第14話 一騎打ち/Single Combat (3)(白)(白)

イベント終了まで1時間を切った。

グラファイト率いる≪ガラマカブル≫は【サンディライト】南東の〈ネルス森林地帯〉で追い込みをかけていた。

墨汁の中を泳いでいるような世界。

一部の木や地面が打ち壊されており、あちこちに残骸が散らばり死角は多い。

それでもマンハンターたちは迷いない動きで獲物を刈る。


「【サンディライト】のプレイヤーはこんなもんかぁ!もうちっと粘れよ、なァっ!」


特に、首魁たるグラファイトのPKは圧巻である。

彼は【戦士ウォーリア】系後継ジョブの中でも武器の扱いに秀でた【武到戦士オライオン】。

さらに種族は強靭な肉体を持つ【巨人族タイタス】の中でも、STRに強烈なプラス補正が付く有角族セラトス

人器一体となった彼が棍を振り下ろすたび、真っ向より対するプレイヤーの武器はへし折れ、体を圧壊させられる。


「ヒュー!リーダー流石ぁ!」

「これで2日で100人っすよ!」

「俺らの取り分残していてくださいよw」

「ハン!そう思うんだったら、手前らで獲物見つけろや。じゃねぇと俺が残り全部食っちまうぞ」


クランメンバーからブーイングが飛ぶが、グラファイトは鼻で笑い飛ばす。

相手を容赦なく嬲り、身ぐるみを剥ぐ。

奪い取った装備を売り捌き、ささやかな祝杯を上げて英気を養う。

そしてまた揚々と狩りに赴く。

人の営みより獣の習癖に近いこれがクラン≪ガラマカブル≫の日常なのだ。


「【サンディライト】は実入りがいいっすねぇ!流石エンジョイ勢の多い国っすよ!」

「どっちを向いても狩り放題ってんだから、ここを根城にしてもいいんじゃないっすか、リーダー」


装備も整っておらず、スキルも未成熟、そしてプレイも杜撰。

一方的に狩れるからこそ、初心者が彼らの主食なのだ。


「ゲームなんだから、自分が気持ちよくなきゃ意味がねぇだろ」


グラファイトは日ごろ口癖のように繰り返し、体現している。

やられたほうはトラウマになろうが、ゲームをやめようが知ったことではない。

欲望に忠実な彼にカリスマを感じ、PKによるエクスタシーを味わったからこそこのクランは尚も拡大しつつある。


「しっかし、≪サニー・サイド・アップ≫はマジでこっちに突っかかってくるんすかねぇ」

「さてな」


自分を真っ向から睨み付けたあの女を思い出す。

正義感に燃える瞳は思い出すだけで虫唾が走る。


「ゲーム内で英雄気取りとか、バカかよ」


気に食わない女だ。

次に会ったら直々に――。


『ボス、センサーに反応出たぞ』


後方に控えているメンバーがリンクピアス、広域通信用のマジックアイテムを用いて連絡を入れてきた。

≪気配感知≫を始めとしたサーチ系魔法を習熟した支援ジョブを修めた頼れるメンバーが5名。

正義感に燃える馬鹿なプレイヤーをやり過ごすことが出来ているのも、彼らの強力なバックアップがあってこそだった。


「何人だ?」

『2人だ。どうする?』

「馬鹿なこと聞いてんじゃねぇよ」


グラファイトが答えるよりも、周囲のメンバーが森を駆ける速さが勝っていた。

リアルタイムで更新するエリアマップの2つの青い光点に迫るフォーマンセルの赤い光点。


「向かってくるなら、狩るに決まってんだろ」

『そうか。安心した』


安心?

訝しんだグラファイトの機先を制するように、


『――これでキミたちを殺しても正当化できる』


メンバーの声が、聴き馴染みのない女性の声に切り替わる。

同時に、突風が森を駆け抜けた。

全身をあおられた際にマップに一瞬だけノイズが走ったのを、グラファイトは見逃さなかった。


『キミのマップは特別にそのままにしておくから、安心してクランの瓦解を見ていきたまえ』

「テメェっ」


嘲笑を一つ残し、通信が一方的に打ち切られてしまった。

呼びかけようにもグラファイトのリンクピアスは機能しない。

後ろに控えていた支援ジョブの5人は既に――。


「ボス、いい装備の【半神人エルダー】を見つけたぜ!今から」


不自然に途切れる声に続く様に聞こえてくる、何かが砕ける音。

光点が4つ消滅する。


「今の音はなん、ぉご」

「な、なに!?キャッスルの頭が突然消え、」


続けて4つ。

グラファイト以外のリンクピアスはいるようで、恐怖が次々に伝播していく。


「何やってんだ!楯持ちは前出ろ!回復職ヒーラーを守れよ!」

「〈気配感知〉持ってるやつもタンクの後ろに行っとけ!殺ってるプレイヤーを探し出せ!」


指示を出すメンバーの声がピアスから響く。

攻撃、防御、回復、支援のバランスを加味した4人1組フォーマンセルだからこそ、パニック下においても個々の役割を果たせとの檄にようやく動き始める。

しかし、戦略は時として戦術に劣る。


「〈気配感知〉で反応がでなぁがっ!」

「何でだよ!?防御魔法とダメージ減少のスキル使ってんのに一発で殺され、」


12人の反応の消失が物語る、一方的な虐殺。

無秩序なPKの当然のツケとして膨れ上がった慢心では、一度傾いた戦況を覆すことはできない。


「お、おかしら!光!が光が視界に広がって、ぎゃああああああああ!」


残り13人となったとき、ようやく襲撃者の正体に迫る情報が齎される。

【サンディライト】は他国と比較して、ヘビープレイヤーはあまりいない。

だが、だからと言ってイレギュラーが存在しない訳ではない。

この場合ならば、Xジョブ。

6ヵ国で所属数は最下位ではあるが、その存在の濃密さは【BW2】で名が知れ渡っている。

オブジェクト破壊のみに執念を燃やし、他国にまで大規模な混乱を巻き起こす【双銃翁クロスファイア】然り、【エメリウム】の広大な緑を欲したがために一個人で国家に戦争を吹っ掛けて勝利した【荊棘ビオロント】然り。

しかし、曲者の中でも特別な存在がいる。

たった一人で無数の〈HNM〉を下した【BW2】のトッププレイヤー。

その者の放つ光の前ではあらゆる対象は悉く打ち砕かれる、奇跡の天照。

Xジョブ――【輝天ザ・シャイニング】。


「引退したって噂だったが……」


推測する前に、最後の悲鳴が森林地帯を覆った。

集結していたクラン全48名は悉く殲滅された。

ただ一人、グラファイトを残して。


「いや、この場合は意図したことか」

「その通りだ。仲間が全員デスペナルティになった割には冷静なんだな、お前」


そのくぐもった声は後ろから聞こえた。

いつの間にか、そこには〈エクスマキナ〉が立っている。

見覚えがある。

あのいけ好かない女に回収されたあの純白の鉄騎兵だ。

蒼白な月明かりに照らされ、どんな理由か知らないが腕組をしている。

その威容は人を守る要塞のようだ。


「テメェ、確かあの女と一緒にいたな」

「覚えていてくれたのなら、本題にすぐに入れる」

「本題だ?」


闇夜を切り裂く、鮮烈な赤い眼光をグラファイトへ向けた。

感情が見えないはずのカメラアイに込められた憎悪に後ずさりしそうになる。


「クラン≪ガラマカブル≫首魁、グラファイト。お前に決闘を申し込む」

「……あ?」


血気溢れる宣誓が静まり返った森に響き渡る。

しかし、グラファイトは言葉の意味を理解できなかった。

PKにフェアな勝負を求めてきたのだから。


「決闘の意味が分からないなら手袋でも投げてやろうか?」

「いるかよバァカ。俺と決闘したけりゃ直接来ればいいだろうが。連中を皆殺しにする必要はなかっただろ?」

「俺はお前らで言うところのカモだからな。プレイヤーとして認められないで、対話のテーブルも期待できないとあれば、卑怯な手段も使えば臆病者にだってなるんだよ」

「これでも気風は尊重するんだぜ」

「出会い頭に殴り掛かるような連中とつるんでおいてよく言う」


落ち着き払った声音で、〈エクスマキナ〉は告げる。

【BW2】ではビギナーではあるが、交渉のゲームは手慣れているギャップに、グラファイトはひやりとなる。


「決闘がやりてぇってのは分かった。だが、それで俺が勝ってもメリットがねぇだろうが」

「初心者一人倒せば、身の安全が保障されるんだ。これだけじゃ不満か?」

「その初心者一人を相手するにゃ割に合わねぇんだよな」


自慢の棍を叩きつけて威嚇する。

この〈エクスマキナ〉の実力は既に確認している。

中級炎属性魔法で瀕死になっている程度ならば、棍を振るえば容易く蹴散らせる。


「それも手だな。でも、いい判断じゃないだろ」


しかし、〈エクスマキナ〉は顔に飛礫が当たろうが一切動じる素振りを見せず、涼しく芯の通った声で切り返す。


「お前も他の連中と同じか、いや、それ以上に悲惨な目にあうだけだもんな?」


木々がざわめく。

脅しではない、純然たる事実を述べた声音が風になって吹き抜けたのだ。

ぐっと二の句を詰まらせたグラファイトに声が続いた。


「まだBETが足りないなら、これでどうだ?」


そう言って取り出したのは、古ぼけたスクロール。

それは〈強制呪印ギアスマーカー〉と呼ばれるマジックアイテム。

GMが介入しない【BW2】において、プレイヤー同士の取り決めにゲーム的なペナルティを与える特殊な道具だ。


「これには≪サニー・サイド・アップ≫クランマスターの署名が書かれている。内容は≪ガラマカブル≫のPKに関与しない、だ」

「なんでテメェがんなもんをっ」

「声を荒げるなよ。これでも不服か?」


冷笑交じりの声に、思わず棍を握るグラファイトの横顔が引きつる。

【サンディライト】の自警団でもあるクランのバックアップを得られるのならば、不服などあるわけがない。

しかし、そこまでレートを釣り上げるのは解せない。


「お前の見返りはなんだよ」

「これだ」


強制呪印ギアスマーカー〉の代わりに取り出したのは、花をモチーフにした奇妙に光るアクセサリーだった。


「これと同じものをお前らが持っているなら、それだけで構わない」

「それだけだぁ?」

「2度は言わない。持っているのかいないのか、1分くれてやるから探してみろよ」


グラファイトはメインパレットからクラン共有のイベントリへアクセスする。

そこには2日間の狩りで得たアイテムがすべて収納されており、問題のアクセサリーもあるならばそこにある筈だった。

売値順に自動的に振り分けられたイベントリをスクロールしていった最下層、売値にして0ガメルのエリアに件のアクセサリーは見つかった。


「これか?」


しゃらんと音を立てたアクセサリーを掲げて見せた。

マジックアイテムでも、〈NM〉由来のアイテムでもないただのガラクタ。

だがそこで初めて、微動だにしなかった〈エクスマキナ〉は感情を飲み込むように微かに顎を上げた。


「……ああ、確認した。それで間違いない」

「なんなら、手に取って確認してみるか?」

「臆病者だって言ったばかりだろ」


グラファイトの失笑を「これで条件は出した」と〈エクスマキナ〉の声が淡々と遮る。


「負けても売れないアイテムがなくなるだけ、逆に勝てば円満なPK生活。どうだ、お前にとって損はないと思うが?」


返答を待つように、〈エクスマキナ〉が沈黙する。

ハッタリにしては洒落が効き過ぎている。

かといって、真剣に受け止めるには余りにも馬鹿々々しい。

まさかと思い、吐き捨てた。


「まさかお前、俺に勝つ気でいるのか?」

「分かってないな」


不意に口を開き、淀んだ空気に波紋を広げる。


「勝つ気でいるんじゃない。――勝つんだよ」

「くはっ!はははははははははははははは!」


我慢しきれず、天を仰いで嘲笑を森に響かせた。

初心者は総じて馬鹿ばかりだが、この〈エクスマキナ〉はとびきりの大馬鹿野郎だ。

グラファイトのレベルは合計して200を超えている。

それを、100を超えたようなキャラクターの攻撃一発で瀕死になるような〈エクスマキナ〉が勝てる確率など万に一つあるかどうか。

それなのに自分の勝利は揺るがないと断言している。

勝利の確信がカメラアイを煌々と輝かせている。

なんて恐れ知らずで、増上慢も甚だしく忌々しい。

愚かさの極致は、グラファイトの逆鱗に触れた。


「そのノリ最高じゃねぇか!いいぜいいぜたっぷり笑わせてもらった!」


脱力したグラファイトが〈エクスマキナ〉を睥睨する。

破顔から一転し、修羅を思わせる表情には憎悪が渦を巻いていた。


「お望み通り……ぶち殺してやるよ」


グラファイトは風を爆砕するように爆音を轟かせ、棍を構える。

決闘など形式など最早どうでもいい。

今はこのどうしようもない初心者を完膚なきまでに叩きのめすことだけが彼を支配していた。


「クラン≪ガラマカブル≫クランマスター、グラファイトだ。名乗れよ、ルーキー。喧嘩の作法も知らねぇのか」

「そんなの知るかバァカ」


〈エクスマキナ〉は一蹴し、大楯を保持する。

いかにもみすぼらしい初期装備の楯だ。


「名乗らせたかったら、力づくでやってみせろよ。セ・ン・パ・イ」

「上等だ」


それだけで十分であった。

互いにもう語る言葉など不必要。

両名に状況を受け止め、消化するための一泊の間をおいて。


「死ねよやルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥキィィィィィィィィィィィィィ!」


グラファイトの怒声が響き渡った。


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