第12話 妖怪メダルおいてけ注意報!

俺とウェンディがプライドをBETした鬼ごっこに興じている間に、『ティミリ=アリス』周辺は初心者と上級者がちらほら入り乱れて縄張り争いを行っていた。

巻き込まれでもしたら厄介だと判断し、事前にwikiで調べてきたウェンディの薦めで首都から2時間ほど南下し、森林地帯へと足を踏み入れた。

立ち並んだ木々が視界を邪魔し、不用意に離れようものならたちまち遭難してしまいそうだ。

この環境からか戦闘音はまばらで、人の少なさを窺える。

メダルを集め始めて早数刻。

俺たちは、いや俺は今――


「死に晒せテメエオラあああああああああああああああああああッ!」


≪シールドラム≫で狼のようなモンスター【グレイウルフ】を大楯で圧し潰していた。

悲鳴と血飛沫の代わりの光の泡が地面と楯の隙間から噴き出し、空にアーチを描く。


「チッ。こいつも外れかよ!」


狼が消滅した後には換金アイテムらしき牙しか残っておらず、俺は唾棄してしまう。

【グレイウルフ】だった光の粒子を薙ぎ払い、背後を振り返る。


『glululululululu!』


毛を逆立て、牙を剥き威嚇する【グレイウルフ】が4匹。

リアルの狼と同じ習性らしく、複数で狩りを行うらしい。

レベルも8と格上で数的不利と相まって本来なら撤退を推奨される状況だ。

だが、今の俺にそんなものはリスクでもなんでもない。


「お前らモンスターだろ……!」


踏みしめるように狼の群れに近付いていく。

仲間を倒されて警戒しているのか、奴らは動こうとしない。

その姿は俺からすれば、足の生えた宝箱でしかないのに、どうして気づけないのだろうか。


「モンスターなんだったらよぉ……!」


【グレイウルフ】の一匹が、木の枝を踏みつけた音を聞いた瞬間、


「テメェらモンスターならメダルおいてけぇぇぇぇっ!」


猛然と飛び掛かる!


『Glu!?』

「ハッハーッ!獲ったぞォォォォッ!」


たちまち散開する狼たち。

だが一匹だけ反応が遅れ、俺の腕がそいつの喉を鷲掴んだ。

いくらレベルが上とはいえ、こうなってしまえば只のサンドバックだ!


「まだまだ先は長いんだ。SPはケチらせてもらうぜぇぇぇッ!」

『Glaaaaaaaaaaaa!』


マウントを取った俺を引き剥がそうと、勇ましく一匹が俺の腕に牙を立ててきた。

仲間は決して見捨てないその心意気は実にイエスだ。

だがッ!


「無駄無足無効!無益に不毛に徒爾ィッ!」


城塞外套ランパート・クローク≫の前では俺のHPを1とも削ることはできないのだよ!

俺は狼ごと拳を振り下ろす。


「【盾使いシールダー】のSTRでも、ウン十発も殴ってやりゃあ、HPもゼロにできるんだぜぇ!」


殴る。

殴る殴る。

殴る殴る殴る。

今後を見越し、≪シールドラム≫は使わない。

己の拳一つで、【グレイウルフ】に土の味をエンジョイさせる。

爪を立てるなどして必死の抵抗を試みる狼だが、絶対的なスキルの前に打つ手はなく、HPバーが一方的に削られていく。


『g……lu……lu……』


視線がチャンスを窺うべく木陰に身を潜めている2匹の狼へと注がれる。

助けを求めるているのか、逃げろと指示しているのかは定かではないが、宿った意志の強さは彼らにメッセージとして送り届けられる。


『『……(ふいっ)』』

『!』


だが、無情にも受け取りは拒否された。

揃って顔を逸らされ、瞳から光が消え去る。

仲間意識に殉じ、いつの間にか消滅していた腕の一匹とは大違いだ。


「そう気を落とすな。お前を殺ったら次はアイツらの番だ。悉く撃滅してやるから、安心してアイテム落とすといい」


交差する機械と獣の双眸。

互いに人間性を失った存在同士、奇妙な友情を確かめ合う。

しかし、現実は悲劇の連続だ。

次の瞬間には拳が口に突き刺さり戦友を絶命させる。

四肢を力いっぱい漲らせ、立ち向かったお前の雄姿は絶対に忘れない。

光の粒になって、天に召される【グレイウルフ】。

そして残るのは英霊の魂の結晶――狼の牙クソドロップ


「ッはーーーーーーーーーー!メダル落とさないんですかーーーーーー!そーーーーーーーーーーですかーーーーーーーー!」


やっぱり畜生は駄目だな、愛せない。

根切だ。

意思疎通できない害獣は生かしておけない。


「次はお前らだ」


牙を蹴り飛ばし、ぬらと立ち上がる。


『glu!』


尻尾を巻いて逃げ出す二匹。

最後まで抵抗するどころか、仲間の無念すら踏みにじる蛮行。

愚かしさを正すべく、執行者として一歩踏み出す。


「≪れいざーしゃーぷ≫」


抑揚のない声がケダモノの前から響く。

死神のような虚ろな目をしたウェンディが木陰から飛び出し、繰り出した槍撃が【グレイウルフ】を切り裂いた。


『glu、lu』


HPバーが砕ける音と、光の飛礫となって体が吹き飛ぶ音が重なり、奇妙なハーモニーを奏でる。


「ほらよ、ヒュージ」


槍を担ぎなおし、ウェンディはドロップ品を拾い上げると、俺に投げよこす。

ついにドロップした2枚の銀貨が俺の手に握られた。


「いいのか!?」

「呪われそうだからいらん」

「サンキュー、ウェンディ!感謝のハグを!」


あんよが画面いっぱいに広がった。


「……お前、公式のプレイマナー講座をいっぺん見てこい」


凄く蔑んだ目で見られている。

興奮して女性に抱きつくのはマナー違反だとは分かっていても、この気持ちを伝えるにはボディアタックしかないのだ。


「そうは言うけどな、ようやくこれで4枚なんだぞ!必死にもなるだろうし、お礼のひとつくらいしたくもなる!」

「イベントに全力を出す意欲は認めてやるよ。けどな」


ウェンディの親指が俺の遥か横を指した。


「(ガタガタガタガタ)」


すっぽりと草むらに隠れてほんのり涙目になっているルーチェさんがいた。

先ほどの狼どもとは違う、野兎のようなネイティブな可愛さに目を奪われてしまう。


「お前、あれ見てどう思うよ」

「森って意外と寒いから、ミニスカートだと辛いんじゃないのか?」

「ふぅ……」


そのため息の意味は何でしょうか?


「とりあえず、【グレイウルフ】の群れも追い払ったし、ここでひと先ず休憩しようぜ」

「オーケー。ルーチェさん、もう狼の群れは追い払ったから、こっちに来ても大丈夫だよ」

「あ、えと……はい……」


手招きをすると、恐々としながらも草むらから出てきてくれた。

狼の群れに襲われただなんて、誰だって恐ろしいもんだよな。

ウェンディがイベントリから取り出したレジャーシートの上に、2人が座るのを見届け、俺は適当な岩に腰を下ろす。


「この調子ならあと4,480体も倒せば目標に到達するな」

「現実見ろ、ヒュージ」

「……」

「ヒュージさん、声を殺してさめざめ泣かないでください!」


泣いてない!

俺はマシンだから涙を流さないのだ!


「大体、5匹でようやく一枚しかドロップしない倍率がおかしいんじゃないのか」

「モンスターのレベルとLUKでアイテムドロップが決まるらしいからな。お前のLUKが低いってのもあるんだろうぜ」

「【白き機神シリーズ】はスキルなどで恵まれているので、そのぶんLUKを低くすることでバランスを取っている印象がありますね」

「つっても、リアルラックに恵まれてるのなら関係ねぇ話だけどな」

「なら期待できないな」


その現実ではくじ引きで今年の運気を使い切ったばかりだと言ってしまいたい。


「だったら、あとはPKって手段もあるっちゃあるな」

「PK?」


じろ、と煩わし気に向けられたウェンディの冷たい視線に思わず背筋が伸びる。

ヤバい話題を踏んだのは初心者の俺でも実感する。


「プレイヤーキル、もしくはプレイヤーキラー。【トゥークル】みてぇに闘技場を利用してプレイヤーとガチバトルするんじゃなくて、こういうフィールドでプレイヤーをぶっ殺すプレイだぜ」

「前にお前言ってたよな?死亡すると装備品以外のアイテムをばら撒くって」

「おう。PKはデスペナかっ喰らわせるか、アイテムの追い剥ぎがメインだからな」

「よくもまあそんなプレイがまかり通るもんだな」

「【無印版】でもGMはよほどのことがない限りプレイヤー同士のいざこざには干渉してこねぇからな。続編でも同じだろ」

「……なんだか嫌な話だね」


自分が襲われたときを想像して、ルーチェさんは両手で震える体を抑え込む。

今の俺たちはレベルも低い。

プレイヤーを狙うようなプレイスキルを持つような奴に狙われでもしたらひとたまりもない。


「ま、そう暗くなる話でもねぇって!そうしょげんなっての!」


落ち込んだ空気を吹き飛ばすようにウェンディが務めて明るい声を出すと、ルーチェさんの肩を抱く。


「PKに出会っちまって最悪デスペナっても、PKに対処してくれるクランもあるんだぜ?そっちに任しゃあいいんだって!」


GMがゲーム内の出来事にみだりに触れられないのなら、プレイヤーで自警団のようなコミュニティが出来上がるのは当然か。


「幸い、アタシらにゃ心強ぇコネがあっからな。なぁ、ヒュージ?」

「……ふぉい?」


急に話を振られて変な声が出てしまった。


「そうなんですか、ヒュージさん?」

「初耳なんだけど――って、ウェンディなんでそんな目で見るんだ」

「じゃあ教えといてやる。ルルさんのクラン〈サニー・サイド・アップ〉はPKに限らず、困ったときの駆け込み寺として有名なトップクランなんだぞ」

「……ゑ?」

「あーその反応やっぱ知らなかったのな」


思い返してみると、現実のルルねぇこと璃々ねぇは【BW2】でのことをあまり話さない。

思い出せる限りでも、レベルが上がったとかそんな差し障りのない話題ばかりだったのは、興味の無い俺のことを慮ってのことだったんだろうな。

でも、ウェンディの話を聞いても不自然とは思わなかった。


「ルルねぇ、ゲーム大好き人間だからなぁ。そりゃあゲームで困ってる人は絶対に見捨てないよな」

「ついでに弟もな」

「困ったらルルねぇに頼ればいいからさ、安心していいよルーチェさん」


途中に挟まったウェンディのセリフは大胆に無視する。

俺も不安は残るが、ルルねぇという強力なバックがいると知ったから気が楽になった。


「そうですね。……あの、ヒュージさん、街での言葉のことですけど」

「……なんだっけ」

「覚えてねぇのかよ」


マグマの如き感情の濁流に任せて口走ったから曖昧だ。


「その……メダル刈りするって言葉を言ってましたけど。……やりませんよね?」


ルーチェさんが憂えた視線を俺に送る。

彼女は、血迷った俺が口走ったPKをするって言葉を気にかけてくれていたのか。


「心配しないで。PKはしない」

「本心はどうですか?」

「パーツ一式欲しいからメダルはがっつり欲しいし、そのためなら手段は選ばない所存」

「ヒュージって嘘がつけない奴だよな」


くうっ、なんて巧妙な誘導尋問!


「で、でも!さっきの話を聞いてやろうとは思わないのは事実だよ。PKやったらルルねぇにシバき倒されるのが目に見えてるし。それにね、」

「それに?」

「2人と遊べなくなるでしょ」

「「……」」


嘘偽らざる気持ちを伝えると、2人は少し驚いた表情で俺を見た。


「すまん、ヒュージ。アタシ、お前を脳みそロボットだけの駄目なオタクだと思ってた」

「気にするなマイフレンド。その評価は1ピコも間違ってない」

「訂正しない辺りがヒュージさんらしいです」


くすくすと笑いをかみ殺すルーチェさんにウェンディと頷きあう。

よかった、不安は取り除けたようだ。

これからは不用意な発言は控えるようにしないとな。

プラモの切り残しのようにそのままにしておいたら、いずれ不和が生まれるのだ。


「……あっ」


きゅぅっとルーチェさんのお腹が鳴った。

【空腹】のバッドステータス(?)を表すサインだ。


「なんだよ、安心したら腹が減るってルーチェお前マンガかよ!」

「ち、違うもん!これは、その、ヒュージさんのせいです!だから、目の前でご飯とか食べちゃいますから!」


ボンと音を立てて真っ赤になったルーチェさん。

徐にイベントリから見せつけるようにサンドイッチを取り出して、食べ始めてしまう。


「ステイだルーチェさん!リアルでそろそろお昼時なんだよ!このタイミングの飯テロは辛いよ!」

「しりません!ウェンディちゃんもご飯食べよう!お腹いっぱい食べないと、これから頑張れないよ!」


【空腹】は全てのステータスを下げるバッドステータスで、かつて【グラウバ】が使っていた強烈なステータス減少の【衰弱】に似ている。

しかし、ルーチェさんのように食事をとれば簡単に治すことが出来るのが違いだろうか。


「ヒュージも飯食えばいいじゃねぇか」

「貴様ほどの剛の者がゲームの仕様を熟知しておらぬと言うまいな!」


さて、〈エクスマキナ〉は【衰弱】を無効化できるのだから、それよりも軽度のバッドステータスである【空腹】もシャットアウトできるのはごく当たり前の帰結である。

それは言い換えてしまえば、俺はこの【BW2】では一切の食事ができないことを意味している。

機械であるがゆえに空腹感を感じず、常に万全で動けるのは強力なメリットである。

しかし、それはゲームの中の俺。


「一旦ログアウトして飯食べてきてもいいよな!?」

「ダメですっ!そしたら置いていっちゃいます!」

「そんな!ご無体でござるよ、御大将!」

「脳に糖分が回ってない言い方だぞヒュージ」


現実の俺は普通に腹も減るし、喉も乾く。

こうやって目の前で旨そうな飯を見ると、腹が減っていないのに減ってくる感覚の違和感が俺をかなり苦しめるんだ!


「ただのサンドイッチなのにクソ旨ぇんだよな。流石はゲームって感じだぜ」

「野菜がみずみずしくって、噛んだ瞬間に美味しさが口いっぱいに広がるのがいいよね。でも、こればかり食べてると、現実で作っても物足りなくなっちゃうのが怖いよかな」

「うおおお!二人揃って実況するのは止めてくれええええええええ!腹が減るぅぅぅぅぅ!」


魂の慟哭が森林地帯に響き渡る。

畜生っ、腹が減ってないのに減ってきたなぁ!

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