第13話 暗雲ターニング -Robber-

あっという間に一日が経過し、翌日。

今日も昨日と同じ森林地帯でメダルハンティングの真っ最中。

イベントも残り10時間を切っている。


「メダルレース最下位クン、調子は最悪みたいじゃねぇか」

「はぁん?俺は街中でメダルがないって泣いてた少年に分けてやったから、実質ゼロからのスタートなんだよ!」

「ヒュージさん、嘘をつくのへたっぴさんですね」


ぶっちゃけ、調子は芳しくない。

イベント終了僅かなのに、手元にはメダルは10枚しかないのだ。

パーツ一式どころか1個すら怪しいラインだ。


「その眼、まだ諦めてねぇんだな」

「当たり前だ。こちとら最悪の場合に備えて、PK以外の方法を考えてきたからな」

「作戦があるんですね。聞いてもいいですか?」

「いいよ。俺の作戦はシンプルだからね」


俺はわざと勿体ぶって作戦を発表する。


「まずは一旦森を出て――」

「出て?」

「――それから火を放つんだ」

「大惨事じゃねぇか」


大惨事とはまるで俺が下手人みたいじゃないか。

焼き討ちは織田信長も行った立派な戦の作法だぞ。


「それにな。戦火に炙られ、装甲が揺らめく様はかなりセクシーなんだぞ」

「お前、実はそれが見たいだけと違うか」

「そうでもあるが!」

「「却下だ却下です!」」


失策の烙印代わりにウェンディの槍がしなり、俺の尻を打ち据える。

ダメージはなくても衝撃までは殺せないんだからな!


「そこまでしなくても、もしメダルが足りなかったら私の上げますから頑張りましょう」

「what?」


四つん這いになった俺の前にしゃがみ込んだルーチェさんが、イベントリから水晶のアクセサリーを取り出した。


「これのお礼になるかは分からないですけど、それくらいしか私には恩返しできないので」


はにかむルーチェさんの背後に後光が差して見える。

彼女って実は女神だったりするのか。

もしくは天より遣わされた天使であらせられる?

俺はルーチェさん、いやルーチェ様のお姿を直視できず、そのまま土下座に移行する。


「ルーチェ様、貴女に変わらぬ忠誠をっ!」

「やべぇぞ。声がマジだ。ルーチェが死ねって言ったら迷いなく実行しそうだぞ」


それが勅命ならば、この命など惜しくない。


「しないもん!あの、様付けとかいいですから、まずは顔を上げてください!」

「拝観料払うので少々お待ちを」

「いりません!」


動転する女神さまの隣で、槍を肩に担いだウェンディがしかめっ面で空模様を確認していた。

今日はずっと生憎の天気だ。

雨こそ降っていないが、肌寒いらしく特に薄着のウェンディが時折くしゃみをするほどだ。

だからなのか、この森林は昨日に輪をかけて人がおらず、今では俺たち以外の気配はまったく感じられない。


「メダルどうするかはさておき、時間ギリギリまで粘るのはやめようぜ。大雨振ってきそうだしよ」

「残念だが、仕方ない。女神様の柔肌を不必要に濡らすわけにはいかないしな」

「本当に怒りますよ!」


ルーチェさんが抗議の声を上げた。

刹那、風が頬を撫でた。

粘ついていて、陰湿で、そして暴力的なプレッシャー。


「≪アイアンクラッド≫!」


直感の赴くまま、スキルを使用してルーチェさんの正面に飛び込んだ。

同時、暗がりから飛び出してきた何かが楯に激突する。


「なん、だ……!」


≪アイアンクラッド≫、≪城塞外套ランパート・クローク≫、〈エクスマキナ〉のVITすら上回る膂力に押し切られ、膝が屈してしまう。


「ヒュージさん!」

「チッ!」


ウェンディが舌打ちを一つするなり、槍を突き出し迎撃する。

楯が軽くなって、思わずバランスを崩しそうになったのは、それがウェンディの攻撃をよけるために距離を取ったからだとすぐに理解した。


「こいつ、一体は……?」


俺たちの目の前で、それが――プレートアーマーが音を立てて立ち上がった。

フルフェイスマスクのおかげで表情は愚か、性別すら分からない。

この鎧甲冑はモンスターなのか?

だったら、頭上になにも情報が表示されないのは変じゃないか?


「くそっ、フラグおっ立てたつもりなんざねぇんだけどな!」


俺の防御を貫きかけた得物――ロングソードを構え直した甲冑にウェンディが唾を吐き捨てた。


「ウェンディちゃん、この人モンスターじゃないよ、ね?」

「頭上に表示されないデータに、明らかにここいらのモンスターとは毛色がちげぇ風貌。おまけにレア度の高そうな装備品を装備してりゃ、その正体は簡単だろ……!」

「まさか、PK……!?」


昨日話に出ていたプレイヤーを刈るプレイヤー……プレイヤーキラー。

モンスターじゃないのだから、頭上にデータが表示されないのは当然だ。


「逃げんぞ!こいつ、確実にアタシら殺す気だぞ!」

「だろうなっ!」


ルーチェさんを抱きかかえ、弾かれたように森からの脱出を目指す。

出口に向かって走っているうち、俺たちが置かれた状況が嫌でも掴めてくる。

天気が悪いから森が静かだって思った。

生態系を綿密にプログラムされたモンスターたちならまだしも、雨が降ろうが雪が降ろうがお構いなしに動けるプレイヤーがいる世界なんだぞ。

そんな怪物が入り乱れた場所が喧騒に満ちないわけがない。

もし、それでもその場所が静寂だというのならば。


――そりゃあ、プレイヤーをぶち殺しちまえば嫌でも静かになるだろうよ!


「アタシらの中で一番スペックの高いヒュージが押し負けたんだ。相手は確実に格上だ!」

「ったく、有利不利って話じゃないだろ……!」


しかもスキルを使用しないであの力だ。

仮に使われたのなら、あのまま両断されていただろう。


「兎に角、一度街道まで出るぞ!だだっ広い場所まで出ちまえば、そこまで行きゃあ他のプレイヤーだって――」


ウェンディが喋り続けようとした口を閉じ転進、あらん限りの力で俺を突き飛ばした。

そして、俺の居た場所に立ってしまったウェンディの胸に閃光が突き刺さって、


「ウェンディ!」


倒れこんだウェンディが、

粒子に解け、

音を立てて砕け散って、


「ウェンディちゃあああああああああん!」


今にも腕から飛び出そうとするルーチェさんを力ずくで押し留める。


「くそッ!」


庇うのは楯持ちの俺の役目だろ。

人のお株奪ってんじゃないよ、馬鹿野郎が。

湧き上がる後悔を押し殺し、逃走を選択する。


「ヒュージさん……っ」


今にも泣き出しそうな表情に、俺は何も言えない。

口を開いてしまったら、言葉を荒げてしまいそうで血が滲むほどに真一文字に結ぶ。

さっきまで普段通りに遊んでいただけなのに。

なぜ俺たちが狙われないといけないのか。

なんで。

どうして。

乱反射する疑問など知ったことかと、


「ッらぁ!」


横っ面から聞こえた声。

振りかぶったロングソードの鈍い銀光が、


「ヒュージさ、」


淀みない軌跡で俺の首に、


「――っざっけんなあああああああああああ!」


強引に振り返り、≪シールドラム≫を甲冑に叩きつける。


「がっ!?」


カウンターによって吹き飛ばされた鎧が地面を転がり、ロングソードが手放される。

動きが散漫なプレートアーマーにこのまま近付いて、そのまま叩き潰してやりたい。

でも!


「チィッ!」


首筋をかすめ、背後の木々に突き刺さる矢――ウェンディを殺した得物を手にした射手がいる以上、逃げるしかない。

木々を隠れ蓑にして、出口へ疾走する。

背後から迫る圧力。

かすめる矢。

吐きそうになってしまいそうな恐怖を飲み下し、木々を潜り抜ける。


「あと少しで」


森から出られる。

そう言おうとした俺の言葉は、突然足元から吹き上がった真っ赤な閃光に阻まれる。

20mはあるだろう巨大な魔法陣。

まさかと思った。

でも、確信もあった。

なぜなら、格下の俺たちを殺すには随分と手緩かったから。


「――全部、俺たちをここまでおびき寄せるため」

「≪ホーリーガー」


足元から炎が吹き上がる光景は、他人事のように俯瞰していて。

ルーチェさんが魔法を使うよりも早く、視界が紅蓮に染め上げた瞬間。


「ぐああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


身体は愚か、魂まで焼き尽くす衝撃が全身を駆け巡った。

城塞外套ランパート・クローク≫で軽減できるどころじゃない炎が四散し、そのまま力なく地面に倒れ伏した。

危険値であるから回復しろとアラームが鳴り立てているから、俺は辛うじて生きている。

けれど、彼女は。


「ルーチェ、さんっ」


ぐったりとしたルーチェさんに手を伸ばすも、彼女の身体もまた光になって消滅してしまう。


「――――――」


行き場を失った手に、やり場のない怒りを乗せて叩きつけてしまう。


「よくもまぁ生きてんな、あの〈エクスマキナ〉。お前、MPケチったんじゃねぇの?」

「馬鹿言わないでよ。ここら辺のルーキーなら間違いなく消し飛ぶ火力だって」


話声に顔を上げれば、木々の向こうに人影が見えた、気がした。

霞む視界では何人いるのか分からないが、その中で一人の男に気が付いた。

一際目立つ黒い鎧。

その鎧越しでもわかる巌のように鍛え上げられた筋肉を持つ大男。

圧倒的な存在感に確信する。

アイツが、あの赤鎧が、PKのボスだ。


「なぁ。あらかた掃除したし、次は東行こうぜ」

「りょうかーい。じゃああれを潰していきますか」


近付いてくる足音に心臓が狂ったように早鐘を鳴らす。

悪い予想に予想が幾重にも重なっても、俺の身体は既に動く力さえない。

逃げなければならないのに。

戦わなければならないのに。

俺はただ、近付いてくるプレートアーマー、俺が殴り飛ばしたあの鎧を見上げているしかできない。


「お疲れ、ルーキー。アンタの一発、結構痛かったぜ!」


曇天を切り裂く様に掲げられた剣。

俺も、殺される――!

迫る死の気配に、思わず目をつむった。


「ごめんね、弟君。遅くなっちゃった」


聞こえるはずのない声が不意に耳朶を打つ。

驚いて目を開けば、いるはずのない人が曇りない蒼穹の髪を揺らしてそこにいた。


「ルルねぇっ……!?」


俺が声を上げるのと同時、光が吹き上がってルルねぇの顔を照らし出した。

それが、俺を殺そうとしたプレートアーマーの最後だったと暫く気付くことが出来なかった。


「どうしてここに……!?」

「森林地帯でPKクランが暴れてるってクランメンバーから情報が入ってね。ようやく現着したところだよ」


そう言って俺を抱き起してくれたのはテラ美さんだった。

テラ美さんは腰のブックホルダーから分厚いボロボロの本を引き抜くと、突然ページを千切って俺の身体に貼り付けた。


乾杯トスト


ページが俺の身体にするりと入り込み、体が突然軽くなる。

簡易ステータスに目を向ければ、HPバーがいつの間にかブルーゾーンに戻っていた。


「これは、回復魔法?」

「似たようなものだ。ルル、これで弟クンは一安心だ」

「弟君は無事だけど……遅かったみたい。ごめんなさい」

「……謝らないで、ルルねぇ」


首筋を伝う大粒の汗を見れば、ルルねぇを責めることなんてできない。

ルルねぇは此方を一切見ることなく、ただ一点、あの黒い鎧を睨み付けている。


「【トゥークル】所属のPKクラン≪ガラマカブル≫。まさかやって来るとは思ってもみなかったよ」

「クハハハ。【サンディライト】第二位のクランマスターに知ってもらえるとは、俺たちも名が売れたもんだなぁッ」

「初心者刈りばかりしていれば名前は売れるよ。違うかな、グラファイト」

「かもしねれぇけど、それも今日で終わりだ」


黒い鎧――グラファイトが余裕の表情で手を広げて見せる。


「功を急ぐつもりはねぇけど、折角来たんだ。遊んでいこうぜ」


指を芝居がかって鳴らすと、四方八方から殺気が放たれる。

圧し潰さんばかりの圧迫感は一人や二人で成せる量じゃない。


「10……20……なるほど、合計50人の大所帯か。≪気配遮断≫は比較的入手しやすいスキルだが、こんな手狭にこれだけよくも揃えたものだ」

「PKの基本スキルだね」


ルルねぇのアイコンタクトを受け、テラ美さんが後ろ手で俺を庇いながら本を開いた。


「弟君、我慢できる?」

「……するさ」


あの顔面に殴り掛かってやりたいが、包囲された状況では極端にレベルの低い俺では2人の足手まといにしかならない。


「イベントはあと9時間。その間PKをしないのなら、私たちは手を出さない。けれど、もし一人でもその手にかけたのなら――クランごと蹴り潰すから」


噴火したようにテラ美さんの本からページが舞い踊り、繭を形成する。

乱れ飛ぶ古ぼけた紙の向こうのグラファイトはルルねぇの忠告を下らないとばかりに一蹴する。


「自分のプレイスタイルを他人に押し付けてんじゃねぇよ、バァカ」


中指を突き立てたクソ野郎の姿は、紙片の嵐に隠れて見えなくなった。





「お゛と゛う゛と゛く゛ん゛、ふ゛し゛て゛よ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「全身の関節から聞いたことのない異音ぐぁぁぁぁぁ!」


クランマスターの顔から一転、いつものルルねぇとなった俺の姉はわんわん泣き出して未だパニックのままの俺を万力の如き力で抱きしめる。


「待ってルルねぇ!俺まだ状況が全然呑み込めてなくぅぅぅォォォォォォォ!」

「そ゛ん゛な゛こ゛と゛と゛う゛て゛も゛い゛い゛の゛!お゛と゛う゛と゛く゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」


ヤバい、なんか画面にパーツに過剰負荷がかかってるって注意マーク出てるんだけど!


「こら、ルル。やめないか」


テラ美さんがルルねぇを容易く引き剥がす。

俺じゃびくともしなかったのに、なんてSTRなんだ。


「私の頁が無駄になる。元通りになるまで時間がかかるの知ってるだろうに」

「た゛っ゛て゛ぇ゛!」


これ俺のこと心配してないな?


「弟クン、大変な目にあっただろうが街まで戻ってこれたんだ。もう安心してくれていいよ」

「街?」


テラ美さんに言われて気付いた。

俺たちはいつの間にか、『ティミリ=アリス』の大正門の前にいる。

片道2時間の道を一瞬で移動したのか?


「これでも手品は得意なんだ。あまり深く聞かないでやってくれ」


ブックホルダーの本を俺から隠すように身をよじる。

それよりも、とテラ美さんは表情を引き締めた。


「デスペナルティになった2人も街に戻ってきてるはずだ。噴水広場がリスタートポイントになっているから、早く行って安心させてあげるといい」

「テラ美さんたちは?」

「私たちは情報整理のためにクランハウスへ戻るよ。何かあれば、弟クンもクランハウスへ来てくれ」

「ありがとうございます」

「い゛っ゛ち゛ゃ゛や゛た゛よ゛ぅ゛、お゛と゛う゛と゛く゛ん゛っ!」


クランハウスとやらの場所を送ってもらった俺は2人に一礼するなり、広場へと走り出した。

走るつもりはなかったのに足が急いでしまうのは、PKに死の恐怖を味わわされたからか。

ウェンディに会ったら、なんで庇ったんだって怒鳴ってやる。

ルーチェさんには守れなくてごめんと謝ろう。

それで、いつも通りに冒険をして忘れてしまおう。

PKなんて笑い話にするくらいに楽しいものを。

あれやこれやと想像しながら、俺は噴水広場へと到着した。


「ログアウトしてないなら、どこかに……あっ」


イベントの追い込みとあって、広場は閑散としている。

噴水の向こう側に2人の姿が見えた。

移動されていたらどうしようかと心配してたぞ。


「ウェンディ!ルーチェさん!」

「「!」」


2人が揃って振り向き、俺はのどまで出かかった言葉を吐き出せなかった。

いつもの快活な笑みではなく、血の気のひいた青い顔のウェンディに。


「ヒュージ、さん……」


目を見開いたルーチェさんは何かを言おうと口を開こうとして、そのまま弾かれたように走って行ってしまう。

呆然とする俺の背中をウェンディが叩く。


「ヒュージ、追ってくれ!頼む!」

「あ、ああ!」


余裕のないウェンディの声を背に受けて、ルーチェさんを追いかける。

ウェンディほどAGIは高くないが、Xジョブの補正でそこそこあって助かった。

すぐにルーチェさんに追いついて、その手を掴んだ。


「捕まえたよ、ルーチェさん」

「ヒュージさん……」

「急に走っていっちゃうからビックリしたよ」

「……すみません」


ルーチェさんは背中を向けたままだったけど逃げるつもりはないようだし、俺はそっと手を離した。


「聞かせてほしい。ウェンディと何を話してたの?」


直球の質問に、びくっと肩を震わせたルーチェさんが体をこわばらせた。

問いかけて彼女が答えてくれるのをじっと待つ。


「ヒュージさん」


そうして。

ようやく俺を呼ぶ声は、どこまでも冷たかった。


「私、ヒュージさんからもらったアクセサリーを無くしちゃいました」


ルーチェさんの足元で、水滴が落ちてはじける。

雨じゃない。

あれは、ルーチェさんの涙だ。


「装備していて傷つけたら大変だって思って、イベントリにしまっていたんです。そうしたら……」


デスペナルティの装備品以外のアイテム全損で、落としてしまったのか。

だとしたら、あのグラファイトが率いるクランに回収されたと考えるのが妥当だけど、万一ということもある。


「イベントが終わったら、森に戻って探してみよう。その時にはあのPKも、」

「できないんですよ」

「できないって、どうして?」

「デスペナルティにはもう一つ。ゲーム内時間で24時間経過するまで街から出られないっていうのがあるんです。装備品とかジョブとか整えるための準備時間だってウェンディちゃんが言ってました」


俺は一瞬、言葉を失った。

ファンタジー世界を冒険できるゲームなのに、冒険すらさせず街に居ろだなんて。

どんな理不尽だ、それ。


「ヒュージさんが思い出にって作ってくれたのに。それなのに私は」

「大丈夫だよ、気にしないで。素材ならまだあるし、無くしたって作り直せば、」

「あれじゃなきゃ!」


髪を振り乱し、ルーチェさんが俺を見た。

首筋まで伝う涙が、彼女がどれほど悲しんでいるかを伝えてきた。


「あれじゃなきゃ、ダメなんです!あれじゃなきゃ、嫌なんです!3人で一緒に、記念にって考えてくれたヒュージさんの気持ちが込められたあのアクセサリーじゃなきゃ、私はっ」


俺から顔を逸らすように、上を向いて。


「ごめんなさい、ヒュージさん……ごめん、な、ああああああああああ……」


堰を切ったように泣き始める。

俺の胸が張り裂けてしまいそうなほどの大きな声で。


「ひぐっ……ごめんなさい、ヒュージさ、ごめんなさい……」


追い打つように、ついに雨が降り出した。

次第に強くなっていく雨の中で。

俺は。

どうしたらいいのか分からなくて、無言のまま、泣いている彼女の傍にいることしかできなかった。





暫く一人にしてほしいと言ってきたので、俺たちはそれっきり分かれてしまった。

泣いているルーチェさんを放っておくのは心が痛むが、それ以上に、気が付いてしまった。

身体の芯を熱く滾らせている情動に。


「ヒュージ」

「ウェンディ、丁度いい。一緒に来てくれ」


噴水広場に戻ってくるなり、ウェンディが駆け寄ってきてくれたので、そのまま手を取る。


「おい、ヒュージっ!ルーチェのことどうするんだよ!」

「いいから」


怒鳴るウェンディを無視して、地図を展開して目的地までのルートを突き進む。

目的の建物は遠くからでもよく目立つ位置に立っていて、迷うことはなかった。

やたら大きいドアを乱暴に開け放った。


「ようこそ、弟クン。クラン≪サニー・サイド・アップ≫の秘密基地に」

「ヒュージ、お前っ」


カウンターに寄りかかっていたテラ美さんが手招きする。

何か言いたげなウェンディを引っ張って彼女の前に立った。


「ルル、ご到着だ」

「弟君、やっぱり来たね。むむむ、お姉ちゃんとしては複雑だよぅ」

「いたっ」


困ったような台詞を言いながら、ぺしっと俺の手をウェンディから力づくで引っぺがした。

手を摩るウェンディに、俺は頭を下げた。


「ウェンディ頼みがある」

「ヒュージ、お前――」



「金を貸してくれ」




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