第3話 ようこそ、新世界

再び目を開けた俺が目の当たりにしたのは、絵に描いたようなファンタジーな街並み。

俺が降り立った【サンディライト】首都『ティミリ=アリス』は活気にあふれた街だった。

レンガ造りの建物と、その隙間を縫うようにして張り巡らされた水路。

方々に伸びた水路は輸送手段を兼ねているようで、カラフルなゴンドラが行き来している。

かすかに鼻腔をくすぐってくる潮の香は現実となんら遜色ない。


「すげぇ、これがゲームの世界なのか!」


こんなにはっきりした五感があるのに、ヴァーチャルだなんて信じられない。

現実と何が違うんだってレベルじゃないか!


「……あれ?」


俺の声、微妙に籠ってないか?

ひとつ違和感を覚えれば、次々に漫然とした疑問を感じ始めた。

視界は普段よりも高い。

喉を触る手からはひんやりとした感触しか伝わってこない。


「そう……そうだよ!」


今まで感じたことのない高揚感に背中を押され、俺は目についたガラス窓に飛びついた。


「おおっ……!」


なんということだろうか。

窓に映っているのは――深緑のロボット。


「もぉぉ……!」


肉厚で、重厚感溢れる装甲は動くたびにガションガションと物々しい音を立てる。

しかし、明らかにトンはあるであろう外装を身に纏っても不思議と重さを感じない。


「うんむぅぅ……!」


隙間から僅かに覗くインナーフレームは日光の元では分かりにくいが、黒く点滅していて、まるで血管が浮き出ているような機械と人間のミスマッチを印象付けている。


「んほぉぉぉ……!」


ただの赤い光と侮るなかれ、バイザーの奥のツインカメラはきゅるっとクールな音を立てて調整を行っている。

ええっと、他にはほかには……!


「ああ……もうッ!」


これ以上の言葉は不要。

分かってるんだ、藤宮修司。

このガラスに映っている最高に格好いいロボットは――俺自身だって。


「ロボットになってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


歓喜の叫びが、澄み渡った青空に響き渡った。



閑話休題。

自分がロボットになった事実をたっぷりと噛み締めた俺は操作を一つずつ確認して、


「んほおおおおおおおおおおおおおおおおお!盾持つと格好いいのおぉぉぉぉぉぉっ!スクショ取りてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


……脱線することもあったが、一通り確認した。

結論から言えば、生身からヴァーチャル世界の機械仕掛けのロボットに生まれ変わっても現実とそう変わらなかった。

むしろ、リアルよりも速く、力強く動けるまである。


「これがステータスの補正ってやつなのかな。『メインパレット』」


呼びかけると半透明のパネルが二枚浮かび上がる。

右手の画面には六角形のグラフと二本のバーが表示されている。

グラフは俺のステータスを視覚的に表したもので、それぞれ頂点にはSTR筋力VIT耐久力MND精神力AGI敏捷度DEX器用度LUK幸運度と表示されている。

バーにはHP、スキルを使うためのリソースであるSPを示している。

よくあるMP表記じゃないのは、〈エクスマキナ〉が魔法が使えないからなのだろうか。

後で璃々ねぇにでも聞いてみるか。


「そうだ、その璃々ねぇからメール来てたんだっけ」


左手のパネルに視線を移し、『メール』というアイコンをタッチする。

開通したばかりのはずのメーラーに二通のメールが届いている。

一つはマギアナさん名義の【BW2】運営からのメール。

そして、もう一通ある。


『お姉ちゃんだよ!』


タイトルからすでに只ならぬ圧力を感じるメールである。

しかもどんな理屈か、マギアナさんのメールよりも早く届いている。

俺はメールを開いた。


『ウェルカムとぅ【BW2】ー!お姉ちゃんが神に代わって、弟君のデビューを歓迎するよー!わーいパチパチパチー!』


たった一文で理解する。

この天井知らずのハイテンション、間違いなく俺の姉君である。


『いやぁ、弟君がこのゲームを始めてくれて本当に嬉しいなぁ!本当なら弟君のMMOデビューにお姉ちゃんが立ち会いたかったんだけど、急なお仕事でログアウトしないといけなくなっちゃんたんだー!(泣)』


休みの日でも仕事が飛び込んでくるなんて、璃々ねぇも災難だな。

後でお疲れ様の料理でも差し入れに行こう。


『でもちゃちゃっと片付けて、夕方までにはログインするから安心してね!それまではお姉ちゃん的にはとっっっっっっっっても心配だけど、弟君は色々探検してみようね!お勧めは、町から南東に10分くらいの場所にある初心者向けのダンジョン〈星遊びの洞穴〉だね!』


ぴろろん、とファンシーな音が聞こえてきた。

右手のステータス画面にかぶさる様に近隣の地図が表示されると、璃々ねぇおススメのダンジョンへのルートがマークされている。

姉の介護が手厚い。


『他にもいくつか初心者向けのダンジョンはあったんだけど、ここはオープンβから使い古されたダンジョンだから意外と人がいなくて練習にはもってこいなんだよ。モンスターも強くないし、ボスの攻撃も3回食らったら死ぬくらいの強さだから余裕だよ!』


いやその、ボス3回の攻撃で死ぬって普通に難易度高くないでしょうか。


『いきなりダンジョンって怖いかもしれないけど、操作方法を学ぶなら実地が一番!大丈夫、私の弟君ならばっちりクリアできるよ!お姉ちゃんは応援してるゾ!藤宮璃々改めルルより愛をこめて♡』

「愛が重すぎるって理解を拒みそうだぞ俺……」


我が姉ながら、俺への無限の信頼感は一体どこから湧いてくるのだろうか。

璃々ねぇ、俺は貴女と同じような無敵ゲーマーじゃないんだけどなぁ。

閉じようとメーラーに触れた指が、不自然に画面をスライドさせた。


「まだ下に続いてる?」


まだ何か伝えたいことあるのか?

メールを一番下までスクロールしてみる。

そして――そこに書かれた一文に、読まなければよかったと俺は人生で最も悔恨する羽目になった。


『追伸。弟君、お姉ちゃん以外の女の子と勝手にパーティ組まないようにね。約束を破ったら、が・く・こ・つ♡』


メーラーをそっと閉じた。

何も言わない。

俺は何も見なかった。

璃々ねぇは先輩プレイヤーのよしみで、初心者ダンジョンへのルートを教えてくれただけだ。

決して殺人教唆をされたわけじゃない。

言い訳完了。


「とりあえず、そのダンジョンってのに行ってみますか!」


わざとらしく声を張り上げ、俺はダンジョンへ向けて意気揚々と一歩を踏み出した。


……説明するまででもないが。

顎骨がくこつ、人間の顎の骨は上と下に分かれているんだ。

どちらかでも損傷することになれば、食べることは愚か人間の意思疎通の重要ツールである言葉の使用が著しく不便になる。


ロボットに骨はないかもしれんが――俺はもしかしたら姉にゲームオーバーにされるかもしれん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る