第2話 〈エクスマキナ〉~少々語らせてもらいます~

意識がゆっくりと浮上する。

さっきまで俺の部屋だったそこは、見渡す限りの本、本、本。

天井が見えないほどにうず高く積み上げられた本の山は不用意に触ったら崩れてしまいそうだ。


「ありゃりゃ、もう来ちゃったんだ。ちょっとくらい休ませてほしいなーって」


間延びした声に振り向くと、ふわふわと浮かんでいるクリスタルがあった。

まさか、これが話しかけてきたのか?


「えー、コホン。ようこそ親愛なる隣人さんー。私は【すばらしき新世界ブレイブ・ニューワールドRe:Birth】の第7GMのマギアナだよー」

「じー、えむ?」

「このネトゲの管理人みたいなものって思えば正解だよー。ラッキーナンバーな私は、みんなのキャラクターの設定とかのお手伝いさんってところー?」


じゃあこの人(?)とのやり取りがチュートリアルになってるってことか。


「MMOは初めてなので、色々よろしくお願いします」

「あはっ。礼儀正しいプレイヤーはとっても久しぶりだー。それじゃあまずはオープニングムービーから始めるねー」


クリスタル……マギアナさんがそう言うと、本の山が姿を消し、代わりにセピア色の空模様が流れている。

【BW2】の世界観を説明したオープニング映像が流れだした。


「因みに90分の大長編ー」

「スキップとか出来ませんか」

「オーケー」


一瞬にして景色が本の山に戻ってきた。

スキップ機能がなかったら、俺の心は早々に折れていた。


「オフィシャルサイトにもあるから、時間があるなら見てもいいかもねー。それじゃあ、まずはゲームで使うプレイヤーの名前の決定からー。あ、でも本名はやめておいたほうがいいねー」

「そうなんですか?」

「禁止はしてないんだけどねー。本名でプレイしてる人に限って、現実でのトラブルが多いんだよー」

「例えば?」

「HAHAHA……好奇心は猫をも殺すんだよ」


吐き捨てた一言に感情が籠っていないのが恐ろしくて、俺は意味もなく生つばを飲み込んでしまった。

なら、模型スレで使ってるハンドルネームは使えるかな?


「それじゃあ、名前はヒュージってできますか?」

「それならだいじょびー」


これも本名を捩っただけだけど、大丈夫だったようだ。


「アバターの名前が決まったら、本格的なメイキングターイム」


俺の足元から、音もなく真っ白いマネキンが浮かび上がってきた。

それだけじゃない。

俺を取り囲むようにいくつものスクリーンが表示されている。


「それを使って、自由にゲームの中のあなたを作るんだよー」


例えばねー、とマギアナさんは光の触手を伸ばして「性別」と表示されたコンソールを操作する。

すると、目の前のマネキンにくびれと、見事なたわわが生まれる。


「こんな感じで女の子にだってなれちゃうんだよー。でも、声までは変えられないから、ボイスチェンジャー使わないと別の性別でのプレイは難しいねー」

「もしかして……いるんですか?」

「全体の0.1%食い込むくらいにはー」


なんて勇気あるプレイヤーたちなんだ。

意気地なしな俺はスクリーンをタッチして、マネキンを男に戻した。


「一番重要なポイントだから、悩むんだよねー。でも、そのために私はここにいるんだから、分からないことがあったら質問するんだよー」

「ありがとうございます」


確かにこれだけの項目があるんだから、悩まないはずがない。

とはいっても、俺にはやりたいイメージがあるからまずはそこから解決しよう。

俺はすぐさま手を挙げた。


「マギアナさん。アバターをロボットにしたいんですけど、どうすればいいんですか?」

「ロボット?あ、〈エクスマキナ〉のことだねー。ちょっと待っててー」


クリスタルがきらりと輝く。

なんということでしょう、マギアナさんの手によって真っ白いマネキンは褐色のロボットに早変わり!

褐色の甲冑から覗くモノアイに見つめられた俺は――崩れ落ちた。


「くっ!」

「わわ、ヒュージくんどうしたのー?」


突然胸を押さえて膝をついた俺を心配してか、マギアナさんが近付いてくる。

このはちきれんばかりの胸の高鳴り、俺の両手では抑え切れない。

俺は絞り出すようにマギアナさんに呼び掛けた。


「マギアナさん、褐色という言葉の由来を知っていますか?」

「?」

「少々語らせてもらいます。

褐色――この言葉は、粗末な服を指す褐の色からとったとされています。

時代劇によく出てくるモブを探せば一人二人はこの色の服を着ているんですよ。

その語源に合わせて、この素体は和のテイストを大事にして、細身で機動性を重視したスタイルになっています。

だが、遊び心をこれでもかと盛り込んだデザイナーの熱がビシビシと伝わってくるんですよ。

俺にはわかる。

わかっちゃうんですよ、これが。

この初期設定ロボの裏テーマは、ずばり「丸み」です。

流線形の肩の装甲に目立つように、和服・流浪人という純然たる大和なイメージの中に、あえて柔軟な、言うなれば、そう!

生まれたての無垢な赤ん坊の柔らかさを思わせる温かさを盛り込んでいるのです。

剛柔の絶妙なバランスを崩すことなく作り上げたデザイナーの手腕に俺はスタンディングオベーションを惜しみません。

それが集中されているのが、あのフロントスカートから覗く股関節の球体関節!

男性型のロボットでありながら、女性的な魔性を秘めた秘境は見るもの全てを虜にしてしまうでしょう!

嗚呼、なんて……なんて、えっちなんだ……」


……。


「ヒュージくん、さてはロボット大好きさんだねー?」

「はっ!」


しまった、俺としたことが一目でトリップしてしまうなんて。

球体関節は国際条約で禁止すべきだと常々思う。


「お見苦しいところをお見せしました。天地創造の偉業を天上神に感謝するのは後日にします」

「ヒュージくん、悪いことは言わないけど、一度ログアウトしたほうがいいかもよー?」

「いいえ、ここで辞めるなんてとんでもない!」


俺は意気揚々とスクリーンに手を伸ばし、自分のアバターを作り始める。

エクスマキナは、ヘッド、ボディ、レフト&ライトアーム、同じように左右レッグパーツの6か所を基準にして、角やバイザー、肩のトゲみたいなアクセサリーを自由に組み合わせることができる。

これが中々に悩ましい仕様なんだ。

プリセットの一式が魅力的だったように、最初に選べるパーツこそ数は少ないけど、どれも個性に富んでいて選び難いし、アクセサリーをつけるだけで味わいが変わってきてしまう。


「最初のパーツにはスキルが付いてないから、デザインで選んでいいんだよー」


付け加えられたマギアナさんの言葉もあって、完成はしばらくの時間がかかりそうだ。

唸りながら悩む俺の耳に、不意に忍び笑いが聞こえてきた。


「どうかしましたか?」

「なんだかね、ヒュージくんがとっても楽しそうだなぁって」

「そりゃあもちろんですよ。プラモデルを組んでいる時に感じるワクワク感に似ていて、にやにやが止まらないです」


表情を引き締めようとしても、この興奮の前には頬が緩んでしまう。


「あ、もしかして気持ち悪かったですか?」

「あはっ。楽しそうなら何よりだよー。〈エクスマキナ〉のビルドを見るの、久しぶりなのもあるかもだけど、私も楽しいしねー」


こんなに魅力的なアバターを作れるのに選ばないなんてどうかしてる。

奴らの目は節穴じゃないのか。


「ヒュージくんみたいなロボット好きーとか、プラモデラーさんって〈エクスマキナ〉を選んでも、大半は一個だけしか選べない種族スキルを見て変えちゃうんだー」

「種族スキル?そんなのがあるんですか」

「そだねー。種族スキルはアバターの種族に由来してね、ジョブに関係なく最初から覚えていているんだー。スキル習熟が早くなったり、夜ではステータスアップのボーナスが付いたりするんだよー」

「まるでゲームみたいな話ですね」

「ゲームだよー?」


忘れてないぞ。


「背景設定的にはねー、鉄騎兵〈エクスマキナ〉は魔術に依存する環境からの脱却を掲げたとある国の革新派が生み出した新種族なんだー。だから、魔術サーキットに対して強い抵抗性があるんだよー」

「よく分からない話なんですけど、平たく言えば?」

「魔法が使えないんだよー」

「……え、それだけ?」


人権がないとかかなりキツいのを想像していたんだけど。


「それだけってことはないんだけどー。ヒュージくんはそういうの気にしないのー?」

「自分がロボットになれる魅力の前には些末事ですよ」


惜しいと思い、魔法派に傾こうとした脳内の裏切者はシベリア送りにした。


「それに、デメリットだけってことはないんですよね?」

「イグザクトリー。〈エクスマキナ〉は他のキャラクターよりも筋力ストレングス耐久力ヴァイタリティの成長率がぶっちぎりー。装備品にかかわらず、バットステータスの7割は効かないし、快適なプレイが約束されるねー」

「十分すぎますって」


これで駄目って、他のプレイヤーは強欲すぎるんじゃないのか?


「あははっ。ヒュージくんはいいプレイヤーになるねー」

「お世辞でも嬉しいですよ。……よし、これで完成」


決定のパネルにタッチする。

褐色だった素体は、緑をベースカラーに光沢のある黒をアクセントにした重量型へと姿を変えていた。

我ながらドチャクソ格好良く出来上がったじゃないか!


「おおー。凄いね、ヒュージくん」

「ありがとうございます。特にこだわり抜いたのはこの重量感を如何に伝えるかで、」

「それじゃあ次はジョブを決めようかー。【BW2】には無限にも思えるジョブがあるんだけど、ヒュージくんは初心者さんだし、男性型の〈エクスマキナ〉だったら、おすすめはこの二つのどっちかだねー」


言葉を遮って、マギアナさんが新しいスクリーンを俺に差し出した。

二分割された画面には、バスターソードを振る男性の映像と盾を持ってモンスターの攻撃を受け流す女性の姿が流れている。


「強力な武器を持って敵とガチンコ勝負するアタッカーの【戦士ウォーリア】。強固な盾で皆を守る【盾使いシールダー】。選ばなかったほうは後でも簡単に取得できるから、ここも直感で選んでいいねー」

「【盾使いシールダー】にします」

「即決だねー。理由はー?」

「武骨な実体剣をロボットが振るのもロマンがあって白飯が進みます。でも、折角ロボットになるんです。攻撃するなら、ビームサーベルみたいなエネルギータイプの得物を振ってみたいんですよ」

「そっかー」


はて、マギアナさんの返事がちょっと生暖かったのだが気のせいだろうか。


「【盾使いシールダー】で初期設定を完了したよー。スタートダッシュアイテムと初期資金の配布も大丈夫ー」

「それじゃあ、これで終わりですか?」

「んーん。最後に、所属するワールドの選択が残ってるねー」


どこからともなく古びた地図が飛んできて、俺の手に収まった。

【BW2】の世界地図を表しているスクロールには6つ大陸があり、それぞれに光点が瞬いている。


「その6つがプレイヤーが所属することになるワールド……国家って言い換えてもいいかなー。一度選択すると、課金しないと修正が出来ないから慎重に選んでねー」

「現実のお金が必要なんですね」

「商売だからねー」


世知辛いな。

マギアナさんは映像を再生しながら、分かりやすく俺に説明してくれた。

龍や恐竜が跋扈し、戦いが満ち溢れる灼熱の大陸【ルーヴィング】。

魔女やアンデッドが生息し、貴族階級が生きるダークファンタジーな【アメジリア】。

自然と文明が調和し、獣や昆虫と共存する密林の国家【エメリウム】。

空には極光オーロラが浮かび、雪と鋼鉄に覆われた寒冷の大地【ダイヤリンク】。

天使や妖精が存在するというメルヘンを体現したような文化の都【サンディライト】。

巨人とゴーレムが日夜火花を散らす、大海のバトルフィールド【トゥークル】。


「メカ大好きさんが集まってる影響で〈エクスマキナ〉の所属率が一番の【ダイヤリンク】か、ゴーレム技術がプレイヤーに転用できる【トゥークル】がヒュージくんにあってると思うんだけどねー」


マギアナさんはこの短い間で俺のことをよくわかっていた。

しかし、彼女(?)にも分からない事情だってあるのだ。


「……【サ゛ン゛デ゛ィ゛ラ゛イ゛ト゛】……で゛お゛願゛い゛、し゛ま゛す゛っ……!」

「絞り出すような声を上げられると、反応に困るよー」

「大丈夫です……っ!男に、日本男児に二言はありませぬ……っ!」

「歯を食いしばって涙を流しながら言うことじゃないよねー?」


俺だってできることならメカメカしい雰囲気に溢れた【ダイヤリンク】か、ミスティックな魅力あふれるゴーレムが息づく【トゥークル】に所属したいさ!

でも俺には【サンディライト】に所属しなければいけない理由があるんだ!


「ここって〈エクスマキナ〉はぶっちぎりに少ない国だけど、本当にいいんだね?」

「放っておけない人が待っているので……」

「ならしょうがないねー。さっきも言ったけど、リアルマネーはかかるけど所属国家は変えられるから、安心してねー」


二国に訪れる機会は来るだろうが、所属することはない。

そんな予感がしている。


「メインサーバーに登録完了ー。スタートポイントを【サンディライト】首都『ティミリ=アリス』に設定。いよいよヒュージくんの【BW2】での冒険が始まるわけだけど、最後に簡単なアンケートいいかなー?」

「なんでしょう」


器用に光の触手で俺の涙を拭きながら、マギアナさんは問いかけてきた。


「ヒュージくん、プラモデル作るの好きって言ってたけどさー。新しいプラモデルに挑戦する時って、やっぱりドキドキするものかなー?」

「……へ?」


アンケートって言ってたから、もっとお堅い質問が来るかと身構えてたんだけど。

俺の聞き間違い、じゃなさそうだ。


「どうかなー?」

「そんなの決まってるじゃないですか」


マギアナさんの不安げな声音を吹き飛ばせるように、俺はにっと笑って見せた。


「勿論ですよっ」

「あははっ、キミならそう答えてくれると信じてたよー」


さも当然と答えると、クリスタルから心底楽しそうな笑い声が返ってきた。


「勇気をもって一歩を踏み出せる新天地、それがこの【すばらしき新世界ブレイブ・ニューワールドRe:Birth】のコンセプト。ヒュージくんがその気持ちを忘れないのなら、きっと楽しめると思うんだー」


陽炎のように、本の山がゆっくりと像が解けていく。

次々に景色が崩れていって、俺の視界も段々と白んでいく。

手を伸ばせば届くはずのマギアナさんとの距離もうまく掴めなくなってくる。


「叶うことなら、キミとまた逢えることを楽しみにしてるよ」


完全にホワイトアウトする視界の中で、マギアナさんの声だけがはっきりと聞こえた。

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