第19話 おしえてお姉ちゃん! ~マウントモンスターと騎乗証編~
「こちら今回の換金結果となります」
「ありがとうございます」
顔見知りになってきた冒険者ギルドの受付さんこと、眼鏡の男性が差し出した袋を受け取って施設を後にする。
「今回はどんな感じよ?」
と、外で待っていたウェンディが後ろから覗き込んできたので、金貨袋を開いて見せた。
今回のレベリングによる換金結果は合計600ガメル。
「こりゃまた微妙な。この額だと、ポーション買い足しちまったらもう赤字だぜ」
「道中のドロップが良くなかったのが響いたな」
MP・SP回復用のポーションは一番安い物でも、一個80ガメルと中々にお高い。
これで三人分の回復アイテムの万全な購入を考えると、支援魔法を絶え間なく使ってくれるルーチェさんの消費は激しいので、この程度の収入ではつり合いが取れない。
このままでは彼女の貯金に頼らざるを得ない。
「一回ドロップが旨いダンジョンに行って資金繰りやったほうが良さそうだぜ」
「この近くに美味しい狩場なんてあるのか?」
「あったら苦労してねぇだろ」
ウェンディが調べたところによると、『ティミリ=アリス』近隣には経験値多めのダンジョンは多いが、ドロップまで美味しいダンジョンは全くないらしい。
「こりゃあ思ったよりも早く騎乗証ゲットしてさっさと行動範囲広げたほうが良さそうだぜ」
「きじょうしょう?」
疑問符を浮かべて聞き返した俺に答えたのは、ウェンディではなかった。
「騎乗証はマウントモンスターに乗るためのライセンス、免許証みたいなものだよ弟君!」
「ひゃわ!」
いきなり後ろから響いたルルねぇの声に、ウェンディが上げて飛び上がった。
可愛い声だったな、今の。
「ルルさん、びっくりさせないでくださいっスよ!」
「えへへ、ごめんねウェンディちゃん。面白そうなお話が聞こえたからつい♡」
「ルルはゲームの話になると周りが見えなくなるな。そこが可愛いところなんだが」
もっきょもっきょ。
そんな間抜けな音を響かせて会話に参加してきたのは着ぐるみだった。
ハスキーな声からテラ美さんが着ているのは分かったけれど。
「……どうしたんですか、その残念な恰好」
デフォルメされた目玉焼き横に連結したような形状。
見ていると不安に駆られる焦点の定まっていない目。
ゆるキャラというには余りにも時代を先取りした最先端のセンスに、俺は残念としか言えなかった。
「あー!ひどいよ、弟君!私のクランの公式マスコットキャラクター、サニーちゃんだよ!」
「サニーちゃんタマー」
「ひっ」
中央で体を高速二つ折りにして存在をアピールする。
その絶望的に気持ち悪いモーションはウェンディが小さく悲鳴を上げるのも無理はない。
「サニーちゃんはみんなの友達。今日も笑顔の為に、街のパトロールをしてくれてるんだよ」
「正気か!?」
「アタシはコイツとだけはダチになりたかねぇぜ……」
心意気は素晴らしいが、こんなマスコットが徘徊する街は過疎化が起こらないか不安でならない。
「それより、2人とも。騎乗証の話をしていたのはどうしてだい?」
「それはっスね、」
ウェンディがかくかくしかじかとあらましを説明してくれた。
その間、ずっとサニーちゃんから視線を外していたのは意識的にだろう。
「確かに基本ジョブが10レベル超えてくると必要になってくるね」
「ルルねぇ、さっき免許証みたいだって言ってたけどさ、その騎乗証って取得するのは難しいのか?」
「ううん。現実みたいに試験とかないから安心していいよ」
そうしてルルねぇは説明してくれる。
冒険者ギルドの依頼をこなすと、貢献度としてギルドポイントがプレイヤーに与えられる。
このギルドポイントを貯めることで、冒険に役立つアイテムが冒険者ギルドから支給される。
そのうちの一つが、騎乗証だ。
このアイテムを所持していると、プレイヤー専用の乗り物ことマウントモンスターを使役できるようになる。
なるほど、免許証と言い換えたのはこういう事だったのか。
「免許証と違うのは、騎乗証はマウントモンスターを収納する車庫も兼ねているのさ。こういう風にね」
テラ美さんは取り出した白いカードを宙に放り投げた。
カード埋め込まれた水色の球体が発光し、テラ美さんのマウントモンスターが呼び出された。
「……マウント、モンスター?」
呼び出されたのは、座り心地良さそうな安楽椅子だった。
これをモンスターと呼ぶかはかなり議論が白熱するだろう。
「これが私のマウントモンスターの〈隅の老人〉だ。厳密には【フライングオブジェクト】というモンスターなんだがね」
説明しながらテラ美さんが椅子に座った。
そのままデフォルメ目玉焼きと共に空へと飛びあがる安楽椅子。
意外にも飛行スピードは速い。
急旋回や急停止もお手の物で、レスポンスもよさそうだ。
「ヒュージ、アタシ後ろから子供の泣き声聞こえんだけど」
「奇遇だな。俺もだよ」
目玉焼きが空を飛ぶ光景は市井の人々にはどのように映っているのか、当人には分かっていないのが残念でならない。
遠ざかる泣きじゃくる子供の夢にあの卵お化けが出ないことを願うばかりだ。
「ルルねぇはどんなマウントモンスターなんだ?」
「ごめんね、私はモンスターを持ってないんだ」
ルルねぇは困ったような顔をして騎乗証を見せてくれた。
カードの色は同じだが、あのクリスタルがない。
「モンスターを手に入れる条件があるのか?」
「テラ美ちゃんみたいに特別な物は条件が付いてるけど、馬とかならお店で買えるよ。弟君の好きそうなバイクとかあるんだよ?」
「マジか!」
モンスターと聞いたから、生物系だけかとがっかりしてたけどそんなことはなかったらしい。
この白い機体で二輪車に跨る姿を夢想した瞬間、本気で騎乗証が欲しくなってきた。
「他にも、【
「じゃあルルさんがモンスターを持ってないのは、狙ってるモンスターがいるってことっスか?」
「そうだね、それもあるんだけど」
ルルねぇは手を合わせて、さも当然というようにこう言った。
「最後は自分で走ったほうが速いからいらないの」
「音速ハリネズミかよ」
あの安楽椅子でさえ、優に時速60キロは出てるだろ。
それに匹敵するほど早いってこの人のAGIはどれほど高いんだ。
ウェンディなんて絶句して白目を剥いてるし。
「マウントモンスターはひとまず置いておくとして。ギルドポイントが問題だね。弟君、今どれくらい持ってる?」
「メインパレットを開いて、ステータス画面に項目がある。確認してみたまえ」
飛行を満喫し終えたテラ美さんに促され、メインパレットを開いてみる。
そこには確かにギルドポイントと項目が出来上がっていた。
「「……」」
同じようにパレットを開いていたウェンディと目が合う。
それだけで俺たちは通じ合った。
「2人とも、もしかして……」
「「
「なんだと?」
サニーちゃんが身を乗り出して、俺たちのパレットをのぞき込む。
グラファイト以上の凄味に、思わず足がすくんでしまう。
「これは見事なまでのゼロだな。おそらくルーチェクンも同じだろう」
「あはは。三人ともレベリング楽しそうだったから、しょうがないよ」
「よくお分かりで……」
前回のイベントが散々だったから、全員レベリングに邁進してたからな。
冒険者ギルドなんて換金くらいにしか訪れないし。
「けど、100ギルドポイントって時間かかるんだよ。残念だけど、今からじゃ次のイベントには間に合わないかな」
「そこは割り切るよ。な、ウェンディ」
「だな。次からはちょいちょい依頼を受けるようにするか」
「いや、その必要はないよ2人とも」
ウェンディと共に後ろからサニーちゃんに抱きしめられる。
感触からして、サニーちゃんは布製だった。
「ルル、彼らにクランの仕事を頼もう。丁度冒険者ギルドに届けようとした案件があっただろう。あれならば、一回で100は賄えるはずだ」
「そっか。その手があったね!テラ美ちゃんさすが!」
「――」
サニーちゃんのマスクの下では、かなり締まりのない表情をしているのだろう。
嬉しいのは分かるけど、このホールドした腕にこもる力は緩めてもいいと思う。
「ルルねぇ、プレイヤーも冒険者ギルドに依頼を頼めるのか?」
「うん。ギルドへ登録すれば、依頼を出すのは誰でもオッケーなんだ。だから、弟君たちが受けてもいいんだけど、どうかな?」
ウェンディと目で意思を確認し合い、ルルねぇに答える。
「ありがとう、ルルねぇ。その依頼、俺たちが受ける」
「渡りに船っスからね、キッチリこなして見せるっすよ」
「うむ、良い返事だ。これならば期待できそうだよ」
サニーちゃんのお墨付きのハグを貰い、彼女は俺たちをルルねぇの前に押し出した。
「お仕事の説明は明日でもいいかな。お姉ちゃんたちも立て込んでて、今日はちょっと忙しいんだ」
「俺は大丈夫」
「アタシも問題ねぇな。ルーチェも大丈夫なはずだ」
「では、日程を決めて解散としよう」
俺たちは予定を確認し、間もなくして御開きとなった。
ルルねぇたちが任せたい仕事って、どんなのだろうか。
俺たちのレベルを知らないってことはないから、難しい依頼ではないとは思うけど。
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