらいたいの」
「ですけど、【サンディライト】はかなり広いですよね?3人だけでは苦しいと思うんですけど……」
「心配はいらないよ、ルーチェクン」
俺たちの顔を見渡し、テラ美さんはテーブルに水色のクリスタルを3つ転がした。
あれは、騎乗証についていたものと同じか?
「弟クンは気付いたようだね。そうだよ、ここにはマウントモンスター、今回ならば馬が収納されている。仮の騎乗証もギルドから調達済みだから、移動にはこれを使い給え」
「ですけど、私は乗馬の経験が全くなくて……」
「俺もです。ウェンディ、お前は経験あるか?」
「あるように見えるか」
だよな。
現代っ子の俺たちは自然に触れる機会が失われて久しいのだ。
「戦闘にならない限り≪騎乗≫のスキルはいらないから大丈夫だよ、みんな。振り降ろされる心配はいらないから安心して」
「≪騎乗≫スキルがあるとモンスターのスピードが上がるんだが、配達程度ならばスキルなしでも十分な足になるはずだ」
ルーチェさんが掌に水晶を乗せて、まじまじと覗き込んでいる。
そこに馬がいるとは信じられないらしい。
「それと、そのマウントモンスターは報酬としてそのままキミたちが持って行って構わないよ」
「いいんですか?」
「先輩プレイヤーからのプレゼントだよ、弟君。受け取ってもらえないと、逆に困っちゃうよ」
「乗用馬3匹なら、大した出費じゃないから気にしなくていい」
そう言われては後塵を拝す者としては受け取らざるを得ない。
図らずも移動手段の最大の問題が解決してしまった。
「ありがとうございます、ルルさんテラ美さんっ」
心遣いに破顔するルーチェさんとは対照的に、ウェンディは遠い目で虚空を見上げていた。
「ヒュージ、知ってるか。乗用馬って8万ガメルするんだぜ?」
「嘘だろ大した出費じゃないって言っただろあの人」
楽しそうなルーチェさんに水を差さないように笑顔を張り付かせた俺たちは、諸先輩方の財力の差に怯えていた。
「キミたち3人の能力に合わせてルートを此方で選定した。この行程ならば、復路込で3日もあれば完了するはずだ」
「もしトラブルがあったら、このリンクピアスで連絡してね弟君。すぐに駆け付けるから!」
ひし形のピアスを俺に握らせ、その上からルルねぇが手を包んでくれた。
心配してくれているのだが、テラ美さんが今にも飛び掛からん形相で見てくるので離していただけるとものすごく助かるのですよ。
「駆け付けるもなにも、あの荷物を届けるだけだろ?」
「チッ他の2人はチッそうだねチチッ」
抜群のリズム感で舌打ちを自然に織り交ぜ、匂わせるような言い方をするテラ美さん。
「弟クンのルートは【ダイヤリンク】の国境付近まで伸びているんだが、そっちの方は今日日騒がしくてね。〈HNM〉が出現したとの報告が出ている」
「もしかして、掲示板で話題になってたアレっスか?」
「ウェンディクンは耳が早いね。そうだよ、4つ尾をした狐型の〈HNM〉だ」
「あの【グラウバ】と同格のモンスターか」
奴やグラファイトと、この数日だけでも妙に派手な格上に縁があるな、俺。
「功名心に駆られる、なんて懸念はないが、万一ということも考えられるから心に留めておいて損はないだろう?」
「基本ジョブがようやく二ケタの俺じゃ返り討ちが精々ですよ」
グラファイトと戦った時のような、寿命が縮むような派手な立ち回りは暫くやりたくないしな。
「お仕事のお話はここまでにしよっか。マドレーヌはたくさんあるし、もうちょっとみんなとお話してもいいでしょ、テラ美ちゃん」
「ああ、すぐに出発する必要もないからね。私も、初心者の成長物語を聞いてみたい」
2人に促され、俺たちはしばしのお茶会を楽しんだ。
お茶とお菓子をごちそうになり、騎乗証獲得へのモチベーションを充填してクランハウスを後にした瞬間――
「すみません、
閉まるドアの隙間から聞こえた声に、忘れていた議題を思い出した。
それを注文したのはルルねぇであることを偲び、全力でドアを蹴り飛ばし。
俺はクランマスターの部屋を襲撃したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます