第7話 【神楯機兵】-アイギスガード-

俺と〈エクスマキナ〉が激突する。

【グラウバ】は〈エクスマキナ〉を巧みに操り、止めどない攻撃を繰り出してくる。

一発で地面を捲り上げる爆撃さながらの剛拳を楯で受け流し、距離を取ろうとするが……。


『kikiッ!』


息をつく暇はなかった。

俊敏な動きで肉薄し、振り抜かれた足を楯で次々捌いていく。

どうにもフィールド全体を覆っている糸がセンサーになっているらしく、わずかなタイミングでも容赦なく迫ってくる。

吐息がかかりそうなほど間近で二つのカメラアイが光り、動くたびに鋭角なシルエットが青い残光を引く。


「最高じゃないか……ありがとうございます……!」

「神に感謝してる場合かよ!背中借りっぞ!」


返事を待たず、ウェンディが俺の背中を踏みつけて飛び上がると、≪レイザーシャープ≫を使用する。

俺を踏み台にした!?


『Gishiッ!?』


【グラウバ】が驚いたような反応も一瞬。

即座に右腕を振り上げ、真っ向からウェンディを迎撃する。

互いの得物がスパークをまき散らして鍔迫り合いを起こす。


「羅ァっ!」


勝ったのはウェンディだ。

押し負け、倒れそうになるが、足裏のフックががっちりと地面をホールドする。

だが、〈エクスマキナ〉の腕はウェンディの一撃に耐え切れずに、肩口からはじけ飛んで転がって行ってしまう。


ウェンディ貴様いい攻撃だった!それでも人間か!?

「ヒュージさん、器用な喋り方ができるんですね……」

「お前その調子でアイツ倒せんのかよ」


ウェンディに言い返せず、ぐっと喉を詰まらせた。

あのパーフェクトワンを俺が攻撃できるのか。

いや、無理だ。

腕が取れただけで、心臓に穴が開いたのではないかと錯覚するほどの激痛が走った。

このままではアバターより先にリアルの俺がショック死してしまう。


『Sisisisisi!』


心配無用だとばかりに【グラウバ】の尻尾から糸が伸びた。

吹き飛ばされた腕に絡みついて巻き上げ、完全体へと復元する。


「リカバリーの素早さには惜しみない拍手を送ってやるぞ虫野郎!グッジョブ!」

「ヒュージさん、今日一番活き活きしてます」

「ブレねぇのは結構だが、オホオホ言ってねぇであのデカブツの攻略法くらい出しやがれロボオタっ」

「オタクをゴリラみたいに言うんじゃないよ」


接続したばかりの腕をぐるぐると回して、調子を確かめている【グラウバ】。

無理やりなドッキングに肩からは火花が散り、異音が耳朶を打つ。

あのクソ虫め、なんて愛のない動かし方なんだ。

俺ならもっと繊細に、かつ丁寧に扱うのに……そうだ。


「なんでもいいっていうのなら一回試してみたいことができた」

「いいぜ、そうこなくっちゃな。狙いは?」

「寝取り」

「ねと……!?」


真っ赤になったルーチェさんがもごついたそのタイミングで、俺目掛けて猛チャージをかける【グラウバ】。


「ウェンディ!さっきの要領で、攻撃して適当なパーツ吹っ飛ばしてくれ!」

「オーライ!死ぬなよ、オタク!」

「……善処する」

「本当に大丈夫なんですよね……?」


俺は楯を構え直して〈エクスマキナ〉へと立ち向かう。

幸か不幸か他の二人には目もくれず、俺だけを執拗に攻撃してくれる。


「俺そんなに恨み買ったかよ!」

「気付いてないんですね……」


どうしてか苦笑していたルーチェさんの脇を風のようにすり抜け、ウェンディが走る。


「もう少し客観性ってのを養ったほうがいいぜ!」


失礼なことを宣いつつ、振り抜いた槍がきっちり右肩を捉える。

【グラウバ】が反応するよりも早くひと捻り、穂先を跳ね上げる。

派手にスパークした右腕が胴体から離れ、再度宙を舞う。


「この瞬間を待ってたんだ!」


楯を投げ捨てて、右腕をキャッチ。

どでっぱらから見事に落下した衝撃で昼飯を吐きそうになったがノープログレム!

腹を摩りながら立ち上がり、表示されているポップアップ画面をチェックする。

長々と説明が羅列しているが、必要な情報は最上段にきちんと書かれていた。


【白き機神アームR】

装備可能


「ビンゴ!」


俺はすべて読み切る前に、イベントリにアイテムを放り込むと、メインパレットを操作して右腕の交換を実行する。

指先から光の粒子に包まれ、濃緑色の腕が白い装甲へと新生していく。


「ヒュージさん、痛くありませんか?」

「これが全然痛くないんだよ」


回復魔法をかけようとするルーチェさんに腕を振ってアピールする。

【グラウバ】が接続しなおした時のように、何かしらのエラーが出るのは覚悟していたが、そんなことは一切なかった。

それどころか妙に力が湧いてくるくらいだ。

一部だけ色とデザインが異なるのは気持ち悪くて死にそうになるが、ここはぐっと我慢だ。


『Gigigigigigi!』


奪われて怒り心頭らしい、〈エクスマキナ〉を駆って【グラウバ】が殴り掛かってくる。


「ヒュージ!」

「お前、それ蹴るな……あぶねぇ!」


ウェンディが蹴り飛ばした楯をぶつかる直前でかろうじてキャッチし、そのまま拳を防ぐ。

無茶な姿勢だったのにも関わらず、楯は揺らぐことなく〈エクスマキナ〉の拳を受け止めていた。

防御しても6割消し飛んでいた俺のHPは1割しか減っていないくらいだ。


「うそぉ……」

≪Gisya!?≫


【グラウバ】が背中から身を乗り出して俺を見下ろしている。

どこか呆けた表情をしているが、劇的な変化に戸惑ってる俺も同じような顔をしているだろうな。


「ケツががら空きだぜ!」


紺色の尻尾が機神の背後で揺れる。

僅かな隙さえ見逃すことなく、飛び掛かったウェンディの槍が左腕を吹き飛ばし、返す刀が右足に突き刺さる。


「もう片足もだ!」


片足立ちになった〈エクスマキナ〉の股をくぐり抜けながら、≪レイザーシャープ≫を叩きこみ、もう片足も奪い去る。


「ヒュージさん、左腕持ってきましたっ」

「ほらヒュージ、これで何とかなんだろ!」

「だから、蹴るんじゃないよ!」


ルーチェさんから受け取った左腕、ウェンディが蹴ってよこした両脚。

メニューを操作して、次々と装備を切り替えていく。

光の粒子が次々はじけ、俺の体が純白の装甲に置き換わっていく。


『GisyaGisya!』


のたうち回っていた【グラウバ】がようやく体勢を立て直し、残ったパーツを糸でがんじがらめにする。

奪われないようにするためかと身構えた俺は次の瞬間に目を剥いてしまった。

あろうことかそれをハンマー投げのように回し始め、あまつさえ――投げてきたからだ。


「やはり――」


手足を失ったことで扱いに困った末の行動だが、ぞんざいな扱いだけは許せない。


「やはり分かり合えないんだよ、虫けらとはなァ!」


血涙が出そうなほど魂の慟哭を上げ、楯を投げ捨てて真っ向からキャッチする。

胃液が逆流しそうな衝撃が全身を襲い、視界が真っ赤に染まる。

HPバーの残りは……1割あるかどうか。

けど、それだけあれば十分!

塊を抱えなおし、糸を握りしめる。

プリセットのパーツならばまだしも、今なら一切パワー負けしない!

力比べなどするまでもなく、奴の脚が一本、また一本と地面から引き剥がされる。


「ロボット玩具は精密なんだから大事にしろって……教わらなかったのかよ!」


一喝と共に背負い投げる!

半円を描き、俺の頭上を蟲は通過し、糸を自ら千切るタイミングを失った【グラウバ】は俺の信条と共に岩壁に叩きつけられる。

今までにない勢いでHPバーが動き、


「ダメ押しってな!」


止めのウェンディの≪レイザーシャープ≫が深々と胸部を貫いた瞬間、HPバーが音を立てて砕け散った。

足掻く様に脚を痙攣させていたが、ついに巨大な蟲は光の粒子となって倒れ去った。

主が居なくなったことで、部屋中を包んでいた糸も魔法のように消えていく。


「か、勝てたんですか……?」

「第二形態とかなさそうだね」


現に勝ったことを示すように、ファンファーレが鳴り響き、帰還用らしき魔法陣が巨大水晶の前に展開された。


「ったくよ、一時はどうなるかと思ったが、やっぱ何とかなったぜ」


光渦を背に残心を決めたウェンディだったが、言うなり得物を放り投げて大の字に寝転がった。

ずっと動きっぱなしだったもんな。


「お疲れ、ウェンディ。ルーチェさんもいい活躍してくれたね」

「ありがとうございます、ヒュージさん。今≪ヒール≫使います」

「大丈夫、レベルアップしてHPとか回復したし」


【グラウバ】を討伐したことで、晴れて【盾使いシールダー】のレベルは3になった。

同様に二人もレベルアップしたハズだ。


「つか、これでも1レべしか上がんねぇのかよ。ドロップも落としてねぇし、シケてんなぁ」

「最初のボスだしこんなもんじゃないのか」


そりゃあ、あれだけ派手にやりあったのなら経験値がっぽり頂くとか、ドロップ品の一つや二つ落として欲しかったけどさ。


「でも、それは消えなかったんですね」


ルーチェさんの視線が俺が抱きっぱなしにしていた〈エクスマキナ〉のパーツに注がれる。

攻略ギミックだと思ってたから【グラウバ】の消滅に合わせて消えると思っていたんだけど、そんなことはなかったんだ。


「折角だし、一式つけたらどうよ」

「俺みたいなクソオタが付けたら感電死させるようなデストラップがあるかもしれないのにいいのか……?」

「妄想激しいな、おい。いいからさっさとしなって」


ウェンディに促されるまま、イベントリから残ったヘッドとボディを装備する。

全てのパーツが揃い、青いラインが喜ぶように光を放つ。

水晶に映っている俺の姿は、まさにあの白い機甲そのもの。


「……お、おぉ……おぉぉぉぉぉぉぉ!」

「な、なんですか、どうしたんですか!?震度7くらいありそうな震え方してますよ!?」

「気にすんなルーチェ。ありゃ喜びを噛み締めてるだけだろ」


この喜びをどうやって言語化しようか迷う俺の耳元でシステム音が鳴る。


【〈エクスマキナ〉専用パーツ【白き機神シリーズ】を装備したことで、ジョブ【神楯機兵アイギスガード】を獲得しました】


「アイギス、ガード?」

「どうかしました、ヒュージさん」


二人を手招きして、パレットを呼び出してステータスをチェックする。

盾使いシールダー】だけだったクラス一覧に、付け加えられた【神楯機兵】の文字をタッチする。


神楯機兵アイギスガード

七機兵アイギス・セブンの四号機に与えられたジョブ。

ロストテクノロジーを集結して構築された純白の装甲には特殊エネルギーをコーティングし、城塞の如き防御力を誇る。

取得条件:種族〈エクスマキナ〉、【盾使いシールダー】系ジョブ1レベル以上、【白き機神シリーズ】フルセット


「如何にもな設定ですね」

「ヒュージ、こういうのぜってぇ好きだろ」

「男の子なら全員好きだろ」


現代技術を超越した超兵器を嫌いな男がいてたまるか。

とは俺の意見だが、このパーツは結果的には【グラウバ】のドロップなわけだから我を通すわけにもいかない。

俺は二人に尋ねる。


「物は相談だが、ジョブのこともあるし、このまま俺が装備していっても構わないか?もちろん、二人が嫌なら換金するけど」

「換金できるんですか?」

「……だいじょうぶ、おれ、がまんのこ」

「お前、ほんと分かりやすいのな」


クラス取得はさておいても、あの愛のない扱いから救出したとあって、少し装備しただけで既に愛着が沸いている。

デザインもドツボで、このフォルムをみすみす手放すのは、かなり心が痛む。

二人は顔を寄せ合ってひそひそと打ち合わせして、頷きあった。


「アタシらが持ってても宝の持ち腐れだし、構わねぇよ」

「really!?」

「リアリーです。ヒュージさんロボット大好きさんなのは分かりましたから、遠慮なく使ってあげてください」

「二人とも、ありがとう!」

「ひゃっ!?」


温かい言葉に、思わずルーチェさんを抱きしめる。

二人の心遣いに涙が止まらない。


「俺は今、モーレツに感動してる!本当に二人にあえてよかった!」

「大袈裟な奴。代わりの条件は出させてもらうが構わねぇよな」

「いっそ犬とお呼びください」

「くしゃみ感覚で人権棄てんな。あとルーチェ放せ」


しまった、つい抑えきれない情動を表してしまった。

解放されたルーチェさんは全速力のウェンディをも超えるスピードで彼女の背中に逃げてしまった。

どうやら強くハグしすぎて怒っているらしく、此方を一瞥した顔が真っ赤だった。


「ほら、ルーチェ。お前が言わねぇと」

「う、うん」


ウェンディの背中に隠れたまま、妙にもじもじしているルーチェさんが俺を呼ぶ。


「ひゅ、ヒュージひゃっ。わ、私たちとひゅ、フレンドになってくだしゃっ!」


序盤中盤終盤隙なく噛んだ。

そこまで噛むといっそ見事である。


「ご……ごめんなさい、噛みました……」


頭を下げられても、どう反応していいのか余計に分からなくなるんだが。

確かフレンド登録すれば離れていても会話出来たり、いつでもパーティに誘えたり出来るようになるんだっけ。


「俺でよければ喜んで」

「really?」


半分だけ顔を覗かせたルーチェさんが不安げに俺に見上げる。


「イエス、リアリー。断る理由はそっちにあっても俺にはないよ」

「変人ワールドカップがあればスーパーシード間違いなしだもんな、お前」

「馬鹿は休み休み言え。この程度のロボの知識は一般教養でしょうが」

「お前の中の一般人のカテゴリーは太陽系より広いな。ほれ」


俺の回答を予想していたらしいウェンディからフレンド登録の申請が飛んでくる。

間髪入れずに許可をすれば、どちらからとなく拳をつき合わせる。

真っ向から軽口を叩きあえる存在にこんなに早く出会えたのは僥倖だ。


「それに、ルーチェさんも俺もMMO初心者だしさ。同じ境遇が一人より二人居たほうが、俺としても心強いからね」


メインパレットを開いて、先んじてルーチェさんへフレンドの申請を行う。

申請画面を開いたルーチェさんは嬉しそうに顔をほころばせる。

両手を胸に当てて、ふっと瞼を閉じた。


――ありがとうございます、ヒュージさん。


果たして唇がそう動いて見えたのは、俺の自意識過剰だろうか。

すぐに目を開いたルーチェさんは、「えいやっ」と気合を入れて申請を許可した。


「これからよろしくお願いします、ヒュージさん」

「馬車馬のごとく役立ってもらうぜ。覚悟しとけ」

「若葉マークなんだから、少しは手加減してくれよ」


盾使いシールダー】2レベル分の経験値、新ジョブ【神楯機兵アイギスガード】。

そして、フレンド2人。

思いがけない報酬をたんまりと獲得し、俺の初ダンジョン攻略は大成功を収めたのだった。




【BW2】〈エクスマキナ〉スレより抜粋



Name たかし 14:28:43

ねぇたかし

【サンディライト】で見たことない〈エクスマキナ〉見かけたんだけど、あれってたかし?



Name たかし 14:29:23

詳細希望券



Name たかし 14:29:33

あそこ〈エクスマキナ〉いんの?



Name たかし 14:29:45

【サンディライト】に〈エクスマキナ〉……意味不明な怪文書きたな……



Name たかし 14:30:50

>あそこ〈エクスマキナ〉いんの?

1周年記念サイトチェックしてきた。所属15人で殆どが別垢作ったり、休止してる



Name たかし 14:31:06

>1周年記念サイトチェックしてきた。所属15人で殆どが別垢作ったり、休止してる

そな

んに



Name たかし 14:31:44

白ベースの如何にもリアル系主人公然としてた

人間ヒューリン】と【獣人ヴァーナ】の女アバターと一緒だったから、妙に記憶に残ってる



Name たかし 14:31:50

>白ベースの如何にもリアル系主人公然としてた

ガ●ダムモチーフのヴァイスシリーズじゃね?

>【人間ヒューリン】と【獣人ヴァーナ】の女アバターと一緒だったから、妙に記憶に残ってる

ネト充かよ死ね



Name たかし 14:31:52

>【人間ヒューリン】と【獣人ヴァーナ】の女アバターと一緒だったから、妙に記憶に残ってる

控えめに言ってアカウントハックされればいい



Name たかし 14:32:06

>【人間ヒューリン】と【獣人ヴァーナ】の女アバターと一緒だったから、妙に記憶に残ってる

うーんこれはギルティですね間違いない



Name たかし 14:32:20

>ガ●ダムモチーフのヴァイスシリーズじゃね?

wiki見てきたけど、一覧には載ってなかったから聞いてる

あそこ個人専用オートクチュールも載ってるんだっけ?



Name たかし 14:33:11

>あそこ個人専用オートクチュールも載ってるんだっけ?

管理人が【ダイヤリンク】の〈エクスマキナ〉専門クランだから網羅してるはず

個人専用オートクチュール作れるのあそこだけだし



Name たかし 14:33:37

サンクス

明日のイベントは【サンディライト】で参加するから、ついでに情報集めてみるわ



Name たかし 14:33:59

焼き討ちの準備しとくわ



Name たかし 14:34:08

貴様には後で褒美を取らせよう



Name たかし 14:34:26

〈エクスマキナ〉同士の固い絆を見せつけてやろうぜ



スレッドに集う彼らは同好の士であり仲間であるが、当人ヒュージの預かり知らぬところで凄絶な初対面の準備が水面下で行われていたのだった。

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