第6話 白き機神 ~拙者、デザインについて物申す~
『Syaaaaッ!』
地面をムカデのような足で蹴り立て、金属が擦れるような咆哮を上げる。
この予備動作は突進か!
「ルーチェさん、離れて!」
「は、はい!」
ルーチェさんが背を向け走り出したのと同時、俺目掛けて【グラウバ】が突進を始める。
両爪を広げ、地面を削り上げて突っ込んでくる様はブルドーザーだ。
重機さながらの突進攻撃を、盾で真正面から受け止める。
「ぐぅぅぅぅッ!」
細身のボディに見合わない怪力を相殺できず、俺は壁際まで押し込まれる。
≪アイアンクラッド≫を使用しているはずなのに、8割あったHPがごっそり削り取られ、残り2割のデッドゾーンに突入。
体力低下のアラートががなり立て、視界が危険色の赤に染め上がった。
この突進、初速が速くないから距離さえあれば〈エクスマキナ〉の俺だって避けることもできる。
が、下手に避けようものならターゲットを変えて何度もドリフトしてくるのが厄介だ。
付け加えて……。
【種族スキル≪
この爪に当たろうものなら、回復魔法の効果が半減し、継続ダメージが発生するバッドステータス【出血】、そして能力値が半分まで低下する【衰弱】が発生する。
ウェンディが一度喰らっていたが、1分は激痛で動けないほどだった。
「≪レイザーシャープ≫!」
もっとも、既に回復していて、チャンスとばかりにスキルを発動したウェンディが疾駆してくる。
接近する狼少女に気づき、【グラウバ】の鋏状の尻尾が怪しく回る。
『Syaッ!Syaッ!』
ウェンディに向かって【グラウバ】が勢いつけて尻尾を振り下ろす。
尾の中央から糸が排出され、弾丸となって襲い掛かる。
この部屋に入ってきたときに俺たちに不意打ちした攻撃の正体はこれだった。
「アタシに飛び道具使うなんざ、二万年早ぇんだよ!」
喰らえば大ダメージは免れない糸弾を、あろうことか増速して回避する。
続く二発目、三発目と避け切ったときには、既に射程圏内。
「疾ッ!」
裂帛の気合と共に槍が振り抜かれた。
切っ先が背甲を貫き、深々と突き刺さる。
致命傷にはならなかったが、【グラウバ】のHPバーを1割奪い取った。
『Gsyaaaaaaaaaaaaaaaッ!』
激痛に悶え、【グラウバ】がウェンディを振り払おうと鎌腕を振り上げる。
「させるか、よ!」
俺は鎌を弾き飛ばしてそのまま懐に潜り込むと、横っ面に目掛けて楯の縁をブチ当てた。
スキルもへったくれもない通常攻撃だが、甲虫はバランスを崩して吹き飛んでいく。
ウェンディほどダメージは出ないが、大楯でもこれくらいはできる。
「チッ、これでようやく半分削ったのかよ」
「体力お化けさんだね……」
即座に合流し、≪ヒール≫で俺を回復してくれるルーチェさんの声に疲労が混じっているけど、無理もない。
【グラウバ】との戦闘を始めて優に15分は経過している。
多脚を生かした縦横無尽の機動力。
当たり所が悪ければ俺でさえ瀕死になる攻撃力。
場所によってはスキルですらはじき返す防御力。
15分経過してもまだHPを半分も残している【グラウバ】の動きは衰えるそぶりすらない。
「ルーチェさん、MPを回復するポーションはどれくらい残ってる?」
「えっと、2つですね」
「なら、アタシの1本渡とく。これで手持ちはゼロだ」
対してこちらはアイテムのストックが限界に近い。
付け加えて、この長丁場で集中力が低下しつつある。
疲労からか、重さを感じなかった大楯も気持ちずっしりと腕にのしかかってくるように思える。
形勢は不利ではあるが、活路は見出していた。
「でも、ようやく私にも分かるようになってきたよ、二人とも」
「なら、あと15分はかからねぇとは思うが、どうよヒュージ?」
「油断は禁物だろ」
頷きあう俺たちの目には活力が漲っている。
俺たちとて、15分ただガムシャラに戦ってきたわけじゃない。
相手の一挙一動を見続けたことで、予備動作から奴の動きを予測できるようになってきた。
情報のアドバンテージを得たことで、被弾は減り、攻撃チャンスも格段に得られるようになった。
「なら、今までのパターンで攻めっか。ヒュージ、キャッチよろしく頼むぜ」
「分かった。ルーチェさん、MPも少ないから回復は2割切ったらでお願いするよ」
「はい、でも気持ち早めに飛ばします、……っ!?」
プランを確認しながらチャンスを窺っていた時、状況が変化する。
【グラウバ】が角をやおら振り回し始めたのだ。
「HPも半分切ればパターンも増えてくるか……!」
二人を素早く背中にかばい、楯を構えると【グラウバ】を注視する。
『Syaaaaaaaaaaaaaaaッ!』
声にならない大絶叫を上げながら、尻尾を水晶の陰に向ける。
鋏が大きく開き、糸をが暗がり目掛けて発射された。
『Kiiiiiiiiiiiiiiiッ!』
そこにある何かをからめとったらしく、弧を描くように尻尾がうねり、フィールド中央に見せつけるように叩きつける。
晒されたそれを見て、俺は呼吸を一瞬忘れてしまう。
それは、箱。
箱はかなり大きく、高さ4メートルはある長方形。
白よりもなお白い純白には幾何学模様が描かれ、時折鼓動するように青い光が走る。
『Giiiiiiiiiiiッ!』
警戒する俺たちの前で、どこか嘲笑うような叫びをあげた【グラウバ】が糸を巧みに操り、箱を開封した。
すべてが取り払われ、中身があらわになった瞬間――
「んほっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
――俺は興奮のあまり、大声を上げてしまう。
中に入っていたのは〈エクスマキナ〉。
拘束していた箱と同じ純白の装甲には血管さながらの蛍光ブルーのラインが走っている。
目の位置に相当する場所にはクリアグリーンのバイザー。
腕を組み、憮然と立つ威容は古代の英雄、もしくは機械仕掛けの神さながらで、俺にハレーションを引き起こし、心臓がどきどきバクバクと破裂しそうなほど高鳴らせるには十分だった。
「二人とも、あれ見てあれ!ヤバい、やばいよ!あーこれは無理ですね、ダメです駄目!世界ロボット格好良さランキング堂々の一位ですよ!9兆点あげてもいい!」
「んなこと言ってる場合か、テメェ!」
「言ってる場合なんだよ!」
「ひうっ」
これだからロボの美学に疎いトーシローは!
「拙者、ロボデザ語り侍。あの〈エクスマキナ〉のデザインについて熱く物申し上げ候。
ということで少し時間をもらおう、ヒュージタイムだ。
おほほほほぉ……駄目だいっそ神々しいまでのフォルムの前じゃもう変な声しか出ないぜコンチクショウ……。
なんで、まず全体的なシルエットからにしよう」
『Syaaaaaaaaaaaaaaaッ!』
「虫如きが喋るな黙ってろ!」
『Gisyaッ!?』
楯が
まったく、これから大切なことを教えようとしているのに耳障りな雑音で妨害してくるとは、なんて無粋な奴なんだ。
「ひっくり返って、痙攣してるね……」
「ありゃきっと〈【スタン】だな。しばらく動けなくなるバッドステータスだぜ」
なら丁度いい。
2人をそこに座らせて、俺は穏やかに語り掛ける。
「いいかい。直線を多用したエッジの効いたフォルムは近年のリアルロボットにありがちな王道な、悪く言ってしまえばありふれたデザインだ。
しかし、この〈エクスマキナ〉は定番を抑えつつも、一線を画しているんだ。
そのポイントどこだと思う?」
「えっと……腰、ですか?」
おずおずと手を上げたルーチェさんに俺は思わず詠嘆のため息を漏らす。
若いながらも、この子はいい審美眼をお持ちだ。
彼女ならば、あと数年も修行すれば素晴らしいロボデザマイスターになれるだろう。
「――胸だよ」
「いい声で何言ってんだテメェ」
目と口を真一文字にしているウェンディ。
大丈夫、格好いい系が好きならばあの張り出した胸部装甲の良さがきっと分かる。
「ここの大きさ、鋭さ、厚み……ここ一つだけで全体のバランスが決まる胸こそ、ロボットのデザインにおける最終ランデヴーポイント、いやさ!
始まりの地と言っても過言じゃない!」
真白の装甲に刻まれた青いストリームは全身を際立たせるアクセントだ。
だが、その青い奔流の収束する胸はとりわけ視野への情報量が多く、好悪を損なってしまいそうになる。
「デザイナーによって緻密に計算された胸部は程よい重量感を残しつつ全体をきゅっと引き締め、テーマカラーの艶のあるホワイトを効果的に発色させて、スタイリッシュさを演出しているぅ……ッ!
素晴らしいじゃあないですか!」
一旦言葉を切り、深く息を吸う。
俺はあの〈エクスマキナ〉について、あと6時間は軽く語れるがそれだと彼女たちが委縮してしまう。
シャレオツなカフェテリアに誘うくらいのノリで、同意を求める。
「すまん。やっぱアタシには全然わからねぇ世界だったわ」
「くッ!俺にもっと語彙力があればこんな不自由を二人には決してさせないのにッ!」
「ごめんなさい、言語の問題じゃないと思います」
日本語が他国と比べて習熟が難しいという逸話は事実だった。
帰ったら日本人として恥ずかしくない程度には、辞書を読み込まねばなるまい。
俺が決意を新たにしたところで、俺の足元に楯が突き刺さる。
『Syaaaaaaaaaaaaaaaッ!』
背中から尻尾にかけて無数に生えている棘が心なしか研ぎ澄まされた刃のように剣呑さを湛えている。
威嚇するように、踏み鳴らすたびに地面にひびを入れる多脚も一回り太く感じられる。
「あの……とっても怒ってないかな……」
「ありゃヒュージのせいだろ」
「まったく心当たりがないんだが」
ちょっと、なんで二人して「冗談でしょ」みたいな顔してこっちを見るのさ。
「言ってる場合じゃねぇぞ!前見ろ!」
ウェンディが指差した先では、【グラウバ】が猛然と尻尾を振り回していた。
黒の輪を描く尻尾から夥しい糸が噴出し、壁に、床に張り付き、視界を白く染め上げていく。
「ルーチェさん!」
「あばっ!?」
彼女を抱え、降り注ぐ糸を潜り抜ける。
天井さえも封鎖され、円形のバトルフィールドは瞬く間に巨大クリスタルのみを光源とする儀式場へと変貌する。
『Giiiiiiiiiiiッ!』
さらに【グラウバ】が行動する。
フィールドを染め上げた糸をちぎり、また新たに糸を生成する。
空中で解けた糸は、黙していた〈エクスマキナ〉の全身に絡みついた。
そしてあろうことか、俺が心惹かれて止まなかったあの神っているデザインの背中に、糸を伝うように張り付いてしまった。
なぜ奴があの〈エクスマキナ〉を招来したのか。
目を背けていたその理由を雄弁に、奴は体現せしめた。
尻尾を小刻みに動かすのに合わせて、白い機神が駆動を始めたのだ。
「――貴様」
ブチ、と綱が切れた音が聞こえた。
抑えの利かない怒りの炎が俺の胸の内からあふれ出ようとしている。
「ヒュージさん、落ち着いてください!目が、目が怖いです!」
「これが……これが落ち着いていられるか!」
行き場のない激情を吐き出すように、ルーチェさんに叫ぶ。
「あの〈エクスマキナ〉の完成されたデザインをその糸で、その体で犯す愚行を前にして怒るなだって!?いくら俺でも我慢の限界があるんだ!」
「どうどうヒュージ。ルーチェがビビってんだろ。声荒げんな」
「!……悪い、ウェンディ。ルーチェさんもびっくりさせてごめん」
腕の中で震えるルーチェさんに、俺は少なからず理性を取り戻した。
俺の腕から降りたルーチェさんはウェンディに駆け寄り、袖口を掴んでしまう。
変貌したフィールドに、武器を手にしたボスの存在があるのだから、怖がっても無理はない。
「ウェンディちゃん、ヒュージさんをなんとかして……なんとかして!」
「ありゃ一人マジシリアス入っちゃってるから無理だろ」
俺の怒りが伝わったのだろう、ウェンディがルーチェさんの肩をつかんで首を横に振ってエールを送る。
無言の応援を背にして、俺は楯を糸の中から引き抜いた。
「おい、クソ虫。お前のその行動がたとえGMに許されようと、神に許されようと、俺は絶対に許さない」
只ならぬ気配を感じ取ったのか、白い鉄騎が後ずさりする。
ただのゲームであれ、データの塊であれ、言葉を解さない畜生であれ。
ロボを愛でる一つの存在に変わりはない。
だが、だからこそ各々譲れない一線がある。
奴はそれをあろうことか土足で超え、あまつさえ踏みにじった。
「聞け。俺はな、」
楯を叩きつけ、俺は心に焼き付けた想いを持って宣戦布告する。
「俺はな!貴様のように何でもかんでもオマージュだなんだと言えば身勝手なオリジナリティをぶっこんでも許されると勘違いしてるクソデザイナー気質は特に生かしておけないんだ!」
「あ、ダメです!全然冷静じゃないです!」
「やる気あるなら、アタシは別にいいけど」
「ウェンディちゃんんんんんんん!」
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
踏み出した右足が地面を爆砕し、糸を蹴り飛ばしながら奴目掛け全力で疾走した。
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